彼女に思いを伝えるまで

猫茶漬け

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高校1年目

暗雲(5)

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スマホで時刻を確認すると約束の時間が迫ってくると何とも言えない憂鬱な陰りを感じるのは、恐らく、罪悪感からなのだろう。
 とは言え、会って早々に沈んだ気持ちで会うことなんてことは鉄の掟で許されないのは、阿部が俺の感情が表情に出やすいと言う指摘を言われたからだ。
 言われてみれば、前に斑目さんや阿部が景気の悪い顔をしているなんて言われた記憶がおぼろげながらあった。
 その辺のガラスに反射する自身の顔を見ながら、そんなに気が滅入る顔しているとは思えないが、少し笑顔を作って見ながら表情筋をどう動かせば自然に笑顔になるか口角や頬等を色々と動かして試していた。
 そんなことをしていると急に背後で俺を呼ぶ声がした。

 「何してんの?」

 俺は肩がビクッと痙攣させるほど、驚き振り向くとそこには斑目さんがたっていた。
 あまり見られたくない状況で声を掛けられたのは恥ずかしいが、それよりも俺の感情が表情に出てないか気になって仕方なかった。

 「・・・別に何でもない、ちょっと身なりが変じゃないか確認してた。」

 そう言った後でもう少し良い言い方があったんじゃないかと思うと同時に、この後の全ての話し方や行動に気を払わないと思うと、正直、気が滅入ってしまいそうだった。
 斑目さんから逃げる訳にも行かないので、自身の思う最善を尽くすことに専念することにした。
 この後、俺は斑目さんと居る間は少しも気が抜けなかった。
 彼女の変化に対応する必要があり、身長差から出てくる歩く速度から始まり、エレベータのボタンは先に聞いてから押し、喉が渇いた様子を察して飲み物を買いに行き、その間の不定期に発生する会話には丁寧に答え、その度に良し悪しが気になって気が休まる事は無かった。
 彼女は確かに美人で可愛いのは俺でも良く理解している、他の男だったら泣いて喜ぶところかもしれないが、俺は彼女にそれ以上の感情が無いので、初めてバイトに出勤して作業をしているような緊張感があった。
 それは例えるなら彼女はお客で俺は店員の関係で、顔色を伺いながらお客様を楽しませるサービスを提供する仕事のようだ。
 斑目さんと映画館のシートに座ったところでやっと俺は気を抜けた。
 これから一時間弱は座って映画を見ているだけで良いのもあるが、俺の頑張りが実ったようで隣で彼女はご機嫌な感じで、スクリーンを見ながら上映を待つその横顔は自然と笑みが零れていた。
 上映のブザー音を聞き、俺もスクリーンの方を向き、シートに体を預けるように座り、スクリーンに流れる映像を見ながら、俺の頭では阿部が言っていた例の件についてどう伝えるか考え始めた。
 阿部が斑目さんを助ける為に俺に手引きをしていた事を話したとして信じてくれないだろう。
 もっと言えば、阿部以外に誰が斑目さんにチンピラを差し向けて襲うように裏で糸を引いていたのか、この謎がわからないと斑目さんは納得しないだろう。
 話の方向を変えて、斑目さんの身の危険についてをする方向で話をすべきだろうか、斑目さんに危害を加えそうな人物を俺は知っていて、それが彼女の友達の大島さんだと言われたら信じるだろうか。
 証拠は示すことが出来るだろうが、それをすると大島さんが握っている秘密が公にさらされることになって、場合によっては犯罪として立件されて阿部と俺は社会的に破滅を迎えるだろう。
 何度も思考をこねくり回しても、納得出来る話の筋書きが浮かんでこなかったが、少し意識を目の前のスクリーンに向けた時に、流れている映画から急に一つの筋書きが思いつくと、何度もこねくり回した思考が急に腹の底にストンと音立てて落ちて、まるで不満と言う穴を綺麗に収まったと言う感じだった。
 斑目さんが大島さんの潔白を証明する方向で話を持っていけば良い、大島さんが無関係ではないと言う疑いを俺が斑目さんに提示すれば、彼女はそれに対して何かしら動くだろう。
 その後、この話を切り出すタイミングを伺いながら、映画館を出て、駅の近くのカフェで先ほど見た映画についての感想を話をしていた。
 俺は話を合わせながら会話の切れ目を待っていた。
 それは斑目さんが言いたいことを言い終わって、彼女が静かにその余韻を浸る瞬間、俺と斑目さんの包む和やかな雰囲気の停滞を静かに慎重に待っていた。
 そして、待ちに待ったタイミングが俺に回ってきていた。
 数十秒の沈黙、本来ならここで次は何処に行くのかと、話を切り出すようなタイミングで俺は話を切り出した。

