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旦那様の想い人
気づき
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神殿を出て、セレーネはとぼとぼと市井の道を歩いた。
意気込んで来たのはいいものの、結局行き違ってしまったのでは仕方がない。
あのまま礼拝堂の中で隠れながら待っていることも出来たのかもしれないが、それでは仕立て屋の店主や馬車の中で待たせているラーナに心配を掛けてしまう。
そうなる前に戻らなければ、セレーネは振り返るのをやめて、顔をあげた。
(今日は潔く諦めましょう。まだ……これからだってチャンスはあるもの)
そう。こんな日々がずっと続く、そんな気がする。
例えレーヌが、聖女としての生活に慣れたとしても。エルゲンはきっと、彼女のためにセレーネとの時間を過ごしてはくれない。エルゲンが大神殿でレーヌと過ごす姿なんてその気になればこれから先、いつでも見られるのだ。
そう考えると、悲しいけれど。そうなってしまうんだろうな。とセレーネは寂しく思った。
ふいに、俯けた視界の端で見事な白色の髪がさらりと揺れる。
(……エルゲン?)
セレーネは顔を上げる。その瞬間、エルゲンが前を通過していった。聖女であるレーヌと共に。
「!」
衝撃のあまり、セレーネは息を呑む。
「……あ、ま、エルゲ……」
咄嗟に呼び止めようとしてしまい、セレーネは咄嗟に口を塞いだ。
エルゲンは見たこともないような笑顔で笑っていた。それこそ気を許すような、それでいて親愛の情をあらん限りに示すような、そんな笑顔。もちろんその笑顔が向けられるのはセレーネじゃない。レーヌだ。
彼女は、エルゲンの親愛に答えるかのように、朗らかに笑み返し、軽く彼の肩を叩く。その間には孤児院で育てられているのであろう小さな子どもが1人。
3人で歩くその姿は、まるで本物の親子のようだ。周囲の道を行く人も呆然と彼らを見つめている。さすがにレーヌの方は頭から布を被っているけれど、その程度で彼女のみずみずしい美貌が灰をかぶることはない。
セレーネの口から乾いた吐息がもれた。
(……そうね、そうだったわ)
セレーネは力なく呼び止めようとしてあげた手をおろした。
目に焼き付いたエルゲンの笑顔に、気づいてしまった。
彼は、きっとレーヌが好きなのだ。
本人が気づいているかどうか定かではないけれど、気づいていないのなら、気づく前にセレーネが離れなければ。優しいエルゲンはきっと苦しむことになる。
(もっと早く気づけばよかったのよ……)
セレーネは1度皇子に婚約破棄されている。さらにはその性格のせいで、家族からも疎まれていた。
最後まで愛してくれたのは祖父のエダンだけだ。
エルゲンは、セレーネを哀れんで救ってくれただけ。
それを勘違いして、エルゲンは本当に自分を愛してくれているのだと、ずっと愛してくれるものだと思い込んでしまっていた。
エダン以外の誰もが、セレーネに愛想をつかせたというのに。
「……っ」
セレーネは既製品の肌触りの悪いスカートの裾をぎゅぅと握り込み、俯いて静かに涙を零した。何度も何度も両手で拭うのに、一向に涙が止まってくれない。
(泣いたら駄目よ。可哀想なのは……エルゲンの方じゃないの)
皆に愛想を尽かされてなお、直そうとも思わなかった自分の性格。態度。全て。
愛され続けようと、努力すらしなかった怠惰な自分。
やっと気づいた。
(馬鹿ね……私が1番馬鹿なんじゃないの)
セレーネはその場で蹲り、嗚咽を噛み殺した。
意気込んで来たのはいいものの、結局行き違ってしまったのでは仕方がない。
あのまま礼拝堂の中で隠れながら待っていることも出来たのかもしれないが、それでは仕立て屋の店主や馬車の中で待たせているラーナに心配を掛けてしまう。
そうなる前に戻らなければ、セレーネは振り返るのをやめて、顔をあげた。
(今日は潔く諦めましょう。まだ……これからだってチャンスはあるもの)
そう。こんな日々がずっと続く、そんな気がする。
例えレーヌが、聖女としての生活に慣れたとしても。エルゲンはきっと、彼女のためにセレーネとの時間を過ごしてはくれない。エルゲンが大神殿でレーヌと過ごす姿なんてその気になればこれから先、いつでも見られるのだ。
そう考えると、悲しいけれど。そうなってしまうんだろうな。とセレーネは寂しく思った。
ふいに、俯けた視界の端で見事な白色の髪がさらりと揺れる。
(……エルゲン?)
セレーネは顔を上げる。その瞬間、エルゲンが前を通過していった。聖女であるレーヌと共に。
「!」
衝撃のあまり、セレーネは息を呑む。
「……あ、ま、エルゲ……」
咄嗟に呼び止めようとしてしまい、セレーネは咄嗟に口を塞いだ。
エルゲンは見たこともないような笑顔で笑っていた。それこそ気を許すような、それでいて親愛の情をあらん限りに示すような、そんな笑顔。もちろんその笑顔が向けられるのはセレーネじゃない。レーヌだ。
彼女は、エルゲンの親愛に答えるかのように、朗らかに笑み返し、軽く彼の肩を叩く。その間には孤児院で育てられているのであろう小さな子どもが1人。
3人で歩くその姿は、まるで本物の親子のようだ。周囲の道を行く人も呆然と彼らを見つめている。さすがにレーヌの方は頭から布を被っているけれど、その程度で彼女のみずみずしい美貌が灰をかぶることはない。
セレーネの口から乾いた吐息がもれた。
(……そうね、そうだったわ)
セレーネは力なく呼び止めようとしてあげた手をおろした。
目に焼き付いたエルゲンの笑顔に、気づいてしまった。
彼は、きっとレーヌが好きなのだ。
本人が気づいているかどうか定かではないけれど、気づいていないのなら、気づく前にセレーネが離れなければ。優しいエルゲンはきっと苦しむことになる。
(もっと早く気づけばよかったのよ……)
セレーネは1度皇子に婚約破棄されている。さらにはその性格のせいで、家族からも疎まれていた。
最後まで愛してくれたのは祖父のエダンだけだ。
エルゲンは、セレーネを哀れんで救ってくれただけ。
それを勘違いして、エルゲンは本当に自分を愛してくれているのだと、ずっと愛してくれるものだと思い込んでしまっていた。
エダン以外の誰もが、セレーネに愛想をつかせたというのに。
「……っ」
セレーネは既製品の肌触りの悪いスカートの裾をぎゅぅと握り込み、俯いて静かに涙を零した。何度も何度も両手で拭うのに、一向に涙が止まってくれない。
(泣いたら駄目よ。可哀想なのは……エルゲンの方じゃないの)
皆に愛想を尽かされてなお、直そうとも思わなかった自分の性格。態度。全て。
愛され続けようと、努力すらしなかった怠惰な自分。
やっと気づいた。
(馬鹿ね……私が1番馬鹿なんじゃないの)
セレーネはその場で蹲り、嗚咽を噛み殺した。
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