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番外編 カフェ時游館にようこそ
その1 春
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本編完結までお読みいただきありがとうございました。
こちらはゆるーいおまけのお話です。
美味しい珈琲でも飲みながらお楽しみください。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
都会の喧騒からかけ離れた郊外の住宅地。地元ではちょっと知られた、レンガ造りが目印のカフェがある。モーニングには多くの常連客が、味わい深い珈琲とサクサクのトーストを目当てに訪れている。
その最も忙しい時間を外した9時ごろ、近所の若い主婦たちが扉の鐘を鳴らし入店してきた。幼稚園バスを送り出した彼女たちは、仲の良いママ友四人組だ。
「いらっしゃいませ」
カウンターでカップを拭いていた航留が、にこやかに会釈する。
「こんにちはー」
パッと花が咲いたような笑みが四人の女性からこぼれた。イケメンで有名なマスターに微笑まれたら口元も和らぐのも当たり前だ。
「マスター今日もカッコいいねえ」
「ホント、ホント。目の保養だよ」
なんて言いながらいつもの窓際の席に陣取った。
「いらっしゃいませ」
そこに、聞きなれない声の店員が水とおしぼりを持ってやってきた。何の気なしに目をやって、それぞれがその店員に釘付けになってしまった。
「あ、あの。なにか……」
くせっ毛でスリムな青年は大きな目をクリっとさせ戸惑っている。突然、お姉さん方に凝視されたのだ。驚くのも仕方ない。
「あ、あ、ごめんなさい。真紀ちゃんじゃないんだと思って……」
「真紀さんは先週で辞められたんです。あの、就職されて」
「ああ。そうか。そう言ってたよ」
四人の内、一番年上っぽい女性が言うと、他の三人も頷いた。
「僕はその代わりに入って……零といいます。まだ慣れませんが、よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる店員。若いママたちは口々に「よろしくね」といい、いつものオーダーをした。彼が一礼をして去っていくとすぐ、顔を寄せ合う。
「見た!? 今の子。零君だっけ。物凄い美少年だったね」
「本当だよー。ええ、どこの子だろう。肌なんか艶々だったよ」
マスターの航留だけでも満足していたのが、さらにイケメン店員が増え、彼女たちのテンションは上がる。
「これからもっと通おうよ。週一とか、二でもいい」
指を立てながら話す。そうね、そうね。と、首をしきりに振る。だがまあ、冷静になればそうもいかないことは明白だが、今の彼女たちを止めるような無粋なものはなにもなかった。
「お待たせしました。どうぞ」
再び零が、モーニングのセットを持ってテーブルにやってきた。四人分なので、二回に分けて運んでくる。
彼女たちはそわそわと、零の一挙手一投足を目で追った。当然、零はやりにくいことこの上ない。が、不慣れと言いながらも流れるような手順でそれぞれのプレートを並べた。
時遊館の売りはもちろん薫り高い珈琲だ。零が去り、その芳醇な香りに包まれると、ようやくハイテンションがややハイくらいまでに落ち着いてきた。
最初のうちはチラチラと零に視線を送っていた彼女たちも、いつしか芸能界のゴシップや噂話に集中し、いつものペースに戻っていく。
「そう言えば、最近都心で物騒な事件起きてるよね」
「ああ、もしかしてあれよね? 連続殺人事件」
「女の子狙ってるやつ?」
「女の子っていっても女子大生らしいけど。二人もだよ」
四人はまた顔を近づけ、声を顰めて話し始める。トーストやサラダは既に食べ終わって珈琲も残り少ないが、そんなことは関係ない。彼女たち自身の時間切れが来るまでカフェ会議に夢中だ。
マスターもいつものことなのでお咎めはない。それどころか、そっと空いたグラスに水を注いだ。
「ありがとうございました」
ようやく会計にママたちが並ぶ。10時になる頃にはお開きにし、それぞれの家庭に戻るのだ。彼女たちがここで楽しそうにしてくれれば、この街も安心だと航留は思っている。
「ねえ、新しい子、すっごく可愛くていいわね」
その一人、おそらくリーダー格と思われる女性が臆面もなく話しかけてきた。
「ありがとうございます。まだ慣れなくて、なにか不都合なかったですか?」
「とんでもない。丁寧だし、全然問題ないわよ」
彼女の返答に、後ろに並ぶ女性たちも笑みを浮かべて頷いている。航留はホッと胸を撫でおろした。日の浅い店員だから当然でもあるが、零が褒められるのは掛け値なしに嬉しかった。
カフェ『時游館』は本日もいつも通り。実に平和な時間が過ぎていった……。
つづく
2
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