43 / 98
第42話 勝ち戦の夜
しおりを挟むまだ陽があったはずだ。自分の影もくっきりとしたというのに、遠雷とともに暗雲が瞬く間に広がり、ついに雨粒が足元をたたき出した。
「雨か……」
すぐ真横で殿がつぶやく。
「雨だなっ」
今度は皆に聞こえるように言い放った。
「瀬那、雨はなんとする」
「はっ。雨は殿にとって好機の印かと」
「そのようなこと、聞いてはおらんっ」
吐き捨てる。その場にいた白髪の老兵も鎧をまとった小姓たち、指示を待つ伝令たちも身を固くした。雨はいつしか太くなり、前方が見えないほどの降りになる。陣を張った地もぬかるみ田んぼのよう。
「貴様の案、言うてみよ。我が軍を勝利に導け」
瀬那は息を呑む。信永に仕えて五年が経っている。平和の時はほぼなく、小姓といえど、戦が始まれば陣や城で主君、信永の傍らで参戦してきた。
この日もまた、信永は強大な敵を相手に戦を仕掛けている。主だった大将たちは既に兵を率い、戦場に散らばっていた。瀬那は雨で煙る戦場を凝視し、一つ息を呑んだ。
「僭越ながら……光英公の軍に援軍を送るべきかと」
「ほほう。それで?」
信永は余興で尋ねたのではない。今までも、瀬那は的確な状況判断から正しい策を導き出していた。その才は軍師も認めるものだ。誰もが、いずれは織田の軍師になる器とみていた。
「川は急激に増水し、濁流が襲うのも時間の問題。それに乗じて一斉に攻め込みます。そこに兵を集中させるのです」
「うむ、真豪のところはいいのか」
何故、その名を? 瀬那は一瞬言い淀む。だが。
「真豪殿は持ちこたえますでしょう。一刻を争います。殿、御指示を」
信永は満足そうに頷く。
「伝令、前へ!」
瀬那は唇を噛み、拳をぐっと握った。
――――真豪殿。どうかご無事で。
その夜半、城は飲めや歌えの大騒ぎとなった。戦勝を祝う男たちは、鎧兜を脱ぎ捨て、酒を酌み交わす。
信永は壇上でその様を満足そうに見ていた。袴姿に着替えた瀬那たちは、城に帰って来た兵士たちをねぎらい、酒を注いで回っている。
「瀬那、そこはもうよい、こっちへ来い」
信永が壇上から大声で呼ぶ。瀬那は短く礼をとり、壇上へと向かう。
「此度はようやった。貴様の戦略はまさに的を得ていたの」
「お褒めに預かり光栄でございます。ですが、殿も気付いておられたのでは?」
「なに? 褒めてやったのだから、黙って褒められておけばいい」
「まことでございますね。失礼いたしました」
しかし、瀬那の表情は固い。この宴の輪に、真豪の姿がまだなかったのだ。戦には勝った。真豪の軍も勝利を収めている。だからこそ、何故この場にまだいないのか。
――――まさか、怪我をなされた?
「どうした、瀬那」
「いえ。なにも」
差し出された杯に瀬那は酒を注ぐ。
「さて、もうこの宴はよい。瀬那、我が寝所に来い。今宵の褒美だ」
え……。瀬那はすぐには返事が出来なかった。蘭丸が召し抱えられてからずっと、殿から寝屋に呼ばれることなどついぞなかったのに。
しかし、断ることなどできない。
「は、ありがたくお受けいたします」
信永は杯を置くと、騒ぐ家臣たちを気にも留めず廊下へと進む。瀬那もその後ろを進む。
どこからか視線を感じる。それが蘭丸のものであるのは間違いないが、そんなものに構う気にはならなかった。
「おお、真豪。戻ったか。わしはもう寝るゆえ、向こうで好きなだけ飲むがいい」
――――真豪殿? 戻れられたのか。
眼前に泥だらけの真豪が傅いていた。怪我はなさそうで安堵する。
けれど……顔を上げた真豪と目が合ってしまった。瀬那は思わず顔を伏せ、無言で信永を追った。
21
あなたにおすすめの小説
【完結】ままならぬ僕らのアオハルは。~嫌われていると思っていた幼馴染の不器用な執着愛は、ほんのり苦くて極上に甘い~
Tubling@書籍化&コミカライズ決定
BL
主人公の高嶺 亮(たかみね りょう)は、中学生時代の痛い経験からサラサラな前髪を目深に切り揃え、分厚いびんぞこ眼鏡をかけ、できるだけ素顔をさらさないように細心の注意を払いながら高校生活デビューを果たした。
幼馴染の久楽 結人(くらく ゆいと)が同じ高校に入学しているのを知り、小学校卒業以来の再会を楽しみにするも、再会した幼馴染は金髪ヤンキーになっていて…不良仲間とつるみ、自分を知らない人間だと突き放す。
『ずっとそばにいるから。大丈夫だから』
僕があの時の約束を破ったから?
でも確かに突き放されたはずなのに…
なぜか結人は事あるごとに自分を助けてくれる。どういうこと?
そんな結人が亮と再会して、とある悩みを抱えていた。それは――
「再会した幼馴染(亮)が可愛すぎる件」
本当は優しくしたいのにとある理由から素直になれず、亮に対して拗れに拗れた想いを抱く結人。
幼馴染の素顔を守りたい。独占したい。でも今更素直になれない――
無自覚な亮に次々と魅了されていく周りの男子を振り切り、亮からの「好き」をゲット出来るのか?
「俺を好きになれ」
拗れた結人の想いの行方は……体格も性格も正反対の2人の恋は一筋縄ではいかない模様です!!
不器用な2人が周りを巻き込みながら、少しずつ距離を縮めていく、苦くて甘い高校生BLです。
アルファポリスさんでは初のBL作品となりますので、完結までがんばります。
第13回BL大賞にエントリーしている作品です。応援していただけると泣いて喜びます!!
※完結したので感想欄開いてます~~^^
●高校生時代はピュアloveです。キスはあります。
●物語は全て一人称で進んでいきます。
●基本的に攻めの愛が重いです。
●最初はサクサク更新します。両想いになるまではだいたい10万字程度になります。
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―
なの
BL
百年に一度、森の魔物へ生贄を捧げる村。
その年の供物に選ばれたのは、誰にも必要とされなかった孤児のアシェルだった。
死を覚悟して踏み入れた森の奥で、彼は古の守護者である獣人・ヴァルと出会う。
かつて人に裏切られ、心を閉ざしたヴァル。
そして、孤独だったアシェル。
凍てつく森での暮らしは、二人の運命を少しずつ溶かしていく。
だが、古い呪いは再び動き出し、燃え盛る炎が森と二人を飲み込もうとしていた。
生贄の少年と孤独な獣が紡ぐ、絶望の果てにある再生と愛のファンタジー
【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話
日向汐
BL
「好きです」
「…手離せよ」
「いやだ、」
じっと見つめてくる眼力に気圧される。
ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26)
閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、
一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨
短期でサクッと読める完結作です♡
ぜひぜひ
ゆるりとお楽しみください☻*
・───────────・
🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧
❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21
・───────────・
応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪)
なにとぞ、よしなに♡
・───────────・
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
異世界で孵化したので全力で推しを守ります
のぶしげ
BL
ある日、聞いていたシチュエーションCDの世界に転生してしまった主人公。推しの幼少期に出会い、魔王化へのルートを回避して健やかな成長をサポートしよう!と奮闘していく異世界転生BL 執着最強×人外美人BL
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる