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第3章
8 就職活動
しおりを挟む俺と宗志はそれまでずっと、自分の恋愛に絶望を感じて生きていた。誰かを好きになったとしても、告白できることは一生ない。何度もその事実を突きつけられてきた。
宗志が恵まれていた身分だったのに関わらず、斜に構え厭世的に振る舞っていたのはそのためだ。宗志には家業を継ぐ使命があり、ゲイなんで口が裂けても告白できなかった。
だから、お互いの気持ちを確かめ合うことができた俺たちは、この世で一番幸福なんじゃと思い込めるくらい有頂天になっていたんだ。
俺はともかく、宗志にとってはつかの間の自由だとわかっていた。このままでいいはずもなく、あるいはこのままでいたいなら、いつか必ず告げなければならないとわかっていたのに。俺たちは気付かぬふりをして、それを先延ばしにしてたんだ。
示し合わせたわけではなかったけれど、俺たちはこの関係を大学の友人にも家族にも誰にも知らせずにいた。宗志の実家にもあまり行かなくなり、ほとんど同棲に近い形で宗志は俺の部屋に入り浸っていた。
けど、時間は止まっていてはくれない。宗志との夢のような日々も4年生が近づき、就活が始まった頃から少しずつギクシャクしてきた。終わりの影が忍び寄るのを、二人とも気付いていた。
『戦わないのかよ』なんて、偉そうなことを言っていた俺も、それを断ち切るため立ち向かうのを怯えていたんだ。
「今日は最終か?」
ベッドの上に腰かけ、ネクタイを締める俺を眺めながら宗志が言う。
「ああ、とりあえずこれで内定が取れたら助かる」
第1志望ではなかったが、滑り止めとしては贅沢過ぎるところだ。最悪ここなら俺の青写真に大幅な変更が起こることはない。
「久遠なら大丈夫だよ」
「はん、関係ない奴は気楽だな」
どうしても就活の時期はナーバスになる。しかも宗志は就活なんて必要がない。『森嗣製薬』への就職は既に決まっているのだ。本人が知ってるかどうかはわからないが、配属される部署も決定済みだろう。
こいつは敷かれたレールの上を脱線しないように走ればそれでいいんだ。つい最近まではそんな決まったレールはごめんだとか思ってたくせに、羨ましく感じるなんて自分でも情けない。けれど、それほど追い詰められているのは誰もが仕方ないことだった。
俺の第1志望は業界最大手だから、就活開始時期が遅く、まだエントリーシートが通ったところだ。不安定でヤキモキした気分はしばらく続く。
「そうだな」
他人からの妬みを宗志は十分理解していた。だから、ここで言い返すような暴挙はおこさない。あいつが俺の就活の成功を心から願っているのもわかってるのに、俺は本当に小さいな。
入学式で着たスーツは少し小さくなっていた。背は高いが痩せているのを気にしていた俺は、大学入学と同時に体を鍛え始めた。大学には学生用の(しょぼい)ジムもあり、そこに通っていたのだ。
胸や腕に筋肉が付いたことで、体格も良くなった。仕方なく1着新調したのだが、結局そればかりを着るようになった。
――――これがくたびれるまでに決めたいな。
玄関を出るとムッとする湿気が肌に纏わりついてくる。それだけでもスーツ必須の就活が嫌になるってもんだ。俺はどんよりとした梅雨空のなか、アパートを出て行った。
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