【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺

文字の大きさ
31 / 66
第4章 糸の切れた凧

(2)

しおりを挟む


 それから三日。航留は店を開けることが出来なかった。唯一の店員がいなくなり、物理的にも無理だったが、精神的に不可能だった。わかっていたことなのに。覚悟していたはずなのに、零を失った悲しみは自分が思っていた以上のものだった。

「わかってただろう。だから、私はちゃんと警察に行けと言ったんだ」

 零がいなくなった翌日には、越崎がやって来た。人気のないカフェでぼんやりする航留の代わりに、珈琲を淹れてくれた。

「1年前、あいつがここにやって来た時、おまえと同じ思いをした人達がいたんだ。仕方ないことなんだよ」

 越崎の言うことはわかる。零の本当の居場所では、あいつがいなくなった時、驚き慌て、苦しんだ人がいたはずだ。それが分かっていながら、航留は零を離さなかった。零もそれを望んでいるなどと嘯いて。

「おまえの言う通りだな。俺は……身勝手だった」
「ま、悲観することはない。零は無事、自分の過去を取り戻したんだ。バスや電車に乗って自分ひとりで帰っていったところを見ると、嫌な場所ではなかったんだ」

 そうだな。と、聞こえるかどうかほどの小声で航留は応じた。連絡がないのは、この1年のこと、すっかり忘れたんだろうと越崎は続けた。
 航留は今朝、壊れた自転車を回収しがてら、再び例のコンビニ周辺を歩いてみた。そこに零がいるわけはないのだが、もしかしたら手掛かりがあるかもと淡い期待はあった。そうしたらそこで偶然、零とぶつかりかけたという少年に出会ったのだ。

『君とぶつかりそうになったの? この自転車に乗ってた人、その時どんな様子だった?』

 少年は詰問調の航留に一瞬顔をこわばらせた。航留はここで逃げられたらと思いなおし、無理やり笑顔を作る。

『いや、怖がらなくていい。話が聞きたいだけだから。なにがあったか教えてくれないか? 今、春休みなんだよね?』
『う、うん……そう。僕、友達の家に向かってて……約束に遅れそうだったから』

 少年は走って道路を渡ろうとした。そこに自転車が来てるなんて思いも寄らず。零の咄嗟の動きで衝突は免れたが、自転車は派手に転んだという。

『しばらく動かなかったから、僕、びっくりして』

 しかし、零は頭を手で擦りながら起き上がった。少年は駆け寄り声をかけたが、最初は聞こえてるかどうかわからないように思ったという。ひたすら辺りをキョロキョロ見渡し、ようやく少年に気付いた零は、驚いた表情のままだった。

 ――大丈夫ですか?――
 ――あ、ああ。大丈夫、大丈夫。なんでもないよ――

『起き上がって、服に着いた埃を払ってた。大丈夫そうに見えたから、僕はそのまま友達の家に行ったんだ。ごめんなさい』
『いや、いいんだ。ありがとう』

 航留は小さくため息をついた。少年が語った様子は、零が記憶を取り戻した瞬間を思わせた。その後の行動から考えても、間違いはなさそうだ。

「ちゃんとした居場所があったんだよ。野波君の本来いるべき場所があって、そこに帰って行った」

 ――――本来いるべき場所……そうだよな。このまま幸せになろうだなんて……どうかしてたんだ。俺は……。




しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

処理中です...