 「実は凄く大切な話があるんだ。その友達として・・・。」

 そう言うと、さっきまで穏やかな感じの斑目さんの表情が少し硬くなったような気がした。
 例えるなら、身構えて筋肉が強張るようなそんな感じで、彼女は何も言わなかったのだが、俺は声を小さくして彼女にギリギリ聞こえるような声で話を続けた。

 「この前、斑目さんが変な奴に絡まれたのは、誰かに仕組まれて、俺は阿部に言われて、斑目さんを助けるように指示を受けたんだ。」

 彼女は大きく目を見開いて、こちらを見つめていた、驚くのは当然だったが、俺は更に話を続けた。

「俺はその、正直、大島さんが怪しいと思っている。その理由もちゃんとあるんだ。」

 俺が考えた筋書きになるように言葉を選びながら彼女に俺は大島さんが怪しいと思っていないと、思わせるように丁寧に理由を話した。
 まず、斑目さんが変な奴に絡まれた日、待ち合わせ時間と場所がわかっている人は俺と阿部と斑目さんと大島さんの四人だが、元々、斑目さんと大島さんの二人だけの約束で日時と場所を決めていた場合、その情報を漏らしたのは大島さんではないかと言うものだ。
 そして、阿部が裏で糸を引いていた場合、俺を助けに向かわせる理由が不可解な事や阿部が誰から情報を手に入れたのかと言う話を考えると、大島さんを疑うべきなのだと、斑目さんに説明をした。
 しかし、この話は考察の域でしかないのは、俺も十分わかっていた。
 斑目さんの表情からは言葉に出さなくても、俺が説明した内容はとてもじゃないが信じられないと言う感じが漂っていて、彼女の視線は不快と侮蔑に近いものを感じた。
 それが当然である事も俺は良くわかっていた。
 だから、俺は斑目さん共に大島さんを調べることにして、斑目さんの注意を半ば強引に誘導することにした。
 大島さんが裏で糸と引いていたと言う証拠はないが、それが何処にありそうか見当はついていた。

 「大島さんのスマホに、もしかしたら連絡のやり取りの記録が残っているかもしれない。何も無かったら彼女の潔白は証明されると思うんだ。」

 そこまで言うと彼女はあまり納得はしていない様子で、少し大きく吸うと溜息をついていた。
 俺もこんな話はしたくなかったし、阿部の言う事を無視しても良いと思っていたが、阿部のことだから何か意味があって俺にやらせているのだろうと信じるしかなかった。
 重苦しい雰囲気の中、数秒の沈黙の後、彼女が嫌々ながらも口を開いた。

 「別に何もないと思うけど、そこまで言うならしょうがないわね。」

 この後の重々しい雰囲気は、彼女と別れるまで尾を引いていた。
 俺は斑目さんと駅の改札前まで来たところで彼女と別れた。

 「じゃあ、またね。」

 そう言って、手を振る彼女に手を振り返し、彼女の姿が見えなくなるのを待っていた。
 彼女が駅のホーム階段を下りたところで姿が視界から消え、俺は大きなため息を突いていた。
 それは今日の疲れもあるが、これからの斑目さんに色々な仕掛けをしなくてはならないと言う事もあった。
 人に何かさせる時は、理由と方法を明確にすると行動を起こしやすくなることは、俺が阿部に良いように使われてきたことが良い例だった。
 それに斑目さんと大島さんの仲を考えれば、斑目さんが大島さんのスマホを操作して、連絡のやり取りを確認することは難しい事ではないと、斑目さんもそう思うところだろう。
 この後は彼女がそうであろうとなかろうと、俺が斑目さんの背中を押して確認させるように仕向ければ良いのだ。
 家に帰って今後の事を考えようと、家に向かって歩き出したタイミングで突然、肩を叩かれた。
 驚きながら振り向くと、そこにいたのは武田先生だった。

 「やっぱり、登藤君か、背格好がどっかで見たことあると思ったら。」

 俺は驚きながらも会釈をすると、武田先生も笑顔で返していた。
 武田先生に斑目さんと別れたところを見られたんじゃないかと思うと、何か面倒なことになりそうな予感がして、それは不安に近い胸の騒めきだった。
 その予感は見事に的中していた。
 
 「さっき、一緒にいたのは斑目さんかい?登藤君と斑目さんは何と言うか、そう言う関係なのかい?」

 俺は頭を悩ませていたのは、この時の答え方で色々なところに波及する恐れがあった。
 斑目さんや山城さんや大島さんにどう伝わるのか、どんな影響が出るのか想像がつかないと思うと、ここで安易に答えられるのは避けたかった。
 苦し紛れかも知れないが、とりあえず、この場は話を逸らすことにした。

