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「ダエル!」
カルミアは手に掴んだ小刀を落とした。死ぬ間際に愛しい人の幻覚でも見ているのではないか。そんな錯覚を覚えたが、響く馬蹄に、遠目からでも痩せてしまったと分かる面差しのリアルさに。これが現実だと自覚する。
(間違いない。ダエルだわ……)
漆黒の馬から飛び降りたダエルは、カルミアが地にへたり込みそうになったところをしかと支えた。力強く抱きすくめられて、身体が絞られるようだった。
「……カルミア」
耳元で囁かれた声音。
あまりの懐かしさに、カルミアは涙をボロボロ流した。
「すまなかった」
「……うっ……っ……」
嗚咽を漏らすカルミアをダエルは頭から抱えるようにして掻き抱いた。その仕草からダエルがどれほどカルミアを大切にしているのかが傍からみれば分かるが、カルミアにはあいにくと視界を遮られて何が起こっているのかさえ理解するのが難しいかった。
だけどもあの世へ行こうとしていた魂を、すんでのところでダエルが縫い留めてくれたようで、心の底から歓喜してもいた。
「これは一体!おい、そこのお前!私の愛人に何をしている!」
ぎゃーぎゃーと地団駄を踏むテンゼルに、ダエルは冷たい眼差しを向けた。
「愛人?……俺の婚約者がお前の愛人だと?」
「ひっ」
覇気の滲むダエルの声音に、テンゼルは何かに踏みつぶされたかのような声を出した。
ダエルは腕の中で嗚咽を漏らすカルミアの頭を撫で続けながら、テンゼルとその周囲へ視線を流す。背後に控えていた兵達は、そんなダエルに向かって恐縮したように何事かを耳打ちした。
「……なるほどな」
ダエルは頷き、カルミアに「ここにいるように」強く言い置いて、テンゼルの前に威風堂々と立ち塞がった。
「お前さん、随分と太っているようだが……その腹の中には一体何が入っている?」
未だかつて聞いたことのないダエルの冷徹な声に、カルミアは思わず振り返った。そこにいるのは確かにダエルだ。けれど、何かが前とは違っている。そんな気がしてならなかった。ふと、ダエルの腰に携えられている剣に目がいく。
(あれは……聖剣?)
そう。一見してただの黒い剣のように見えるそれは間違えようもない。ダエルが魔王の心臓を貫いた聖剣だ。白い刃を持つ、太陽の欠片で磨きぬいたかのように煌々と輝いていたはずの剣。それが今、どうしたことか。闇の色に呑まれ禍々しいオーラを解き放ち、刃は濃い漆黒を呑んでいた。
「き、貴様……。この私に向かって何たる口を!」
テンゼルが口を開いた途端、ダエルはその剣先をテンゼルの喉元にあてがった。およそ人間業とは思えぬその動きに、その場の誰もが息をのむ。
「少し話をしよう。だが、お前はもう少し静かに喋ることを覚えたほうがいいな」
低く地を這うようなその言葉に、テンゼルは目に見えて動揺し額からダラダラと汗を流した。
「お前が少しでも俺を不快にさせるようなことを言ったら、この剣に封印した魔物を開放する」
ダエルの言葉を聞いた途端、彼の背後に控えていた騎士達が動揺の声をあげた。ダエルの言う。剣に封印した魔物とは一体何のことか。
(もしかして、魔王のこと?でも、そんな……魔王はダエルが討伐したはず)
「この剣を良く見なさい」
ダエルの視線を辿るように、テンゼルはその剣の柄の部分をしばらく凝視し、やがてその瞳孔が収縮させた。
「お……あ、……、あなた様は」
「そう、そういうことだ。この剣には魔王の心臓から生れた魔物を住まわせている。お前が俺の機嫌を損ねたらこの国どころか、大陸中が血の海になるということだ。気をつけなさい」
極めて冷静に宣うダエルに、テンゼルはやっと自らの置かれた状況を理解した。
そして今最も思い出したくないことを思い出しもした。
どこかで聞いたことがある「カルミア」の名。
英雄ダエルの同郷であり、当初は魔王を恐れ誰もダエルの仲間に加わりはしなかったのに対し、彼女だけはダエルの仲間として、婚約者として、献身的に彼を支え続けた。
他の同行者に対して有名ではない彼女だが、英雄ダエルが殊の外カルミアを大切にし、他国の姫との縁談を全て断るのだと、国の役人が話していた。
