【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺

文字の大きさ
55 / 66
第7章 アップデート

(5)

しおりを挟む


 時間を半日ほど戻す。
 実況見分で倒れた成行は、その後すぐ警察署に向かった。体を休めてからという、航留や医師の意見を退けたのは他ならぬ成行自身だ。
 突然頭のなかが破裂するほどの情報が流れ込み、一瞬にしてスパークした。

 アンダーパスで見たのは、ダークグレーのパーカーを来た男と血まみれの女性。逃げ出そうとした時、男の手首で光った腕時計。
 鞄で手を払い、夢中で走ったところで車にぶつかりそうになり転んだ。その映像が、まるでスローモーションで流れた。

『あそこに誰かいたんだ!』

 膝から崩れ落ちた成行を航留が支えた。事件を思い出したことが呼び水になったのか、止まっていた成行の脳内の『記憶』が全て繋がった。
 公園で初めて会ったあの朝から、自転車で転んだ1年後までの……成行は『零』であった日々を思い出した。

「殺人犯の手首で見えた腕時計ね。逃げてるときは、何かを思いついたわけではなかったんだ。恐怖が先に立って。でも、なんか違和感っていうか。その気持ち悪さだけが、多分残ってた」
「殺されるって時だ。恐ろしさが意識を席捲して、その違和感は潜在意識に潜ったんだろう」

 警察署の応接室で、事情聴取を受けた。医師と航留、越崎も同伴で行うことで航留達も了解したわけだ。

「ああ、越崎先生。多分、そんな感じです。で、そのままの状態で車にぶつかって全部吹っ飛んだ。それが時游館で先生の腕時計を見て、なぜかフラッシュバックした」

 成行は鮫島から防犯カメラの映像を見て息を飲んだ。ダークグレーのパーカーをすっぽり被って小走りに行く男の姿。自分が恐れていたことは間違っていなかったと知った。

「アンダーパスで見た男だと……思います」
「顔は見ていないとのことですが。この映像から思い当たる方、いますよね?」

 成行は深い息を吐いてから頷いた。

「はい」

 だが、アンダーパスでの記憶が戻らないまま見ていたら、似ているなとは思ってもそれを口にはしなかったろう。成行はうなだれ、両手で顔を覆った。

「実は、西園寺渉は我々にとっても容疑者の一人でした」

 鮫島たちが渉に目を付けたのは、やはり成行の失踪が原因だった。事件現場にいたかもしれない成行に近い人物だ。成行は2件目に限り、渉の共犯者だったのかもしれないと疑った。
 防犯カメラに映った身体的特徴にもぴったり。そして決定的なのは、渉には2件とも確かなアリバイがなかった。

「もちろん、それだけで容疑者扱いはできません。我々はずっと西園寺渉をマークしていました。でも特に有力ってわけじゃなかったんです。他にもそういう対象者は何人かおりましたから」

 結局それから1年間、新たな事件は起こらなかった。そこに突然舞い戻って来たのが行方不明だった『佐納成行』だ。なんと、渉のところに直接やってきた。
 捜査陣が色めき立つのも無理はない。成行は知らぬまま、刑事たちに監視されていた。

「捜索願が取り下げられて、驚いたことに『記憶喪失』だったって言うじゃないですか。病院にも行きましたが、にわかには信じられなかったですよ」

 苦笑する鮫島。結局そのまま監視を続けていたのだが、第3の事件が起こってしまった。犯人は渉だったわけだから、彼らはまんまと出し抜かれたってことだ。

「正直、見込違いかと思いましたよ。自分らが見張ってんのにやられちまって。だけど、とにかく佐納さんに話を聞きに行ったんです」

 そのときには、少なくとも成行は容疑者ではないとわかっていた。だから、何としてでも思い出してほしかった。記憶喪失が嘘ではないのであれば。

「僕にもう一度、渉と話をさせてください。それに、確かめたいことがあるんです」

 防犯カメラに映った映像だけでは証拠として不十分だ。成行自身もこの映像だけでは絶対と言い切れない。他人の空似だってあるし、本心ではそうであって欲しいと思っている。

「馬鹿を言うな。危険極まりないだろうっ!」

 当然航留は猛反対。今からあのアパートに戻ることはさせられないと息まいた。

「じゃあ、僕と一緒に来て。部屋のなかで隠れてて」

 それから夕闇が訪れるまで、警察署で作戦を練った。成行は洋服に小さな発信機を取り付け、航留とともにアパートに戻る。渉が帰るまでに部屋を調べ、目当てのもの、成行が贈った腕時計を見つけた。
 それは、あのアンダーパスで出くわした殺人鬼が嵌めていた腕時計に他ならなかった。



しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される

水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。 行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。 「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた! 聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。 「君は俺の宝だ」 冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。 これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

処理中です...