上 下
98 / 116
第4章 17歳:婚約

第98話 「私の部屋ですけれど」

しおりを挟む
 
「そっか。フィルマンとロザンナが上手くいっていない、裏事情が存在していたのね」

 エリアスから話を聞いたのは、バルニエ侯爵邸から帰った翌日の朝だった。


 昨日、カルヴェ伯爵邸に戻ってすぐ、私はエリアスを捕まえ、そのまま私室で話を聞こうとした。が、ドレスのままというわけにもいかず。
 さらに、夕食後は「今日は疲れただろう」という理由で、就寝を余儀よぎなくされたのだ。

 夜通し聞いても構わなかったのに、というのが正直な気持ちだった。

 強制的に寝かされた私は、その不平不満の感情をニナにぶつけた。勿論、その気持ちのおもむくままに。

「結婚前の淑女が、婚約する相手と夜通し共にすることが、どんなことか分かっているのですか!」

 ニナから淑女についての高説を、延々と受ける羽目になったのはいうまでもなく。そうしている内に、私は眠りについた。
 明日、エリアスから話を聞こう、と思いながら。

 しかし、それは簡単なことではなかった。何故ならエリアスは使用人であり、お父様の補佐をする仕事があるのだ。

 夜まで待てない、という気持ちも大きいが、何よりエリアスに負担をかけることが嫌だった。
 聞きたいことや話したいことが山ほどあっても、疲れているエリアスをそれ以上酷使させたくはなかった。けれど、小分けにして話し合うこともしたくない。

 だから朝食前にエリアスを捕まえて、その旨を伝えた。勿論、お父様を説得するのは私の役目。
 場所はダイニング。舞台は朝食の席。

「お父様。今日一日だけ、エリアスを貸していただけないでしょうか」

 ストレート過ぎただろうか。突然、お父様はむせたのか、咳き込まれた。私は慌てて駆け寄ろうとしたが、手を前に出されてしまい、椅子に座り直す。

「マ、マリアンヌ。それはどういうことだい?」
「ちょっと話したいことがありまして……」
「どこで?」

 私は首を傾けた。どこも何も。

「私の部屋ですけれど。ダメですか?」
「……エリアス。説明しなさい」

 え? 何でエリアス? 私の回答じゃダメだったの?

「はい。昨日、レリアとの会話で分からないことがあったんだと思います。孤児院のことなど、マリアンヌが知らないことを、言われたのではないでしょうか」
「そ、そうだな。伝えていなかった私の落ち度だ。いいだろう。エリアス、今日の仕事は休んでいい」
「ありがとうございます」
「念のため、分かっているな」

 何が『分かっているな』かは、分からなかったが、エリアスが「はい」と答えて今に至る。

 多分、私が説明もなしに結論だけ言ってしまったから、お父様を驚かせてしまったのね。今度からは気をつけないと。


「事情がなんであれ、王宮で迷ったレリアが悪い」

 私の説明を聞き終えた途端、エリアスは怒りをあらわにした。今にも部屋から出て行くのではないかと思うほどに。
 しかし、椅子から立ち上がるわけではなかったため、私はなだめることにした。

「フィルマンの方にも非があったのに。エリアスはレリアに厳し過ぎるわ」
「それは――……」
「分かっている。レリアは一緒に育った家族みたいなものでしょう。でも、少しの失敗くらいは許してあげたら?」

 王宮へ行くのは、誰だって緊張すると思う。初めてなら尚更だ。加えて、誰も知り合いがいない場所。

 迷ったら誰が助けてくれるの? 養女になったばかりのレリアを、誰がバルニエ侯爵令嬢だと証明してくれると言うのだろうか。
 保護者であるバルニエ侯爵の姿もない状況で。
 考えただけでもゾッとすることだった。

「家族、か」
「違うの?」
「いや、フィルマンが幼なじみだと言ったから」
「エリアス自身は?」

 どう思っているの?

 孤児院で会った時のレリアは、エリアスのことが好きなんだと思った。家族ではなく、異性として。なら、エリアスは? 家族? それとも――……。

「幼なじみに近い気がするんだ。あんなのが家族だと思いたくはないからな」
「あんなのって……。あまりいい思い出じゃないってこと?」

 少なくとも、レリアからはそんな印象は受けない。

 ん? 何? エリアスが驚いた顔をしている。また私、変なことでも言った?

「あっ、ごめん。てっきり知っているのかと思ったんだ」
「何を? もしかして孤児院にいた時の話を、レリアから聞いたと思っているの? ないない。そういうのはちゃんと、エリアスから聞くよ」
「そ、そうじゃなくて。乙女ゲームとかいうので、知っているのかと思ったんだ」

 意外な答えに、今度は私が驚いた表情になった。

「……何で?」
「聞かれたことがなかったから」
「……確かに、言わなかったかも。で、でもそれは、知っているとかじゃなくて、聞く余裕がなかっただけで、その……」

 なんて言えばいいんだろう。

 1,今更だけど聞いてみる
 2,また今度、聞かせてと言う
 3,気まずくて何も言わない

 どれも結局、気まずくなると思うんだけど。何も言わないよりかはいいかな。
 だとすると、今か後になるよね。今か、後か。う~ん。

「今、聞いてもいいかな」

 すると、選択を間違えたような反応が返ってきた。

「ごめんなさい。やっぱり聞かれたくないよね」
「いや、違うんだ。何から話せばいいのか分からないだけで、聞いて、ほしい」
「……それじゃ、レリアのことを教えて。デビュタントで会うことになるし、仲良くなりたいから」

 内心、レリアを出しに使ってごめんなさいと謝った。しかし、この選択も微妙だったらしい。
 複雑な顔をされてしまった。

「も、勿論、一番はエリアスのことだけど。迷っているのなら、どうかなって思ったの」
「……昨日、フィルマンに話したことでいいなら話す」

 エリアスは表情を曇らせたまま、そう告げた。視線も逸らし、声音でも不満だと訴えていた。

 だったら、すぐに自分の話をすればいいのに。

 その途端、私は口元に手を当てて笑った。拗ねたエリアスが、あまりにも可愛かったものだから。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ピアスの代わりに噛み跡を

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

三途の川で映画でも

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:13

倫理観のないとある世界のとある一組

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:3

わたしのせんたく

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:6

俺だけレベルアップが止まらない

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:33

処理中です...