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最終章
(2)
しおりを挟むこの4か月の間に、もう一つ明らかになったことがある。成行を昏倒させたうえ、山林に捨てた『戸ノ倉』たちのその後だ。
成行自身は戸ノ倉が思った通り、彼を轢きそうになった車を白っぽい乗用車以外覚えていなかった。が、航留達は戸ノ倉が白状したことをきっちり録音している。それを警察署に提出したところに、戸ノ倉が担当していたあの有名俳優が再び人身事故を起こしたのだ。
さすがにそれは戸ノ倉も庇いきれなかった。結局成行との事件も露呈し、罪を償うこととなった。
「この間来てた、なんか目つきの悪いお二人、あれ、警察関係者?」
望月の隣でスマホを眺めていた香苗が成行に尋ねた。二人、鮫島と真壁のことだ。彼らは先日、事件の進捗や渉の様子を伝えにきた。同時に、裁判になった場合の協力もお願いしに来たのだ。直に検察庁から連絡がくるだろうとのことだった。
「そうですよ。目つき悪いですかね」
「悪いよー。絶対悪人」
社会を守っている彼らを悪人呼ばわりするのは少し気の毒だが、善人ではないだろうな、なんて思ってしまった。
逮捕された直後の渉は、ハイテンションのまま、夜が明けても一人で喋り続けていたという。ただ内容は、事件のことではなく、自分の幼いころからの話や、実家の稼業、家族の……おおよそ悪口ばかりだった。
鮫島たちが事件のことを聞いても、それについて詳しいことを語らない。ただ、初犯は一昨年の冬の事件ではなく、彼が高校生の時だったと自慢気に話した。
「奴の両親が偉い弁護士を連れてすっ飛んできましてね。その後はもう、何も話さなくなりました。けれど初犯以外は二十歳過ぎてからの犯行です。向こうは精神鑑定に持ち込むつもりです」
『本当に殺したかったのはおまえだ』
あの夜、渉は成行の前でそう激白した。成行が初めて同級生と付き合いだした時、渉は自分の感情をどうコントロールしていいのかわからず、行きずりの女子高生を殺した。
相手がどこの誰かも知らないまま、渉は川に捨ててしまう。その日の深夜、地域に線状降水帯が発生し、記録的な大雨をもたらした。増水した川は激流となって海へと向かい、遺体を押し流したのだろう。今の今でも、遺体が上がった報告はなかった。
その有名弁護士は、『遺体無き殺人は無効だ。渉の記憶違いであり、事実ではない』と訴えているらしい。その妄想が今でも彼の精神を蝕み、普通でない精神状態を作り出した。という筋書きでも描いているのだろうか。
「そんなことで無罪にでもなったら、遺族はどうすればいいんですか。まだ若く、綺麗なお嬢さんばかり。私はなんとしても、あいつに罪を償わせたい。佐納さんは友人だから、かばうつもりかもしれませんが、あなたも殺されそうになったんだ。慎重に考えてほしいんです」
鮫島は真剣だった。遺族のためというのも嘘じゃないだろうが、精神鑑定で無実にされるのは、どんな刑事も御免被りたいだろうとは理解できる。
「簡単には考えていません。けど、彼の精神状態が普通じゃなかったとは、僕も思ってるので」
「そんなっ」
「鮫島さん、今営業時間なんで、困ります」
もめてるところに航留は割って入った。結局彼らは休店日に出直すことで落着した。
実際、成行にも渉がどうして殺人という究極の手段を用いたのか理解はできていなかった。そんなに極限状態に追い込まれていたのなら、何故自分に言ってくれなかったのか。
もし、本当に自分を殺したかったのなら、最初にそうしてくれれば良かった。それなら、なんの罪もない彼女たちが死ぬことはなかったのだ。
渉が事件を起こした日は、最後の事件を除いて、全て成行が女性と会ってる日だった。それがなお一層、成行に罪の意識を強くさせていた。
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