しかし、ここ数ヵ月の間全くカルミアの名が出ることはなかったので、テンゼルはすっかりその名を忘れてしまっていたのである。自らの人生において最も忘れてはいけないものを忘れた己をテンゼルは初めて呪った。
カルミアは手に掴んだ小刀を落とした。死ぬ間際に愛しい人の幻覚でも見ているのではないか。そんな錯覚を覚えたが、響く馬蹄に、遠目からでも痩せてしまったと分かる面差しのリアルさに。これが現実だと自覚する。
(間違いない。ダエルだわ……)
漆黒の馬から飛び降りたダエルは、カルミアが地にへたり込みそうになったところをしかと支えた。力強く抱きすくめられて、身体が絞られるようだった。
「……カルミア」
耳元で囁かれた声音。
あまりの懐かしさに、カルミアは涙をボロボロ流した。
「すまなかった」
「……うっ……っ……」
嗚咽を漏らすカルミアをダエルは頭から抱えるようにして掻き抱いた。その仕草からダエルがどれほどカルミアを大切にしているのかが傍からみれば分かるが、カルミアにはあいにくと視界を遮られて何が起こっているのかさえ理解するのが難しいかった。
だけどもあの世へ行こうとしていた魂を、すんでのところでダエルが縫い留めてくれたようで、心の底から歓喜してもいた。
「これは一体!おい、そこのお前!私の愛人に何をしている!」
ぎゃーぎゃーと地団駄を踏むテンゼルに、ダエルは冷たい眼差しを向けた。
「愛人?……俺の婚約者がお前の愛人だと?」
「ひっ」
覇気の滲むダエルの声音に、テンゼルは何かに踏みつぶされたかのような声を出した。
ダエルは腕の中で嗚咽を漏らすカルミアの頭を撫で続けながら、テンゼルとその周囲へ視線を流す。背後に控えていた兵達は、そんなダエルに向かって恐縮したように何事かを耳打ちした。
「……なるほどな」
ダエルは頷き、カルミアに「ここにいるように」強く言い置いて、テンゼルの前に威風堂々と立ち塞がった。
「お前さん、随分と太っているようだが……その腹の中には一体何が入っている?」
未だかつて聞いたことのないダエルの冷徹な声に、カルミアは思わず振り返った。そこにいるのは確かにダエルだ。けれど、何かが前とは違っている。そんな気がしてならなかった。ふと、ダエルの腰に携えられている剣に目がいく。
(あれは……聖剣?)
そう。一見してただの黒い剣のように見えるそれは間違えようもない。ダエルが魔王の心臓を貫いた聖剣だ。白い刃を持つ、太陽の欠片で磨きぬいたかのように煌々と輝いていたはずの剣。それが今、どうしたことか。闇の色に呑まれ禍々しいオーラを解き放ち、刃は濃い漆黒を呑んでいた。
「き、貴様……。この私に向かって何たる口を!」
テンゼルが口を開いた途端、ダエルはその剣先をテンゼルの喉元にあてがった。およそ人間業とは思えぬその動きに、その場の誰もが息をのむ。
「少し話をしよう。だが、お前はもう少し静かに喋ることを覚えたほうがいいな」
低く地を這うようなその言葉に、テンゼルは目に見えて動揺し額からダラダラと汗を流した。
「お前が少しでも俺を不快にさせるようなことを言ったら、この剣に封印した魔物を開放する」
ダエルの言葉を聞いた途端、彼の背後に控えていた騎士達が動揺の声をあげた。ダエルの言う。剣に封印した魔物とは一体何のことか。
(もしかして、魔王のこと?でも、そんな……魔王はダエルが討伐したはず)
「この剣を良く見なさい」
ダエルの視線を辿るように、テンゼルはその剣の柄の部分をしばらく凝視し、やがてその瞳孔が収縮させた。
「お……あ、……、あなた様は」
「そう、そういうことだ。この剣には魔王の心臓から生れた魔物を住まわせている。お前が俺の機嫌を損ねたらこの国どころか、大陸中が血の海になるということだ。気をつけなさい」
極めて冷静に宣うダエルに、テンゼルはやっと自らの置かれた状況を理解した。
そして今最も思い出したくないことを思い出しもした。
どこかで聞いたことがある「カルミア」の名。
英雄ダエルの同郷であり、当初は魔王を恐れ誰もダエルの仲間に加わりはしなかったのに対し、彼女だけはダエルの仲間として、婚約者として、献身的に彼を支え続けた。
他の同行者に対して有名ではない彼女だが、英雄ダエルが殊の外カルミアを大切にし、他国の姫との縁談を全て断るのだと、国の役人が話していた。
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