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第23話 キスしたい感情
しおりを挟む僕は壁にもたれるようにして、へなへなと座り込んでいた。水無瀬先輩が僕の顔を心配そうに覗いている。
「立てる? 気絶してたのは、数秒だと思うけど」
「はい、大丈夫です」
数秒の間に、なんだかとても長い夢を見ていたような。けど、それも今は思い出せない。
「取り乱してすみませんでした」
僕はソファに座り、素直に頭を下げた。こんな夜中にやってきて喚いて……キスされて気絶するなんて。恥ずかしいのを通り越して泣きたい。
「いや、私もいけないね。完全に感情が先立った。武人としては失格だ」
先輩はどこからか丸い缶みたいな椅子を持ってきて、僕の正面に座っている。
「感情……」
「君に、キスしたいって感情だよ」
苦笑するように、先輩は口角を片方だけすっと上げる。そのはにかんだ笑顔が僕の胸に刺さった。
「僕は……嬉しかったです」
ようやく僕は、珈琲に口をつけた。まだ暖かくて、鼻に抜けるほろ苦い香りが何とも言えない幸福感を与えてくれた。
――――嬉しかった。
こんなにあっさり、そんな言葉が僕の口から出たことに、正直驚いている。けど、どこをどう探っても、僕の感情からは『嬉しかった』しか出てこないんだ。
ずっとモヤモヤしてどうしようもなかった。いつから? 最初に会った時から? ようやく会えたと言われたから? それとも武道館での剣舞に魂を奪われたからか。頬にキスされたり、助けにもきてくれた。
――――全部、ぜんぶが僕の心を掴んで離さなかった。どんどん心の器に注がれて、今夜溢れてしまったんだ。『楽しめた?』なんて言われて。
好きが溢れて零れ落ちた。
「あの……私の言ったアレは、ぜんぜん気にしなくていいんだ。ようやく会えたって言うのは、つまり……ずっと思い描いていた人に会えたってことだから。覚えてないとか、当たり前なんだよ。
つい、自分の世界の話を口走っただけだ。だから、君以外に『本物』はいない。私が心を奪われたのは君だけだ。信じて欲しい」
先輩は両手をもむようにして言葉を繋ぐ。それから僕を真正面から見て。
「本当に、それだけは信じてくれ」
もう一度言ってくれた。僕はこくりと頷いた。その説明には釈然としないところはあるけど。この人が『君だけだ』と言うんだから、僕の目を見て言うんだからそれには嘘はない。それなら、今の僕はそれでいいと思えた。
先輩が僕の隣に座りなおしにきた。急に熱が上がったように熱くなる。
「君が『楽しんできます』って言った時、本当はどうにかなりそうだったんだ。自分がこんなに嫉妬深いとは思わなかった」
「そう……だったんですか……全然わかんなかった」
顔を向けると、宙を浮いていた視線が絡み合う。僕は小さく息を呑んだ。
「……好きだよ」
先輩の大きな手が僕の頬に触れる。僕は少しだけ顎を上げた。高い鼻がこすれる。僕らはもう一度、今度はゆっくりと口づけをした。
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