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旦那様の想い人
窓から
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仕立て屋に辿り着くと、セレーネは「すぐに終わるから」とラーナには馬車で待っててもらうことにした。
「……!こ、これは、これはセレーネ様、ようこそいらっしゃいました!」
扉から入って来たセレーネを見た途端、仕立て屋の店主である若い女は顔を真っ青にした。
なにせ今日はセレーネが来店すると聞いてはいなかったものだから。てんてこ舞いになって慌てる店主に落ち着くように伝えて「待合室で待たせていただくわ」と言って、セレーネは勝手に待合室へと入った。急な来訪だから、デザイナーがすぐに対応できないことは承知の上だった。むしろそうでないと困るのだ。
セレーネは「大丈夫。何時間でも待つわ」と若い女に伝えた。
上客であるセレーネを待たせることになってしまった店主はそれは戦々恐々としていたが、それでも今デザイナーが担当している客も貴族なので、下手に言い訳をつくってセレーネを優先させるわけにはいかなかった。
待合室に用意された上等な席に座り、一息ついた後、セレーネは部屋の北側にある窓を見た。
(あの窓を開けて、外に出て……大神殿に辿り着けるかしら)
セレーネはこの待合室に、窓があることを知っていた。何度か店主が開けているところを見たことがある。それなので、開けるのは簡単だ。1人で街に出るのはこれが初めて。恐怖に慄く心を叱咤したところで、待合室の扉が叩かれる。ここでいつも茶を持ってきてくれるものだと知っているので、驚きはしなかった。
「ようこそお越しくださいました、セレーネ様」
深々と頭を下げる店主に、セレーネは小さく頷いて「お願いがあってきたの」と切り出した。
「いつも御贔屓にしてくださるセレーネ様の願いとあらば何なりと」
セレーネはその言葉に微笑んで、「それじゃあ」と頼み事を2つした。
1つは髪を隠せるほどの大きな布が欲しいこと。もう1つは質素な服を今すぐに用意して欲しいこと。エルゲンと共に市井でデートをする予定なのだが、いつものドレスで出かけるわけにもいかないし、この目立つ髪では市井を歩くにも一苦労だから、と。
「布の方はすぐに用意できますが……。服は……既製品になってしまいますが」
「それでいいわ。そうね、御代はこれでいいかしら」
そう言って、セレーネが差し出したのは大きなエメラルドの指輪だった。これ1つでおそらく既製品の服500着どころかオーダーメイドのドレスを100着作っても足りないほどになる。若い女は固唾をのんですぐさま、既製品の服を何着かと、髪を隠せるほどの布を何枚か持ってきて、待合室に置かれた大きな机の上に並べた。
「うん、ありがとう」
そう言って、セレーネは指輪を差し出した。「しばらく選んでいたいから、待合室には誰もいれないで頂戴ね」と笑みを浮かべるセレーネに、店主はまるで神神しい女神でも見たかのような表情をして「もちろんですとも」と頷き、出て行った。
(よし。適当に選んでここを出ましょう。早く帰って来られれば、ラーナに心配かけずに済むかもしれないし)
我ながら、咄嗟に素晴らしい妙案を思いついたものだ。と自画自賛してセレーネは着心地の悪い既製品を身につけ、絹の布を頭からかぶり、そっと窓を開けて市井へ飛び出した。
「……!こ、これは、これはセレーネ様、ようこそいらっしゃいました!」
扉から入って来たセレーネを見た途端、仕立て屋の店主である若い女は顔を真っ青にした。
なにせ今日はセレーネが来店すると聞いてはいなかったものだから。てんてこ舞いになって慌てる店主に落ち着くように伝えて「待合室で待たせていただくわ」と言って、セレーネは勝手に待合室へと入った。急な来訪だから、デザイナーがすぐに対応できないことは承知の上だった。むしろそうでないと困るのだ。
セレーネは「大丈夫。何時間でも待つわ」と若い女に伝えた。
上客であるセレーネを待たせることになってしまった店主はそれは戦々恐々としていたが、それでも今デザイナーが担当している客も貴族なので、下手に言い訳をつくってセレーネを優先させるわけにはいかなかった。
待合室に用意された上等な席に座り、一息ついた後、セレーネは部屋の北側にある窓を見た。
(あの窓を開けて、外に出て……大神殿に辿り着けるかしら)
セレーネはこの待合室に、窓があることを知っていた。何度か店主が開けているところを見たことがある。それなので、開けるのは簡単だ。1人で街に出るのはこれが初めて。恐怖に慄く心を叱咤したところで、待合室の扉が叩かれる。ここでいつも茶を持ってきてくれるものだと知っているので、驚きはしなかった。
「ようこそお越しくださいました、セレーネ様」
深々と頭を下げる店主に、セレーネは小さく頷いて「お願いがあってきたの」と切り出した。
「いつも御贔屓にしてくださるセレーネ様の願いとあらば何なりと」
セレーネはその言葉に微笑んで、「それじゃあ」と頼み事を2つした。
1つは髪を隠せるほどの大きな布が欲しいこと。もう1つは質素な服を今すぐに用意して欲しいこと。エルゲンと共に市井でデートをする予定なのだが、いつものドレスで出かけるわけにもいかないし、この目立つ髪では市井を歩くにも一苦労だから、と。
「布の方はすぐに用意できますが……。服は……既製品になってしまいますが」
「それでいいわ。そうね、御代はこれでいいかしら」
そう言って、セレーネが差し出したのは大きなエメラルドの指輪だった。これ1つでおそらく既製品の服500着どころかオーダーメイドのドレスを100着作っても足りないほどになる。若い女は固唾をのんですぐさま、既製品の服を何着かと、髪を隠せるほどの布を何枚か持ってきて、待合室に置かれた大きな机の上に並べた。
「うん、ありがとう」
そう言って、セレーネは指輪を差し出した。「しばらく選んでいたいから、待合室には誰もいれないで頂戴ね」と笑みを浮かべるセレーネに、店主はまるで神神しい女神でも見たかのような表情をして「もちろんですとも」と頷き、出て行った。
(よし。適当に選んでここを出ましょう。早く帰って来られれば、ラーナに心配かけずに済むかもしれないし)
我ながら、咄嗟に素晴らしい妙案を思いついたものだ。と自画自賛してセレーネは着心地の悪い既製品を身につけ、絹の布を頭からかぶり、そっと窓を開けて市井へ飛び出した。
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