彼女に思いを伝えるまで

猫茶漬け

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高校1年目

暗雲(2)

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 それから四日後、斑目さんとの練習は続いたが振付を覚えて踊るところが精一杯で、音楽に合わせて踊るなんてほど遠い感じでこの調子だと、動画の投稿までに間に合うかどうかと言うところだった。
 その日の昼休み、生徒会室で昨日の躍っている様子を斑目さんがスマホで撮影していて、それを見ながらどこか悪いのかを二人で確認しているところだったが、その日はなんか斑目さんの様子がいつもと違っていた。
 理由がわからないが言葉の使い方が違うと言うか、昨日までの色々とリズムに合っていないとか振付があってないとか言っていたが、今日はそんなことを言う事なかった。
 スマホで流している動画の中の彼女と今目の前で話をしている彼女の声のトーンや言葉遣いがなんか違っているのだ。
 明らかに目の前で話している斑目さんの声が柔らかいと思うと、昨日より雰囲気が柔らかく感じてしまうのは錯覚なのではと思ってしまっていた。
 しかし、それが確信に変わったのが放課後の練習の時だった。
 俺がダンスの曲の終盤に息が上がって動きに切れが無くなってくると急に彼女が「ガンバレ!ガンバレ!」と応援し始めた。
 驚きながらも踊りきったが、急に何が起こったのか理解が追い付かなかった。
 昨日も同じように終盤で息が上がった時は、結構酷いことを言っていたと思うが受け流していた俺は何て言われたか覚えていなかった。
 どういう心境の変化なのか、何かあったのは間違いないが悪い方ではなく良い方に変化しているので、この事を本人に聞けないでいた。
 その理由が次の日にすぐにわかった。
 いつも通り、放課後にカラーリングアーツ科棟の裏で練習をしていると斑目さんのスマホが鳴り始めて、何か呼び出しがあったようで躍っている俺にその旨を伝えると荷物を置いたまま何処かに行ってしまった。
 俺も休憩の為に、少し振付を見直しをする為に彼女のカバンからノートを取り出すした時に、その振付ノートの下にあったスケッチブックがあった。
 前に斑目さんがボーリングの時に見せてくれたのを思い出し、ちょっと中身を見たくなってページを捲ってみた。
 そのスケッチブックには、見開き右側には似顔絵、左側に斑目さんが思った印象が書いてあった。
 左側の紹介分の名前がどっか聞いたことあるような名前だったのを考えると、恐らく身の回りの実在する人物を描いてるのだとすぐにわかった。
 もしかしたら、俺もこのスケッチブックのどっかに描かれているじゃないかと思うと、好奇心からページをめくって探し始めた。
 数ページ捲ると俺の名前を見つけることが出来たが、紹介分が他の人より異常に多かった。
 事細かに書かれた紹介分には、はじめの内は“阿部の腰巾着”や”告白してきた勘違い男”とか書かれていて自身の事ながら笑ってしまったが、後半に“彼の恩師にあった”と言うところから、内容が一変していた。
 恩師と言えば、すぐに浮かんだのは俺の武術の先生だった。
 俺はもう先生の名前を呼べるような立場ではないと思うところもあり、それは暴力事件で少なくとも、先生の顔に泥を塗ったのは間違いないからだ。
 先生は気にもしていないが、俺の中で個人的に自身が許せない部分だった。
 斑目さんは間違いなく、先生と会って俺の事を聞いていたのだろう。
 恐らく、彼女が綴っている言葉は先生から聞いた俺が断片的に書かれていた。
 “彼が武道を始めた切っ掛けは、5歳頃にヒーローのように強くカッコ良くなれば友達が出来ると思ったから”
 そんなことをこれを読まなければ思い出しもしなかった。
 “彼は平日ほぼ毎日、道場に通っていて太陽が沈むまで修練を積んていた”
 確かに、小中学生の時はほぼ毎日、道場にいたがあの頃が一番楽しかった。
 “彼が家族に言われて道着を返しに来た”
 俺はこれが最善の方法だと思った、それは今も変わっていない。
 何故か最後の行だけ、読めないのは文字が滲んでいたからだった。
 俺はそっとスケッチブックを閉じてカバンに戻した。
 胸が熱く熱い何かが溢れそうになるのを誤魔化すように、音楽を流して一心不乱に踊り始めていた。
 ただ、嬉しかった、俺の事を知って同情している人がいることに、そんな人が困っているとしたら、俺は全力で助けたいと思ったから今できる事を全力でやる事にした。
 翌日は土曜日なので午前中はアルバイトだったが終わった後は、動きやすい服装に着替えると河川敷の端下に行くと、イヤホンをしてダンスの練習をしていた。
 初めからそんなに必死に練習する気はなかったが、昨日の事で背中を押されるように何となく練習したくなった。
 夕陽が沈み、周りが暗くなり、ほのかに外灯が明かりが周囲が照らす中、無心で何度か休憩をしながら練習をしていた。
 スマホの二十二時を表示した頃には、疲れが限界に達成してその場で土手の坂に寝っ転がっていた。
 頭に昔のことが過ってきたのは、俺が武道をやっていた頃は毎日こんな感じで、あの時は毎日が何か満ち足りていた。
 今では遠く過ぎてしまったようだったが、俺はいつか全くとは言えないが等しいぐらいの日常に戻れるような、そんな幻視を見ていた。
 俺はその場から立ち上がると、日曜日にアルバイトの後のスゲジュールを考えながら、日曜日に練習時間をどれだけ取れるか考えながら家に帰った。
 土曜日と日曜日にダンスの猛練習の報いが筋肉痛と言う形で表れて、体を動かす度に電流が走ったような痛みが出て、特に腰から膝が生まれたての小鹿のようにプルプル震えた。
 武道をやっていた頃はこんなことは無かったが、運動不足である事を事実を体の痛みと言う形で突きつけられていた。
 そんな中、放課後に生徒会室で着ぐるみに着替えて、いつもの場所に向かい、斑目さんの目の前で練習の成果を見せることになった。
 ぬいぐるみを被っていたので斑目さんには見えていないが、全身の痛みに顔を歪めながら耐え、一通り踊り終えると初めて斑目さんが拍手をしていた。
 体が限界だったので校舎の壁に寄りかかる様に座ると彼女から話しかけていた。

