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第56話 惚れるだろ?
しおりを挟むミニアルバムの配信の話と同時に、水口さんから佐山にまた楽曲提供のオファーが来ていることを聞いた。
受けるかどうかは任せるが、相当魅力的な話だからとちょっとプレッシャーを掛けられた。
「どうする? 全部受けるのは無理としても、事務所の顔も立ててやらないと」
5件のうち、2件は確かに魅力的だ。有名メーカーのCMとアニメの主題歌。他はちょっと変わったところで時代劇のテーマ音楽にアイドルグループのアルバム曲提供だ。
「そうだな。いつもなら全部受けるところだが、中途半端にはしたくないし、不本意だが選ばせてもらうか」
と、佐山。朝食を摂りながらのミーティング中、僕はオーディションの有無やらオファー要件を簡単に伝えた。
「すぐじゃなくていいぞ。来週のテレビ会議までで十分だよ。リスト、プリントアウトしておく……このオムレツ美味しいな」
今日の朝食は佐山の当番。あいつが作るバターたっぷりのオムレツは口の中に美味しさが溢れてくるんだ。僕の大好物の一つだよ。
「だろ? 俺の愛が詰まってるからな」
なんて、恥ずかしげもなく言葉にする。そういうとこだよ、おまえを愛しく感じるのは。
屈託のない笑顔を見せるあいつに、僕は少し頬を赤くして微笑んだ。
今日も佐山は撮影所のミキサー室でエンジニアさんと細かい修正をする地味な作業に没頭している。
僕はロバート監督のスタッフと今後の細かいところを打ち合わせだ。日本の仕事をする時間も必要だし、それ以上に遊ぶ時間が欲しいよ。
日本と言えば、澪たちが帰国してすぐ、母親から連絡があった。澪が世話になったことの礼と、自分たちも行きたいとのご要望。
親父が退職したら行けるから、それまでそこにいろと無理難題を言ってきた。とは言え想定内の話だ。
『親父の定年、来年だろ? 無理言うなよ』
『えー。だって長くいるって言ってたじゃない』
『ああ、でも映画の公開は早くても来年だから、また渡米すると思う。だからその時連れてってやるよ』
正直、実際そうなるのかはわからないが、母はめっちゃ喜んだ。こりゃ、渡米の予定がなくても連れてくしかないな。
とりあえず帰国したらまた実家に帰省することを約束させられた。
「ふううん、どれもみんないいオファーだな。こっちはコンペ有か」
帰宅してゆっくりする暇もなく、佐山は僕がプリントアウトしたオファーのリストを眺めている。
「どう? なにかビビッとくるのあったかな」
僕が食後の珈琲をテーブルの上に置き隣に座ると、さっと肩を抱いてきた。疲れてないのか、こいつは。
「そうだな……」
とか言いながら、僕を背中から抱きしめ、耳の後ろにキスをする。くすぐったい。
「こら、真面目に見てくれ」
「真面目に見てるさ。でも、ここに美味しそうなものが落ちてたら、拾って食べるのが俺の主義だ」
「落ちてないし……あんっ」
リストから手を放し、僕の首を無理やり後ろに向かせるとキスを浴びせてきた。そのまま当たり前のように、いつもの手順で僕を抱いた。
「オファーだけどさ。CMと時代劇を受けたい」
ソファーの上で息を整える暇もなく、佐山が僕に言った。
「え? どっちもコンペありだぞ? おまえがいいなら構わないけど」
CMはともかく、時代劇かあ……国営放送のだから、あんましお金よくないんだよな。その分ハクが付くと考えればいいってことかな。
「余裕があればアニメもやってみるよ。あの局の時代劇さ。倫のお父さんがよく見るって話してたから」
「佐山……おまえ」
年末に一緒に帰省した時、そんな話をしてたかもしれない。そんなこと、覚えていてくれたのか。僕だって忘れてたのに。
親父と僕は冷戦期間もあったけど、誠実な佐山のお陰で今は僕たちのことも受け入れてる。親父は佐山のファンでもあるんだ。
「そういうとこだよ……佐山……」
「ん? 惚れるだろ?」
間違いなく、惚れてるよ。汗を滲ませるあいつの裸体に抱きついた。
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