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第2章 獣の目
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しおりを挟む――――イ……サ……イー……サン……。
「う、ううん。誰だ?」
深夜だ。この日は風もなく、静かな夜だった。雲一つない月夜は冷たい光をカーテンの隙間から部屋に零している。ベッドで夢に堕ちていた僕は、自分の名を呼ぶ声に起こされた。
「僕だよ。イーサン」
ジョシュアだった。僕のお古の寝間着の上にカーディガンを羽織り、ベッドの上で四つん這いになっている。僕を覗き込む彼の顔は、月明かりで影になり表情がよくわからなかった。
「どうした? どこか痛むのか!?」
僕は慌てて半身を起こそうとしたが、彼はそれを制した。
「違う。どこも痛くないよ」
徐々に目が慣れていく。僕の目の前にある彼の顔が、白くぼんやりと浮かび上がる。流行りのポートレートのように整った顔立ちは、切れ長の青い双眸と筋の通った鼻、そして花びらのような桃色の唇が整然と配置されている。
「じゃあ、なんだ? 重いからどきなさい」
四つん這いになっているので、本当のところ重さは感じていない。だが布団のたわみが失われているため、若干締め付けられている感はあった。
「イーサンは、眼鏡を取った素顔も素敵だね」
ジョシュアは僕の頬に右手のひらをそっと這わせる。僕は左手でその手を掴んだ。
「やめないか。君は夜中に何の用だ」
「寂しいんだ。入れてよ」
僕が怒った表情を見せているのにも関わらず、ジョシュアはそうねだった。口角を上げて笑みを作り、動けない僕に迫ってくる。青い瞳が俄かに光って見えた。それはまるで獣のようだった。
「いい大人が何を言ってる」
僕は咄嗟にそう言った。暗闇に浮かぶ彼の姿に取り込まれていく。そんな恐怖を覚えた瞬間だ。
「いつも子供扱いするじゃないか」
ジョシュアが四つん這いから身を起こし、僕の膝当たりの上で座りなおした。いつの間にかいつもの彼に戻っている気がした。僕は安堵の息を静かに吐いた。
「いいでしょ。実はあの部屋寒いんだよ。暖炉ないし」
ジョシュアが寝ている部屋には暖炉はなかった。もちろんここにもない。だがどちらの部屋も小型のストーブで部屋を暖めてから寝ているので、そんなに変わらないはずなのだが。
「この部屋より俺の部屋無駄に広いからさ。窓も大きくてすぐ冷えるんだよ。イーサンのお父さんはお母さんと二人で寝てたんでしょ? だから暖かかったんだよ」
言われてみればそうかもしれない。ジョシュアがいる部屋は、元々両親の寝室だった。二人は仲が良かったので、父は結局そこを書斎兼寝室にしてまった経緯がある。
父が亡くなったあと、母はそこで眠るのが嫌だったのか、別の部屋に寝室を移したのだけれど。
「しょうがないな。じゃあ、いいよ。おねしょするなよ」
「やった! おねしょするかもよ。お兄ちゃん」
僕は何故、彼をベッドの中に入れてしまったのか。だが、彼にお兄ちゃんと言われて逃げ道を作ってしまった。
僕には兄弟はいない。姉が一人いるが、とっくに結婚してロンドンに住んでいる。弟は、自分がずっと欲しいと思っていた仲間だった。
――――そうだな。ジョシュアは弟のようなものだ。
布団に潜り込んできたジョシュアはまるで猫のように自分の横で丸くなった。冷えた体を押し付けられて僕は瞬間体を離す。
だが、少しずつお互いの体温で温められていくうち、僕は彼に寄り添うようにして眠りに落ちていった。
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