キスから始める恋の話

紫紺

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番外編 ~キスから始めて見た~

第1話 キスしてみた。

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【番外編! 先輩目線でお送りします!】




「仕方ないな。俺が教えてやるよ」

 俺にそんなテクがあるわけがない。だけど、俺は五年分の思いをこの時にかけた。ハチの緩んだネクタイごと胸ぐらを掴み、強引にキスをした。



 俺がハチと出会ったのは大学四年生の春だった。院に進むことが決まっていた俺は、与えられたテーマの研究に没頭しながらも充実した学生生活を送っていた。だけど……。

「フットサルのサークル募集を見て来ました」

 サークルのたまり場である某ゼミ室に、ハチこと八城瑛人が一人でやってきた。あの気だるい春の午後のこと、俺は絶対に忘れないだろう。
 柔らかい天然パーマの下には黒目がちな大きな瞳がウルウルしていた。小さな顔にプリンとした唇が愛らしく、スリムな背格好がまるで少女漫画から飛び出してきた王子様のようだった。

「おお、入部歓迎だぞっ」

 その時のリーダー、俺のタメが熱烈歓迎をする傍らで、俺は頭の中で打ち鳴っている鐘の音を聴いていた。

 充実はしていたけれど、物足りなさは感じていた。身長が高いせいか、女子からは高校時代からしょっちゅう告られていた。
 友達に煽られるままに付き合ってみたものの、一度も心を動かされることなく短命に終わってしまう。そのうち、俺は自分の嗜好に気付く。

 ――――可愛い。どことなくワンコのような天然パーマがツボだ。

 ハチを見てすぐ、俺の心はときめいた。でも、性格や相性もあるからな。一旦落ち着こう。
 そう思ってみたものの、サークル活動を通して知るあいつはすごくいい奴で、気も効く。何より俺に懐いてくれた(まるで犬扱い)。

 俺はそれとなくあいつの傍にいるようにし、写真を撮るときも必ず近くにいた。スキンシップも大事だと、頭を撫ぜたり、肩に手をやったりしてみた(やはり犬扱い)。
 だが、俺の気持ちに気付くことなど全くなく、ハチは合コンにいそいそと出掛け、そこで告られては付き合い、そしてフラれていた。


 出会ってから三年目。俺は某企業に就職し、新入社員研修に勤しんでいた。ある日、携帯にハチから電話が入った。

『先輩すみません。出先で倒れてしまって……もし出来たら迎えてに来てもらえませんか?』

 正直、新人研修を抜け出すなんて正気の沙汰ではなかった。だが、放っておけない。俺は上司に親が急病で倒れたとベタな嘘を吐き、病院へ駆けつけた。
 ハチは真っ青な顔をしてベッドに横たわっていた。真夏の街を窮屈なリクルートスーツで歩き、熱中症になったとのことだ。緊張と失望の毎日でストレスは相当なものだったのだろう。

『ありがとうございます』

 ベッドの上でめそめそと泣き出すハチ。俺は抱きしめてやりたいのを寸でのところで耐えた。
 一人にさせておけない。俺は予てから考えていた計画を実行した。
 まず、就活で苦戦していたハチに俺が目を付けていた研究所を勧めた。これは俺じゃないとわからない、ハチの得意分野を考えてのことだ。ハチは素直に応じ、見事内定を勝ち取った。

 そして、次は住居。俺のアパートに空き室があるのことを教えると、ハチは喜んで引っ越してきてくれたよ。料理が趣味な俺はあいつの胃袋をしっかり掴んでいたようだ。
 本音を言うと、俺のところで一緒に住みたかったのだが、それはぐっと我慢した。同棲なんかしたら、絶対ハチを襲ってしまう。それだけは避けたかったんだ。


 けれどハチと出会ってからもう五年。俺達の関係は相変わらず先輩後輩でしかない。ハチは今も女の子を追いかけている。いや、男なら当たり前だ。
 社会人になっても飲み会やらアプリやらで出会いを求め、付き合ってはフラれていた。俺から見れば、なんでフラれるのかはよくわからない。優しすぎるのがいけないのかな。

 そして運命の夜。玄関のロビーで出会ったあいつは二重の大きな瞳に涙を溜めていた。性懲りもなく、またフラれたのだ。
 俺はその日もハチを夕飯に誘う。餌付けされてるハチはもちろん断ることなくやってきた。あいつが俺の料理を食べて笑顔になるのが幸せすぎる。

『キスが下手って言われたんです』

 その笑顔が曇り、しょんぼりと項垂れるハチ。俺の心がきゅんと鳴った。酔いも手伝った俺は、大胆な行動に出てしまう。あいつの緩められたネクタイに手をかけた。

『仕方ないな。教えてやるよ』

 教えるほどのテクが俺にあったかどうかはわからない。でも、こういうのは気合と勢いで大抵どうにかなる。俺は五年分の思いを込めてあいつの唇に食らいついた。

『んんっ!』

 ハチを両手でロックして、あいつの唇に思いのたけをぶつけてやった。

 ぽかんとして俺を見つめるハチ。我に返ると『ごちそうさまでした』とか言って逃げ帰って行った。何がご馳走様なんだろう。

 キスから始めたこの恋。これから先が楽しみになってきた。




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