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番外編 カフェ時游館にようこそ
その2 夏
しおりを挟む夏休みが近い。それは4人組のママ友たちにとって最大の憂鬱事項である。
「もう、なんで夏休みなんてあるのよっ」
時遊館のいつもの席に座るなり、リーダー格の女性が呻いた。
「ホント、それよね。私なんかお盆に向こうの実家帰らないといけないんだよ……憂鬱というか、鬱になりそう」
一番若そうな髪の長い女性がため息交じりに言う。
「あー、それは鬱にもなるよね。御愁傷様です」
などと、揶揄うでもなく気の毒そうに声をかける。なんだかモヤッとした暗い雰囲気が彼女たちのテーブルに漂った。
「いらっしゃいませ。どうしました? 元気ないですね」
「あ、零君! いやあ、なんでもないのよー。毎度のことでね」
「そうそう。あ、いつものお願いします」
彼女たちのテーブルにやってきたのは、春に入った店員の野波零だ。あれから3ヶ月、今ではすっかりベテラン店員のよう。
「あー、やっぱりここは癒しの空間だわ。マスターに零君というイケメンパラダイス」
「例えが古いけど、同感ですね」
4人がそれとなくカウンターを覗く。零もモーニングの準備をするため、二人は並んで作業をしていた。いつもの光景ではあるが、このところ今までとはなんとなく違う気がしていた。
「ねえねえ、先月くらいからずっと言おうと思ってたんだけど」
ショートカットが似合う活発そうなママが声を潜めた。
「なんか、二人の様子が今までとは違うくない?」
違うくない、という言葉が正しいかどうかは別にして、三人のママたちはくっと息を飲んだ。
「私もそれ、思ってた。なんか、二人で目を合わせてニヤニヤしてるよね。ね?」
「そうそう。そうなのよ! やっぱり気付いてた?」
話に夢中になると、カウンターの中のことなど見向きもしないのだが、零が頬を染めてマスターを見てるとことか、その姿をしまりのない表情で見ているマスターを見逃してはいなかった。
「マスターと零君って、もしかして恋人同士なんじゃない?」
「いやマジで! それはまさかの私好みの展開っ!」
思わず声が大きくなる4人組である。しかし、それを止めるものはどこにもいない。
「それ、私も思ってた。こう、距離感が凄く近いの」
「激しく同意だわ。イケメン×美少年とか、いやいや。これは目の保養が過ぎる」
そんな4人の熱視線がカウンターに注がれているとも知らず、二人の間には甘い空気が流れている。
「いやあ、見てるほうが恥ずかしくなるくらいね、これは」
「間違いないわー」
ほうっとため息をついた。
「お待たせしました。 ん……と、僕の顔になにかついてますでしょうか」
モーニングを運んできた零、4人は思わずガン見してしまった。
「ううん。なんでもないー。なんか幸せそうね、零君。その幸せオーラをお裾分けしてもらうおうかと……」
ガン見してたことを誤魔化すためもあったが、つい本音が出てしまった。
「え? あー、いや、なんかそう見えましたか? うふふ。お裾分けならいくらでもしますけど」
などと返されてしまう始末。
「これは本物ねえ」
「いいじゃない。ここにくる楽しみがまた増えたよー」
「色々妄想したりねえ」
「なにそれ!」
キャハハッと甲高い声で大笑い。今度は他の客の視線を浴びることになって4人は慌てて小さくなり、フフッと苦笑いをこぼした。
わずかな時間であったけれど、夏休みの憂鬱を忘れられた貴重な時間だった。
つづく
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