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最終章
(4)
しおりを挟む「あの。渉が犯罪者で、罪を償わなきゃいけないのは理解しています。殺された方々や遺族の方にとって、あいつがどんなに残虐で酷い男なのかも。けど、僕が全く関係ないとは思えないんです」
「成行っ」
「航留は少し黙ってて」
思わず叫んだ航留に、成行は冷静に指示した。航留は仕方なく口をつぐむ。
「僕が今、こうしていられるのは奇跡のようなものだと思ってます。記憶を失ったことでお二人に……航留に出会えて。紆余屈折はあったけど、全部が繋がって。初めて自分は存在してていいのだと、誤魔化さずに生きていいのだと思えたんです。そのチャンスを、僕は渉に与えてやれなかった。それを、後悔しています」
高校生だった二人は、お互いに若過ぎた。どうしようもなかったんだ。けれど、なにかが変わっていれば、こんな結末を迎えることはなかった。きっと。
「渉が精神異常者とは思わない。けれど、どこかで歯車が狂ってしまったのは事実です。その歯車をもう一度嵌めなおして、彼が起こした事件に正面で向き合ってほしいんです。それはたとえ、無罪になろうと有罪に……極刑になろうと変わりません」
越崎は何も言わず、じっと聞いている。成行の声は細いがはっきりとした口調で聞き取りやすい。思いがこもっているのがわかる。
「僕になにができるのかはわかりません。今は面会もできないし。けど、渉の気持ちが落ち着いて、自分の――取返しのつかないことだけど――してしまったことを真摯に受け止めることができたなら。彼に後悔してほしいし、ご遺族に心から詫びてほしい。そのうえで本来の自分を取り戻してほしいんです。その手助けができるなら、してやりたいと思います」
航留の心は穏やかではなかった。あんな男のこと、さっさと忘れてしまえばいい。それこそ、今すぐ渉のことだけ忘れる記憶喪失があるなら大歓迎だ。
「そうか。そうだね。佐納君の心を満足させるのは難しいかもしれないけど、そうして構築していくことが大事かな」
さっきまでの勢いはどうした。散々渉のことを卑下していたくせに。航留は反論しようと思うが、そこでようやく気が付いた。これは元々越崎が考えていた道筋なのだ。
渉が逮捕された時、越崎は一つの仮説を航留に告げていた。仮説だから、航留も話半分に聞いていたのだが。
『成行君が、あのアンダーパスでの出来事を最後まで思い出せなかったのは、あの日見た殺人犯が西園寺渉だと、潜在意識で分かっていたからだろうな』
どういうことだよ。と質す航留に、越崎は持論を続けた。
殺人現場を目撃した成行は、相当に強い恐怖とショックに晒され、そこから逃げ出さなければという意識に支配された。
けれど、いくらパーカーで顔を隠していても、自分に対峙してたのは長年慕っていた西園寺渉だ。時計のこともあって、おそらく意識の深い部分、潜在意識では気付いていたのではないか。
『そこで、唐突に起こった事故。頭を強く打った成行君は記憶を失った』
記憶喪失になったのは、外的な要因ではあるけれど、二つの恐怖――殺人犯に殺されるかもという恐怖と、殺人犯が渉かもしれないという恐怖――から逃れたい思いも手伝ったのだろうと、越崎は考えた。
『だから最初に、警察行くのを拒否したんじゃないかな。無意識だろうけど、事件の真相に近づきたくなかったんだ。過去の自分を取り戻した時、事件を思い出せなかったのもそう考えれば頷ける。渉が犯人なのではという確信に近い疑惑を思い出したくなかったんだと思う』
『そんな、あの下衆野郎にそれほど執着してたとは考えたくないな。じゃあ、なんで見分の日、思い出したんだよ』
憮然とする航留に、越崎は口角を片方だけ上げ、鼻で笑う。
『それはさ。おまえと一緒だったからだよ』
『え?』
『それまでの成行君にとって、渉の存在は大きく重いものだったんだ。本性は下衆野郎だったとしても、彼が崇拝していた人物だからな。けど、おまえの登場で、そのバランスが変化した。思い出しても大丈夫。自分の心を安定させることができる。精神の深いところでOKサインが出たのさ』
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