 「先生はどうしてこんなところに?」

 その瞬間だったが、俺の見間違いとも思える一瞬だったが、顔が表情が強張ったような気がした。
 そんなことが気にする暇もなく先生は素早く俺の横に体を移動して、腕を首に回して肩を掴んでいた。

 「まあ、そんな身構えなくて良いじゃないか。君達の邪魔をしたいわけじゃない、良いアドバイスが出来ると思うんだ。まあ、連絡先を交換しようじゃないか。」

 まるで、同級の友人に絡むような馴れ馴れしい態度は好きになれなかったが、アルバイトの許可を出して貰った恩があると思うと断る事が出来なかった。
 とりあえず、スマホを開いて武田先生と連絡先を交換すると、どうやら先生は満足していないようで、俺を簡単には開放して家に帰らせる気はないようだ。

 「登藤君、私は空腹でね、どこかで晩飯を済ませたいと思っていたんだ。それに独り飯は寂しいから良かったら付き合って欲しい。もちろん、私の奢りだ。」

 武田先生は俺が断り難い事をわかっているようで、嫌々ながら断わる事が出来ず、強引に連れて行かれることになった。
 先生と会った場所から五分も歩くことなく、近くのレストランに入ると、先生と向かい合う形で席に着いた。
 店員からメニューを受け取ると、俺はさっきから気になっていた先生の態度について、先生の気に障らない様に尋ねてみた。

 「先生って、学校以外ではなんて言うか、俺みたいな年下にもフレンドリーな感じですね。少し意外でした。」

 そう言うと先生は、メニューを開きながら視線だけこちらに向けると少し間をおいて答えた。
 
 「いつも堅苦しいのは仕事柄しょうがない、オフの時ぐらいは気を抜きたい。ああ、それと遠慮しないで好きなものを頼んで良いぞ。」

 そう言われてもどこか心の内で遠慮して、メニューの書かれた値段を見ながら、メニューをめくりながら視線を泳がせていた。
 そんな俺を見ていないか、気にも留めていないのか、先生は店員を呼び止めると自身の注文を始めていた。
 焦った俺は、値段が安価なものを避けつつも、高価なものを避けつつ、中間をぐらいのものをすかさず注文していた。
 店員がテーブルから離れた途端、先生は先ほどから気になっていた俺と斑目さんの事について尋ねたきた。

 「もしかして、今日は斑目さんとデートだったのかい?」

 俺は頭ではどう言うべきかと少し悩んでいた。
 その間は先生は黙って俺がなんて答えるのかをテーブルに置かれたグラスの水を飲みながら気長に待っている様だった。
 
 「その、俺にもわからないです。」

 そう言うと先生は何と言うか、神妙な顔で俺を顔を見ていた。

 「斑目さんとその、二人きりで遊びに行くのは、初めてで、それに今回の件は生徒会の手伝いをしてくれたお礼と言う事で、映画を見に行っただけですから、俺は彼女にそんな気持ちが好意があったとは思ってないですよ。」

 当たり障りにないような言い方で、斑目さんと映画に行った経緯と俺の認識について答えたつもりだったが、先生はもっと具体的に俺の本心を聞いてきた。
 
 「私が聞きたいのは君が彼女を好きなのかどうかなんだ。YESかNOで答えて欲しい。」

 俺が最も答えたくないところを先生は遠慮なく土足で踏み込んできた。
 確かに先生は恩があり、こうして食事を奢ってもらっているが、面倒なことに首を突っ込まれ、心の内の苛立ちを沸々と湧き上がり、膝に置いた握りこぶしに無意識に力がはいっていた。
 そんな気持ちを抑えて、俺はこれまでの事を踏まえて答えた。

