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第15話 バックハグ
しおりを挟む朝、鳥のさえずりで目が覚めた。いつもは道路を行きかう車の音やスマホのアラームで起きるのが常だから新鮮だ。そして遥かに聞こえる波の音。それだけで、ここに来てよかったと思える。
「おはようございます」
リビングに降りていくと、先輩が窓際の椅子に足を組んで座っていた。足元まで伸びている朝の陽を浴びて、一枚の絵のようだ。
「おお、見てみろよ。いい景色だろ?」
先輩に言われるまま窓際に足を運ぶと、その向こうには白波煌めく大海原が広がっていた。高台にあるこの家からは、海を見下ろす位置にあり、水平線までが一望できる。冬だからか、少し高めの波が勇壮だ。
「すごいですね……。この一画だけでも十分に価値がある」
僕は吸い込まれそうなその景色に見入っていた。毎朝この景色が見られたら、それだけで人生得した気分になるってものだ。ここに住んでた人はなんで引っ越しちゃったんだろう。
僕が窓近くまで寄って海を見ていると、背後に人の気配がした。人って先輩しかいないから彼なんだろうけど、どうしたのかな。窓に映る先輩の陰に僕は思わず振り返った。
「あ……あの……」
例えば、窓に映った表情が悪戯してやろーみたいな、ふざけたものなら、そのまま乗っても良かったんだ。小学生じゃないんだから、まさか〇ンチョーなんかしないだろうけど。
だけど、先輩は僕の肩のあたりに目を落として、なにかただならぬ気配だった。
「あ、ごめん……」
僕の怯えた? 雰囲気に先輩も驚いたのだろうか、瞬時に受け身がとれなかった猫のように戸惑った顔がよぎった。
「夕焼けも絶景だから、まずは朝飯に行こうぜ」
先輩は僕の肩をポンポンと二度叩く。
「はい。お腹すきました」
僕も普通に応対した。でも、頭の中では払拭できない疑問府が飛びまわってた。
――――まさか先輩、僕をバックハグしようとしてた?
先輩の後を歩きながら、僕はそう自問する。黒いお馴染みのコートを翻して歩く先輩。スリムなのに、体つきはがっしりしてて男の僕が見てても惚れ惚れするほどカッコいい。その隣には、佳乃さんみたいなクールビューティな女性がお似合いだよな。
――――そんなはずないか。昨夜のキスだってふざけてただけだ。変に意識し過ぎなんだよ、僕の方が。
彼女とするよりときめいていた。いや、それはただ突然のことに驚いただけだ。それをときめきと勘違いした。菜々美ちゃんとするときは、失敗しないようにって言うチキンな僕の自己防衛装置が働くからときめけないんだ。
僕は星空が降る風呂場の中でそう結論づけた。だから、もしこれが面白がってちょっかい出してるなら、もう勘弁して欲しい。
連れて行ってもらったカフェは鎌倉レトロなカフェだった。ツタが絡まるレンガの壁がなんとも趣がある。店に入ると薪ストーブが鎮座してるのが目に入った。
フロアは思った以上に広々としている。テーブルや椅子は木製で、腰を下ろすと不思議に落ち着いた。
窓からはここでも海が見え、贅沢な朝食時間が約束される。先輩がおすすめするわけだ。僕らはそこでパンケーキと珈琲を美味しくいただいた。
とりとめのない話をした後、二人で街並みを散策した。朝早くから開いていた雑貨屋があるのを見つけ、何軒か覗いてみた。菜々美ちゃんへのお土産にどうかと思ったからだ。
「これなんか、どうだ? 可愛い」
先輩もいくつか見繕ってくれて、無事購入できた。なんだ、やっぱり僕の思い過ごしだったんだよ。菜々美ちゃんへのお土産を買うのも、普通に付き合ってくれたし、ホントに自意識過剰だよなあ。
だけど、そんなふうに安心する途端、物足りなく感じる自分を発見する。ゼロからレッドゾーンへとふり幅いっぱいに行ったり来たり忙しい。先輩とはこれからまだ丸一日二人きりの時間が続くのに。
――――僕の感情、もつかな。
先輩の次なる行動に不安と期待を同居させる僕だった。
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