 「そんなに運動神経が良いのに、どうして運動系の部活に入らないの?」

 俺は被り物を脱いで彼女の顔を見ると何とも言えない悲しいと言うか、 優しいと言うか、何とも言えない顔でまるで俺がどう答えるのかわかった。

 「もし、悪い奴がいて、誰がそいつと練習をしたいと思う?悪いことした奴が受け入れられる事は稀なんだよ。」

 俺は素直に自分が思っていることを言うと、彼女は納得したようだった。
 俺だって好きでこんな思いを抱くのは本意ではなかった。
 仕方なしにだったにしろ、結果的には過剰な正当防衛で少年院に行くことになりそうなところを、両親や親戚のおかげで示談金を払って貰って普通に生活が送ることが出来た。
 両親から親戚まで、迷惑を掛けながら、自分は人並みに幸せになれる訳がなかった。
 両親は示談金の支払いで身も心を擦り減らしているのは間違いないし、俺は馬鹿だから両親の気持ちに気がつくのが遅れ、家族の関係に大きな溝が出来てしまっていた。
 俺が出来る事はこの溝を埋める事、その為には、根本である借金返済が早くなるようにお金を稼ぐことだった。
 だから、俺には人並みの幸せな日常を望めるのは、借金が無くなり、家族の関係が元には戻らないかもしれないけど、今よりずっとマシになるまでは無理だと思っているし、それが正しいとも思っていた。
 しばらくの沈黙に息苦しくなった俺は、黙って音楽を流し始めると、着ぐるみの頭を被って踊り始めていた。
 嫌な事は逃げないし、こちらを暗がりからずっと見ていて、急に肩を叩いては存在を思い出させてくる。
 そんな事を忘れて解放される逃げ場は、全てを忘れて一心不乱で踊っている時か、山城さんと一緒にいる時ぐらいだった。
 斑目さんからは俺はどう見えるだろうか、可哀そうな奴とでも思ったかも知れないが、そんなでも、そんな小さな同情が俺には心に染みて痛いぐらいだった。
 ダンスの方も見せられる程度まで仕上がってきたし、数日後には動画を撮って、斑目さんとは接点が無くなると思っていた。
 俺は彼女と違って日陰の住人で、斑目さんのように日の当たる世界の住人ではない、昼と夜は同時に訪れることは無いし、交わることもないからだ。
 数日後、動画の撮影が終わった後、斑目さんと着ぐるみとを着た状態で生徒会室に向かう途中で、阿部と宇宙服を着た人がこちらに向かってくるのが見えた。
 阿部はいつもの調子でとは違った、笑い方をして声をかけてきた。

 「どう、最近?」

 俺が答える前に斑目さんが突っかかるように阿部に答えた。

 「あんたも、こんなところで油売ってないで、少しは仕事をしたらどうなの?」

 そんな感じで二人が言い合っている間、俺は隣にいた宇宙服の人物を眺めていた。
 ヘルメットのガラス面にスモークフィルムが貼ってあるのか、顔は確認が出来ない、しかし、俺はこの宇宙服を見たことがあった。
 それはこの前、山城さんと宇宙銀河大戦のミュージアムに行った時に展示してあった、エピソード3の主人公である『大空 歩』がラストで宇宙に漂流した際に着ていたものと同じだった。
 肩に銀河帝国の国旗がペイントされていて、胸部のスイッチを強く叩くとヘルメットのフェイスが開く仕掛けになっていると山城さんが熱く語っていた事を思い出していた。
 阿部のような火星から来た異星人のような男が、宇宙飛行士を連れているのは、これはこれで絵面としては完成していると思えた。
 何気なく、ヘルメットのフェイスが開くのではと思い、胸部のスイッチを押してみたがフェイスが開くことは無かった。
 この宇宙服を着ている人は映画で設定を知っている様で、フェイスを開かない様に抑えるような両手でフェイス部分を抑えていた。
 内部構造までの再現は出来なくとも、見た目は完全再現がされていて、使い古されたような汚れや切れこすれもしっかりと再現されていた。

