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第4章 糸の切れた凧
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しおりを挟むそれから三日。航留は店を開けることが出来なかった。唯一の店員がいなくなり、物理的にも無理だったが、精神的に不可能だった。わかっていたことなのに。覚悟していたはずなのに、零を失った悲しみは自分が思っていた以上のものだった。
「わかってただろう。だから、私はちゃんと警察に行けと言ったんだ」
零がいなくなった翌日には、越崎がやって来た。人気のないカフェでぼんやりする航留の代わりに、珈琲を淹れてくれた。
「1年前、あいつがここにやって来た時、おまえと同じ思いをした人達がいたんだ。仕方ないことなんだよ」
越崎の言うことはわかる。零の本当の居場所では、あいつがいなくなった時、驚き慌て、苦しんだ人がいたはずだ。それが分かっていながら、航留は零を離さなかった。零もそれを望んでいるなどと嘯いて。
「おまえの言う通りだな。俺は……身勝手だった」
「ま、悲観することはない。零は無事、自分の過去を取り戻したんだ。バスや電車に乗って自分ひとりで帰っていったところを見ると、嫌な場所ではなかったんだ」
そうだな。と、聞こえるかどうかほどの小声で航留は応じた。連絡がないのは、この1年のこと、すっかり忘れたんだろうと越崎は続けた。
航留は今朝、壊れた自転車を回収しがてら、再び例のコンビニ周辺を歩いてみた。そこに零がいるわけはないのだが、もしかしたら手掛かりがあるかもと淡い期待はあった。そうしたらそこで偶然、零とぶつかりかけたという少年に出会ったのだ。
『君とぶつかりそうになったの? この自転車に乗ってた人、その時どんな様子だった?』
少年は詰問調の航留に一瞬顔をこわばらせた。航留はここで逃げられたらと思いなおし、無理やり笑顔を作る。
『いや、怖がらなくていい。話が聞きたいだけだから。なにがあったか教えてくれないか? 今、春休みなんだよね?』
『う、うん……そう。僕、友達の家に向かってて……約束に遅れそうだったから』
少年は走って道路を渡ろうとした。そこに自転車が来てるなんて思いも寄らず。零の咄嗟の動きで衝突は免れたが、自転車は派手に転んだという。
『しばらく動かなかったから、僕、びっくりして』
しかし、零は頭を手で擦りながら起き上がった。少年は駆け寄り声をかけたが、最初は聞こえてるかどうかわからないように思ったという。ひたすら辺りをキョロキョロ見渡し、ようやく少年に気付いた零は、驚いた表情のままだった。
――大丈夫ですか?――
――あ、ああ。大丈夫、大丈夫。なんでもないよ――
『起き上がって、服に着いた埃を払ってた。大丈夫そうに見えたから、僕はそのまま友達の家に行ったんだ。ごめんなさい』
『いや、いいんだ。ありがとう』
航留は小さくため息をついた。少年が語った様子は、零が記憶を取り戻した瞬間を思わせた。その後の行動から考えても、間違いはなさそうだ。
「ちゃんとした居場所があったんだよ。野波君の本来いるべき場所があって、そこに帰って行った」
――――本来いるべき場所……そうだよな。このまま幸せになろうだなんて……どうかしてたんだ。俺は……。
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