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第3章 16歳:出生

第63話 「……いつからなの?」

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 まさか、私が告げ口をしに行こうとするなんて思っていなかったのだろう。

 翌日、お父様の執務室の扉を開けたら、なぜかエリアスが座っていた。まるでお父様の代わりに仕事をしているかのように、執務机を使っていたのだ。

「マリアンヌっ」

 私の姿に驚いて立ち上がるエリアス。室内を見渡してもお父様の姿はなかった。

「お父様は?」

 近づいてくるエリアスに問いかけた。しかし、答えをくれたのは、別の人間だった。

「旦那様は寝室にいらっしゃいます」
「っ!」
「ポール!」

 いつの間に後ろにいたのか、ポールが私の欲しかった答えをくれた。

「寝室には行ける?」
「マリアンヌ!」

 後ろから非難するエリアスの声が聞こえた。けれど私は振り向かない。

 普段の私なら、きっとこんなことはしなかっただろう。
 エリアスよりポールを取るなんてあり得ないことだから。しかし、それをして、いや、させているのは、エリアスに他ならなかった。

 見てしまったのだ。エリアスの首元に巻き付いた黄色いネクタイを。

 普段はダメって言ったのに。それも昨夜。

 こんな短時間で私の気持ちを踏みにじったエリアスが許せなかった。

「お嬢様でしたら大丈夫でしょう。旦那様が拒むとは思えません」
「そう。なら、行きましょう」

 そのまま扉をくぐろうとした瞬間、腕を掴まれた。

「待ってくれ」
「放して、エリアス」

 私の気持ちとは違い、エリアスはただ軽く握ってくれていた。お陰で私は躊躇ためらわずに次の行動ができた。

「今の貴方に私を止める資格はないわ」

 腕を強引に前に引き寄せて、エリアスの手を払った。


 ***


「さっきの言い方だけど。昨日、お父様の執務室にいたのは、エリアスだったの? お父様ではなくて」

 しばらく廊下を歩いてから、前方を行くポールに尋ねた。

 お父様が私を拒まない、と言っていた。でも昨日は――……。

「はい。その通りです。お嬢様には大変失礼致しました」

 門前払いされた理由を知って、さらに怒りが込み上げてきた。

 あの時エリアスは、扉の向こう側にいたのにも関わらず無視をしたのだ。
 お父様が執務室にいないから余計に。

「旦那様でしたら、どんなに忙しくても、お嬢様のために時間を取られたでしょうに」

 ポールが何を言いたいのか。今はそんなものに構っている暇はなかった。

「……いつからなの?」
「はい?」
「お父様が伏せられたのは、いつからなの?」

 少しだけ強めに言うと、ポールは驚いた表情をした。

 それもそうだ。お父様やエリアスから、ポールには関わらないように、刺激しないようにと、強く言われていたから。

 ここ二年、ポールにとって私は“大人しいお嬢様”だったのだろう。この反応を見る限りは。

「一カ月前からです」
「そんなに! どうして娘である私が知らないままなの?」

 私は立ち止まり、独り言のように尋ねた。

「旦那様のお考えです。すぐに治るから、と」
「でも、一カ月経ったわ。良くなったわけではないのでしょう」

 執務室にエリアスがいたのが、その証拠だ。

「それなのに、知らせないなんて」

 あんまりだわ! きっと、ニナもテス卿も知っていたに違いない。

 どうしてよ。エリアス。お父様……。

 震える両手をぎゅっと握りしめた。


 ***


「旦那様。お嬢様がお越しになりました」

 ポールはお父様の確認を取らず、室内に私を案内した。主を軽んじている、というより、私の気持ちを汲んでくれたのだと、この時は思っていた。

「マ、マリアンヌっ!」

 ベッドに横たわっていたお父様が、私の姿を見て起き上がろうとした。私は急いでお父様の元に行き、体を支える。

 触れた瞬間、顔が強張った。

「お父様……なぜ、こんなにもやつれていらっしゃるのに、私に知らせてくれなかったのですか?」

 弱っているお父様にかける言葉じゃないのは分かっている。でも、明らかにやせ細った体に触れたら、小言が口から出ていた。

「イレーヌの時のことを思い出してほしくなかったからだよ」
「お母様の?」
「そう。イレーヌが伏せってから、寂しそうにしていたからね」
「あれは、あの時は、何もできない子供だったから。それで辛かったんです。でも今は違います」

 お母様の看病ができなかった十二歳の子供じゃない。十六歳にもなれば、十分お父様の看病はできる。

「そうかい。私には、今だって子供に見えるよ」
「お、お父様の子供ですから。そう感じていても、無理もないかと思います」

 親にとって子供はいつまでたっても子供だという考えがあるから仕方がない。でも、今は別の話。
 子供だからと、遠ざけてほしくはなかった。

 私の頭をゆっくりと撫でるお父様。愛おしそうに見つめる顔が、ふとキトリーさんの顔と重なった。

「もしかして、私がお母様に似ているからですか? だから――……」

 私を遠ざけたのですか?

「違うよ、マリアンヌ。私がお前に知らせないよう皆に言ったのは、こういう顔を見たくなかったからだ」
「こういう?」
「今にも泣きそうな顔をしている」

 お父様の手が私の頬に下がって、目元を拭う。
 目から涙が零れた。知らない内に、目に涙が溜まっていたらしい。瞬きした瞬間、すーっともう片方の目から涙が流れた。

「これはお父様が隠していたから、余計にです」
「すまない」

 そう言って、もう一度私の頭を撫でた。
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