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第9章 誤解
(5)
しおりを挟む「痛いよ、イーサン」
それでもつい力が入り過ぎてしまったのだろうか。
「あ、ごめん。力入っちゃったかな」
「ふふふ。やっぱり病人に優しいな。イーサンは」
「おいおい、だからと言って、もう病人にも怪我人にもなるんじゃないぞ。僕は、ジョシュアには優しいんだから。何も怪我しなくても」
僕は彼の額にキスをした。
「ねえ、イーサン」
「どうした?」
「二人でフランスに行かない?」
「フランス? どうした、急に」
ジョシュアが食事を平らげたので、僕は彼を寝室に運んだ。背も伸びたジョシュアは重くなった。ヨロヨロとするのを彼は声を上げて笑う。
久しぶりに聞いた気がするジョシュアの笑い声、それは僕にとって、この世で一番大切で愛すべきものだ。
「フランスはね、同性愛者を罰する法律がないんだよ。イタリアにもないけれど、ここからならフランスのほうが近いよね。ドーバーを渡ればすぐだもの」
「ジョシュア……」
何かの本で読んだのだろうか。確かにジョシュアの言う通りだ。同性愛者に対してどの国もたいてい法律で禁じている。
ただ、それを公言したり、訴訟を起こされた場合のみ裁判になるので、実際どのくらいの同性愛者がいるのかはわからない。
かのレオ・ブラウン男爵にしても、たまたま相手が上位貴族の子息だったのが災いした。元々貴族は名ばかりの落ちぶれていたブラウン家を、レオはその才能で盛り上げた。
それを貴族達はよく思っていなかったのだ。美男美女を侍らす図も癪に触っていたのだろう。相手の父親はいい気になったブラウン家を潰すつもりで訴えたのだ。
男色そのものは貴族の間ではむしろ公然の秘密的お遊びと聞く。ブラウン男爵の逮捕、有罪判決は、貴族同士の内輪もめに過ぎないというのが真相だ。
とは言え、この国が僕らに冷徹なのは紛れもない事実。僕らは決して自分たちのことを人には言えないのだ。だから、ジョシュアもマリアに言わなかった。僕らは愛し合っていると。
「フランスに行けば、俺とイーサンは手を繋いで散歩したり、木陰でキスしたりできるよ」
「そうかな……そこまで自由じゃないと思うけど」
「そうかもしれないけど、牢屋に入れられることはないよ。二人でずっと、おっさんになって、じいさんになって、ずっとずっと一緒にいても何も言われない。結婚しろって言われない」
ジョシュアはベッドの上で僕の顔をじっと見つめた。脇に置いたランプが彼の顔に影を作る。彫の深い顔立ちに美しい曲線が這っていた。
「そうだな……そうだ。フランスか。パリじゃなくて、少し田舎の、ニースなんかが暖かくていいかもしれないね」
「うん、そうだよ。ニースやカンヌ。綺麗な街がたくさんあるよ」
僕はジョシュアの隣に寝そべり、彼の頭を左腕に乗せた。
「考えてみるのもいいかもしれないな。医者なんて、どこでもできる」
僕らはジョシュアが眠るまで、フランスの町々を巡り話した。この街はお魚が美味しいだろう。この街には有名な城がある。
それはすぐそこにある、けれどおとぎ話のように僕らの心を満たしていった。
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