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第4章 糸の切れた凧
(1)
しおりを挟むカフェ『時游館』は、3日間の臨時休業を経て、営業を再開した。カウンターの中にはいつもながらイケメンのマスターがトーストにバターを塗っている。その隣で手際よくトレイにモーニングのセットを載せるのは。
「真紀ちゃん、これもお願い」
「はい、了解ですっ」
突然いなくなってしまった零。牛乳を買いに行ったまま、戻ることはなかった。あまりにも帰りの遅い零を探しに、店を常連たちに任せ航留はコンビニまで車を走らせた。そしてその道すがら、歩道に置きっぱなしの自転車を見つけた。
――――うちの自転車だ。
車を降り確認した。一目で転倒したのがわかった。もしかして怪我でもしたのか。目当てのコンビニまですぐそこだ。航留はそのまま走ってコンビニに向かう。だが、零はコンビニを訪れてはいなかった。救急車を呼んだり、来た様子もなさそうだ。
――――まさか。まさか。
嫌な予感に冷たい汗が背中を這う。零のスマホに何度連絡しても『電源がオフになっているか現在使われて……』がリピートされ、メッセージアプリは既読も付かなかった。
「そういえば、ブルゾンに黒パンツの方、ちょうどお客さんと同じような格好した人、歩いてましたよ」
「え、それ、本当ですかっ! 天パーのやせ型……あ、いや。彼ですけど」
スマホに保存していた零の画像を映す。わかりやすいように店のユニフォームを着ている姿を店員に見せた。
「ああ、多分そうだと思います。そこの通りをふらふら行くんでちょっと気になったんです。バスに乗ったんじゃないかな。すぐそこにバス停あるでしょ。時刻表見てましたよ」
コンビニから10メートルほどのところにバス停がある。零はそこでバスの時刻表を見ていたという。
「ありがとうっ」
航留はバス停まで行くと、時刻表を見る。15分前にバスが着ていた。航留はまた車まで戻る。ほんの短い距離がもどかしい。バスに乗ったとしたら、駅に行くに決まってる。再びアクセルを踏む。航留は零に起こったことを理解した。
――――思い出したんだ。自分が何者であったのか……。
そして、『時游館』で過ごした日々を、航留のことを、全て忘れた。ハンドルを握りながら、手に汗が滲むのを感じる。それをスボンでぬぐい、駅へと向かった。
そこでどうするつもりか。今声をかけたとしても、混乱するだけだ。けれど、ちゃんと送ってやらないと。思い出した零を本当の世界に戻してやらないと、今のままでふらふらしていたら危険だ。
だが航留は間に合わなかった。駅に零の姿はなかった。都心に向かう列車と北方面に向かう列車のどちらも発車したところだった。どっちに向かったのかもわからなかった。
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