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第4章 糸の切れた凧
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しおりを挟むいつだったろう。店の前で写真を撮った。いや、零が撮ろうと言ったんだ。お互いの気持ちを知ってから、まだ日が浅かった。
『航留との写真、ホーム画面にしたいんだ』
『いいけど。前にも撮ったのあるじゃないか』
『すごく仲良しのが欲しいんだよ』
『仲良し? なんだそれ』
照れ笑いをする航留を引っ張って、店の前に連れ出した。その日は定休日だったから、店の前の駐車場に車はない。赤いレンガ造りの壁の前で二人ポーズをとった。
『もし僕が、出先で記憶が戻っても、航留のこと忘れないようにしたいんだ』
自撮り棒にスマホを取り付けながら零が言う。
『あ、ああ』
『航留が一緒にいるときなら、何も心配する必要ない。ノートもあるし。でも、出先だったら……ノートもなくて、航留もそばにいなかったら。僕は糸の切れた凧みたいになってしまうよ』
切ない思いが胸にこみ上げる。航留は思わず零を抱きしめた。
『心配するな。俺はいつも、おまえと一緒にいるから』
『うん、わかってる。でも、写真は撮って』
ニコリと航留に笑いかける。天使のようなほほえみだ。航留は零のリクエストに応えるよう、背中からぎゅっと抱きしめる。そして、彼のこめかみのあたりに頬ずりした。
『笑って、航留』
『ああ。ここ一番の笑みだぞっ』
『営業スマイルっ!』
『何言ってるか』
この幸せを誰にも渡したくない。航留は両腕に力を込めた。何枚も撮りまくって、そのうちおかしくなってきて、けらけらと笑い出す。それでも撮って、そのなかで一番気に入った写真を零はスマホのホーム画面にした。これなら、パスワードを入れなくても見ることが出来る。正直こっぱずかしい画像だけど、零の気持ちが嬉しかった。
『俺も同じのするよ。そしたら、俺たちが付き合ってたって証拠になるだろ』
「うん。そうだね……」
――――うん、そうだね。
あの時の、どこか遠い未来を見てるような表情を思い出す。甘えるような声が今も頭のなかで響いている。スマホを起動させるとホーム画面がぱっと映し出された。二人の笑い声が聞こえてきそうだ。一瞬であの日の天気や空気に包まれた。
――――あ。
ポタリと画面に涙が落ちた。航留はそっと親指でそれをぬぐった。
結局、店は三日後に再開することになった。零の後任は、なんと真紀だった。彼女は先月、会社を辞めていたのだ。期待と希望だけで就職したのだが、すぐにそれは儚い夢であったことを知る。まあ、世の中そんなに甘くないってことだ。けれど彼女にも言い分はある。
「新入社員だからって、営業で接待させるんですよ。一体いつの時代だってんですよっ。仕事には未練があったので、我慢しようかとも思いましたが、やっぱり私には無理でした」
新たな就職が決まるまでという期限付きだが、彼女は『時游館』に復帰した。またいつもの日々が……1年前と同じ日々が戻って来た。
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