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第8章 噂
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しおりを挟む――――とは言っても、どこにいるのか……。
あれからもう3時間以上経っている。ジョシュアは家に帰ってこなかった。初夏とは言え、夜は冷える。ジョシュアはどこへ行ってしまったのだろう。
――――まさか、悪い奴に捕まったんじゃ。ロンドンに戻ってはいないだろうな。
駅の工事が続く通りまで行くと、まだ店からは灯りが煌々と漏れ出で石造りの路を照らしている。近頃この辺りでも着くようになったガス灯も道行く人を誘っていた。
ジョシュアも腹を空かせているのではないかと思い、僕はレストランを一軒ごと覗いてみる。しかし、ジョシュアの姿はどこにもなかった。
僕は最後の望みをかけて、マリアの住む屋敷、ホワイト氏の豪邸に赴いた。
ついさっき、マリアから思わぬ告白を受けたところだ。彼女に会うのはさすがに気が引けた。けれど、何か嫌な予感もして、勇気を持ってベルを押した。
「グリフィス先生、これはまたどうされました?」
蔓草のレリーフをあしらった重厚な扉。その横にある小さな窓を開け、ホワイト家の使用人が怪訝そうな顔を向けた。
「夜分遅く申し訳ないです。あの、マリアさんはもうお休みでしょうか」
「少しお待ちください」
使用人は屋敷の奥へと下がっていく。マリアのところに行くのだろうか。僕はその間も落ち着くことが出来ず、ウロウロと玄関前を歩き回った。
ここにジョシュアがいなかったらどうしよう。いや、もしかしたらもう家に帰っているかもしれない。僕がいないと、彼もまた心配するんじゃないだろうか。あいつがここにいたのなら、何も言わずに連れて帰ろう。抱きしめて……キスをしよう。それでいい。
例えジョシュアがマリアに何か言ったのだとしても、僕はジョシュアを許すしかない。
小窓が再び開くのを待っていた僕の目の前で、いきなり重厚な扉が音を立てて開いた。
「先生すぐ来てください! お嬢様が!」
血相を変えた使用人が僕の元へ駆け寄ってきた。僕は慌てて彼女の後を追う。マリアに何かあったのか? 嫌な予感しかない。
2階に駆け上がり、開け放たれた彼女の部屋へ飛び込むと、ソファーの上で倒れているマリアの姿があった。そしてその傍には、呆然と立ち尽くすジョシュアがいた。
「ジョシュア……これは、一体どういうことだ」
「イーサン? ちが……俺……」
僕は何かが崩れ落ちていく音を確かに聞いた。もう終わりだ。もう終わってしまったのだ。そう思った。
「先生、早くお嬢様を」
使用人の女性に急き立てられ、僕は我に返った。マリアは青い顔をしているが、息はある。僕はとにかく安堵して彼女をベッドへと運んだ。
見たところ外傷は何もない。ソファーの前にある小さなティーテーブルには紅茶が入ったカップが二つあった。ジョシュアと飲んでいたのだろか。
――――まさか、何か飲ませたのか?
診療所には使いようによっては命に係わる薬もある。ジョシュアの手術の時に使った鎮痛剤もそうだ。
「ジョシュア!」
僕は振り向いて彼の姿を探す。だが、そこにはもう誰もいなかった。
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