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番外編 カフェ時游館にようこそ
その4 初夏
しおりを挟む5月の連休が終わり、さっぱりした気候とは裏腹の気だるい日常が再開した。世間では五月病たるものがまことしやかに、学校、職場に関わらず話題になる頃でもある。
「五月病とか冗談じゃないわよ。ちゃんと毎日学校、会社に行けっていうの」
「そうそう。連休も旅行にでも行ければ楽しいけど、家にいる限りはこっちは暇なしなのよね」
「旅行も大変だよ。楽しいのあとの後始末がね」
いつものママ友4人組は、ようやく家族が出払ってくれたこの日常こそ、愛すべき日々だと口をそろえる。というわけで、本日は久々の『時遊館』井戸端会議の日であった。
「あれ? やだ。臨時休業になってる!」
先頭で歩いていた1番若そうなママが叫んだ。店の玄関であるガラス戸、赤い格子の枠には見慣れた『CLOSED』の札がかかっていた。
「ええっ。またあ? もうマスター、やる気なさ過ぎ。まさかの五月病じゃないでしょうね」
時游館が臨時休業するのは珍しいことではない。いつも突然休むので慣れたことではあるが、せっかく来たのに門前払いは切ない。
「あ、でもさ。これってもしかして……いい方向なんじゃない?」
憤然とするママ友たち。その中でリーダー格の女性が腕を組む。
「どういうこと?」
「ほら、連休前にさ、ちょっとひと騒ぎあったじゃん。なんかおかしな客来ててさ」
「ああ、あの、突然午後から閉店になってたあの日」
その日、彼女たちは毎度のことながら、お喋りに花を咲かせていた。そこに、あまり見たことのない背広姿の男性がやってきたのだが。
「あれ、そう言えばおかしかったよね。あのおじさんをマスターと常連客が取り囲むように連れてって」
その背広姿の客はなにかクレームでも付けたのか、マスターたちがバックヤードに連れて行ったのだ。
その後、店を出た四人は、店の扉に本日同様『CLOSED』の札がかかっているのを目にした。店内にいる客が帰り次第、店を閉めるという意志だ。
「でも、それがなんでいい方向なの?」
「うーん、なんかね。あの人、零君のことで来たんじゃないかなあって思ってたんだよ。私」
「ええっ!? マジで!?」
バイトの零が突然いなくなってから、もうひと月以上経っている。最初の内は、今日はもう帰ってきてるかと気にしていた彼女たちだが、そろそろ話のネタに上がることも少なくなっていた。
「マスター、あれからずっと寂しそうだったじゃない? なんか、どこか遠くを見てため息ついたりしてさ」
「あー。そうだよね。いなくなった直後よりはマシになってたけど、なんか心ここにあらずの感じはずっとあったよね」
扉の前に突っ立ったまま、4人のお喋りは止まらない。
「実は私、連休前に他の友達と時游館に来たのよ。そしたら、マスターの様子がなんか違ってね」
「え、え、どんなふうに?」
リーダー格の女性が店を訪れたのは、あのマネージャーがやってきた二日後だった。3人のママたちは興味津々で彼女の次の言葉を待つ。
「なんかね。ソワソワしてるの。落ち着かないっていうのか。時々大きなため息を吐くんだけど、がっかりのじゃなくて。ドキドキワクワクを抑えるような、そんな感じ。挙動不審だったんだよね」
「ほおっ!」
「いやあ、マジですか、それ」
4人の声が一段高く大きくなる。
「その時、なにかあるんじゃないかって思ってたんだよー!」
「あるかも。零君と連絡ついたんじゃない?」
「だったら嬉しい! 真紀ちゃんが嫌ってわけじゃないけど、零君に会いたいよね」
「うん。マスターにも元気な笑顔に戻って欲しいし」
4人は一斉に首を縦に振る。休業中の店の前で、いつまでも話が止まらない。そのうちまたいつも通りの話題になったところで、ようやく場所を変えることを思いついたようだ。
わさわさと口は動かしたまま、時游館から去っていった。
さて、彼女たちの思惑通り、零は時游館に戻ってくるのだろうか。
つづく
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