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第8章 噂
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しおりを挟む「先生、こんなところで何をしているんですか?」
「ジュリー。ああ、ちょうど来るところだったか」
「はい。急がないと診察始まってしまいますよ」
彼女の家は診療所から歩いて20分くらいのところにある。午前と午後の診察は四時間ほど空くので、その間は家に戻って家事をしている。今は午後の診察に間に合うようやってきたところだ。
「どうしたんですか? 先生、顔色が悪いですよ」
ため息交じりにジュリーが言う。僕が何も言えずにいると、
「ジョシュアのことですね?」
と続けた。
「ジュリーには何でもお見通しだね」
僕は苦笑いをしながら答えた。
「若いからな。何を考えているのかわからないんだよ」
そう言って誤魔化す。当たらずも遠からずだ。最近、ジョシュアの考えていることがわからなくなっている。
「先生は、最近ジョシュアが何をしているか、ご存じないんですね」
「え?」
診療所に戻り、僕たちは診察の準備をしていた。僕は診察室で白衣に着替え座り慣れた椅子に体をどかりと落とした。そんな僕に、ジュリーが気の毒そうな笑みを浮かべて言う。
「どういうことだい? ジュリーは知ってるの?」
そうだ、僕は思い出した。これはジュリー案件なんじゃないかと予想していた。
「はい。存じてますとも」
「教えてください。あいつはこの頃、どこに行ってるんですか?」
そこで午後の診察が始まってしまった。待合室には常連さんを含めて何人かが椅子を埋めていく。僕は焦れながらも、診察を開始した。
陽がすっかり西の空に落ちたころ、ようやく診察は終了した。看板をクローズドにして、僕は帰ろうとするジュリーを慌てて呼び止める。
「先生、そんなに慌てなくてもわかっておりますよ。ジョシュアはマリアお嬢様の、ホワイト家の厨房で手伝いをしているんです」
「ええ!? ホワイト氏の厨房?」
ジョシュアはマリアの家にいた。何をしていたんだろうという率直な疑問と、やはりマリアの言い出したことはジョシュアが考えたシナリオではないかとの疑惑が同時に浮かんだ。
「私が紹介したんですよ。あの子、料理が得意だから」
「よく、ジョシュアは行きましたね」
「何を仰ってるんですか。あの子が私に頼んできたんですよ。どこか、駅前ではなく、この近くで仕事はないかって」
「ジョシュアが?」
ジョシュアがいつだったか、僕に言った。『住み込みの仕事なんて絶対嫌だ』と。だから、あいつはジュリーに尋ねた。ここから通えるところに仕事はないか。
「ホワイト様のところで賄いの者を探していたのを存じておりましたから、ジョシュアを紹介しました。あの子も最初は渋々な感じでしたが、いつのまにか楽しそうに行ってましたねえ。近頃ではデザートを作っていると言っておりましたよ」
――――ジョシュア……。
僕はそんなこと全く知らなかった。何故ジョシュアが僕に一言も言わなかったのかはわからない。それでも、彼が笑顔でこの家の玄関を出ていく姿を僕は見送っていたのだ。
そんなジョシュアが、マリアにあんなことを唆すだろうか。僕は頭を振った。そして、白衣を上着に着替え、夜の街に向かった。
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