 「俺は斑目さんを好意的には思っています。でも、斑目さんにはそんな気持ちはないと・・・。」

 そう言うと先生は急に笑い始めた。
 俺は驚きながら先生がなんで急に笑い出したのか意味がわからず唖然としていると、先生は息を整えながらゆっくりと理由を言った。
 
 「悪い悪い、その別に馬鹿にしている訳じゃない。青春って感じで先生は微笑ましくなってしまってだな。」
 
 俺は好意的に思っていると言うところの嘘に気がついたのかと冷や冷やしていたが、どうやら勘違いだったようで胸を撫でおろした。

 「登藤君がその好きだって気持ちがあるのに何で、その、アレだ、彼女にアタックしていかないんだい。男だったら何て言うか、リードすべき感じじゃないのか。」

 この先生は俺の嫌なところを土足で踏んでくるのか、それも俺がどういう経緯でアルバイトの許可を貰っているかわかっているのに、こんなことを聞いてくると思うと、更に握りこぶしに力が入っていた。
 俺が過剰正当防衛で両親や親戚にその慰謝料を払って貰っている立場で、そんな奴が学校に通って彼女を作って楽しくやっているのを見たらどう思うか、普通に考えて怒るし、許せないだろう。
 それに俺もそんな無神経な奴にはなりたいとは思わないし、そもそも、学校に通わせて貰っていることを感謝していて、それ以上は望んではいけないと思っていた。
 だから、俺はお金を必要でこの状況から抜け出す方法は、全ての負債を払うしかないし、アルバイトも阿部のグレーな仕事もやっているのだ。
 俺がアルバイトをしたい理由は理解しているなら、少し考えればわかる事を察する事が出来ない先生に、俺は無性に苛立ちを感じていた。
 しかし、そんな気持ちも握りつぶし、丁寧に先生にそれとなく理由を伝えることにした。

 「その、俺は過去にやらかしているじゃないですか。両親や親戚に後ろめたい気持ちがあって、その、俺が浮かれていたら、あまり良い気分じゃないと思うんですよ。」

 先生は俺の言葉を聞くと顎に手を当てて、目を細めて俺から視線を外して何か考えていた。
 それは数秒の出来事なのだが、先生から返ってきた言葉はしっかり重みと言うか深みがあった。

 「そう思う気持ちはわからなくもない、だが、そんな息苦しい考えだと登藤君がいつになったら許されるのかわからないじゃないか。例えば、お金の件が解決したとしても君がしたことは消えたわけじゃない。いつまでもそうしても君の為にはならないと思うんだ。」

 そこまで言うと先生はコップの水を口に運び、喉を潤すとすぐに言葉を続けた。

 「私は割り切って考えれば良いんじゃないか、過去の事と今の事、全て関係があって繋がっていると考えているから辛いんじゃないかな。過去の失敗は今の君とはの関係ない、君は過去のことに対して、ちゃんと働いて僅かかもしれないがやるべき事をしている。だから、君が青春を謳歌してもバチは当たらないだろう。」

 先生の言葉は確かに俺に救いになるような言葉だったが、なんでこんなにも心が動かないと言うか、それどころか淀みに近い泥水を触ったような不快感があった。
 その不快感がどこから来るのか俺はわからなかった。
 先生が俺の事を思って言ったことに対して、素直に受け入れられない事もあったが、どのような言葉を返せば良いのか言葉が浮かばなかった。
 そんな俺を見ながら先生は苦笑いをしながらフォローを入れてくれた。

 「私は君に説教したいわけじゃない。本題は君と斑目さんのことについてだ。」

 この後も先生は俺と斑目さんの関係について、しつこく探ってきて鬱陶しいと思いつつも、先生の距離感がやたらと近い感じの話し方に慣れたきて、食事を楽しんでいた。

 先生とレストラン前で別れて、駅の改札のところでズボンの後ろポケットに手を入れたところで違和感を感じ、すぐに他のポケットに手を入れて確認、急な不安に襲われながらスマホがないことに気がついた。
 先生と別れて数分しか経っていないことを考えると、俺がスマホを最後に触っていた状況を思い出しながら、とりあえず、先ほどまでいたレストランに足早にむかっていた。
 すぐに入り口で店員を捕まえて、スマホの置き忘れがあったか尋ねてみたが首を横に振った。
 急ぎ足で最寄りの交番に向かうと、落とし物として届けられていないか確認してもらったが、届いていないと言われ、その場で遺失届に家の固定電話番号を書いて提出した。
 交番を出たところで見つからなかった場合の事を考えると、気が滅入って途方にくれながら重い足取りで家に帰る事にした。
 家の玄関で靴を脱いだぐらいのタイミングで固定電話が鳴り始めて、俺はスマホの件で交番から連絡がきたのかと思って、受話器を取ると受話器越しに聞こえたのは先生の声だった。

 「もしもし、登藤君、実はさっき君と別れた後にレストランの店員が追っかけてきて、スマホを忘れ物として預かったんだよ。多分、君のものだろう。」

 開口一番にスマホが見つかったことに安堵しながらも、先生にお礼を言うと先生は早々とスマホを返す話を始めた。

 「悪いけど、今日はもう夜遅い、明日の朝に職員室に来れるかな?」

 その場で、先生と職員室に何時に伺えば良いか確認しながらも、何度も感謝しながら電話を切れると受話器を置いた。
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