 「登藤、行くわよ。」

 いつの間に阿部との言い合いが終わっていたようで、斑目さんは独りで先に歩き始めていた。
 俺は阿部に小声で写真を撮る様にお願いすると、横に並んで写真を撮ってもらい、データを送る様に言うと小走りで斑目さんの後を追いかけた。
 その日の夕方、俺は久しぶりに阿部にいつものラーメン屋に来るように呼ばれた。
 ラーメン屋に中に入ると阿部は先にラーメンをズルズルと啜って、俺はとりあえず、阿部の前に座ると注文を済ました。

 「お疲れ様、今週はお互い忙しかったですが、文化祭が終わるまで辛抱ってところですね。今回は悪い話があって呼び出しました。」

 俺は少し身構えるような緊張した面持ちで、阿部が何を言い出すのか黙って待っているのに、阿部は唇をベロベロと舐めながらなかなか話を切り出さないでいた。

 「もったいぶらないで、早く話せよ。」

 俺がそう言うと阿部はあの気味が悪い笑い方をしながら、話を切り出し始めた。

 「斑目さんが登藤に関わるなと、警告を受けたんですよ。」

 阿部はスープをレンゲで掬って啜るのだが、その表情はどこか険しいところがあり、俺はこれまで阿部と幾度もなく顔を合わせているが、初めて阿部が見せた表情に驚かされていた。

 「まあ、小さなことです。私は登藤に直接連絡は取る事は出来ません。しかし、これは口裏を合わせればいいだけで、登藤から私を頼るのは致し方ないので、しょうがなく登藤の御願いを聞いた事にすれば言い訳にはなりますよ。斑目さんと私だけの話ですし、登藤はその事を知らなかったと言えば良いのですよ。問題は彼女に私達の急所が握られていることです。」

 俺は急に背中から寒気を感じ、手から汗をかき始めていた。
 阿部の言葉から斑目さんはこれまでやっていた違法と合法のボーダーラインを責めるような事を知っているのだろう。
 確かに斑目さんなら阿部と俺の身辺を調べているのは間違いない、俺の通っていた道場に話を聞く為に足を運んだことは、カバンに入っていたスケッチブックでわかった。
 しかし、彼女が脅すような事をするとは思えないが、阿部から俺を引き離したいと言う事なのだろうがどうしてなのか理由がわからなかった。
 
 「登藤、斑目さんに私達の秘密に関わる話題は極力避けて下さい。これ以上、色々知られると不味いですからね、それと前に斑目さんを変な輩に絡まれたことについても話しておいて下さい。」

 阿部が指示してきた内容については、俺もある程度どうしてなのか察しがついた。
 まず、阿部が俺にやらせている限りなく黒に近いグレーな仕事については、これ以上情報を流さないためにも会話に最新の注意が必要だと言う事、斑目さんが変な輩に絡まれた時に助けた事を話す事で、少しでも相手に印象を良くする為の苦肉の策だろう。

 「今後はラーメン屋で合うのもやめましょう。私の家に来るようにしてください。仕事の件はそっちでやりましょう。私はここのラーメンの味は気にっていましたが致し方ないですね。」

 阿部は胡散臭いのはいつものことだが、約束を破る事はこれまで一度もなかったことや色々と良い思いをさせて貰った事もあり、胡散臭いと思いつつも俺は阿部を信用しているところがあった。
 とは言え、阿部の言う事を全て鵜呑みにするのも、それはそれで俺はあまり納得出来ない部分があった。
 斑目さんが人の弱みを握って脅すようなことをするだろうかと言う疑問が浮かんでいて、俺が知っている斑目さんはそんな人ではないと思っているところがあった。
 阿部が嘘をついているのかと言うと、嘘をつく理由が思い当たる部分がなかった。
 斑目さんは俺に阿部とは関係を断った方が良いと言ってきたこともあったので、阿部がそう言ってきたことも嘘とは思えなかった。
 しかし、阿部との関係を断ってこれから誠実に生きたとして、俺がこれまでやってきたことが消える訳ではなかった。
 もし、阿部がその気になれば、これまでやっていた事を全て公にして、俺と一緒に社会的に終わってしまうのは間違いなかった。
 阿部がそんなことをするはずがないと言い切れないのは、阿部の抜け目のない性格から最後の手段として、切り札を絶対に用意しているはずだとおもったからだ。
 そして、阿部が躊躇なく交渉のカードとして切り出す事も俺は何となくわかっていた。
 それを考えると阿部の指示に従うしかないのだとわかっていたが、何とも言えない煙のような不信感が俺を止めていた。
 そんな思いを抱えたまま阿部と別れた後、そのことについては寝る寸前まで色々と考えていたが、結局、阿部に指示された通りに事を進めることにした。
 それは、その場しのぎかも知れないが、俺が考えても良い方法が思いつく事が無かったので、斑目さんにどのような対応していけば良いのかと考えるには彼女をもっと知る必要があると思ったからだ。
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