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第1章 一緒に潜入調査をするんですか?

第31話 王女の思惑(1)

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 私の問いに、ドリス王女殿下はポツリポツリと答えてくれた。

「ローマンが……シュッセル公子が迎えに来てくれたのは、午後三時。ノハンダ伯爵に用があるから、速く行きたいと言って、ここに着いたのは四時頃」

 何故、時間を言いながら順序立てて言うのか。私は茶トラのことが聞きたいのに。
 もっと意識がまともだったら、そう尋ねていたことだろう。けれど私は黙って、そのまま聞いていた。

「彼は決まって、到着すると私を馬車に残して、どこかに行ってしまうの。けれど、行先までは答えてくれない。でも、ノハンダ伯爵なら勿論、ご存知よね。教えていただける?」
「それは……」

 口籠るノハンダ伯爵に、ドリス王女は笑顔で答える。
 年齢よりも幼く見えても、そこは王族といったところだろう。自然と圧力をかける術をご存知のようだった。

「殿下の命令故に、口を割った。よろしいですね」
「ん? あぁ」

 何故かノハンダ伯爵は、カーティス様に承認を求める。頷いたことを確認すると、再びドリス王女の方へ向き直った。

「確かに、本日の四時頃、到着したという連絡が入ってすぐ、シュッセル公子様がいらっしゃいました。本日の催し物を確認されに来たんです」
「催し物? 仮面舞踏会にそんなものがあったか?」

 カーティス様がわざとらしく尋ねる。

「それを承知の上で今宵、やってきたのではありませんか? 殿下もご存知のことです」
「ノハンダ伯爵。グルーバー侯爵はお兄様の側近だけど、お友達なのよ。オークションの摘発が、本来の目的ではないのでしょう。ねぇ?」

 愛らしいドリス王女の微笑みが、カーティス様に向けられる。私は思わず、目の前に座るドリス王女のスカートを摘まんだ。
 それはドリス王女が愛らしいからではない。王女様と騎士団長様という、肩書さえもお似合いな二人が見つめ合うのが嫌だったのだ。

 まるで物語のワンシーンみたい。
 腕の中の茶トラが、私の気持ちを代弁しているかのように重かった。

 すでに制御の利かない私の感情は、失礼な行為にまで及んでいた。が、ドリス王女は咎めるわけでもなく、ただ微笑んで見せた。さらに、私の手を優しく包み込む。

 それをカーティス様は見ていたのか、頃合いを見計らって尋ねた。

「何故、そう思われるんですか?」
「だって、摘発するのなら、屋敷の裏口から侵入した方が妥当でしょう。荷物の搬入を見ていない私でも分かることよ。けれど、グルーバー侯爵とマクギニス嬢は、正面からやってきた。それは私の居場所を確認するためではなくて?」
「ということは、あの時、私たちにわざと姿を見せたんですか?」
「それもあるけれど、正確には確認ね。貴方たちがいつ、動いてくれるのか、までは分からなかったから」

 つまり、ドリス王女は待っていた、というわけだ。私たちを。でも――……。

「どうしてそこまで……?」

 呟くような私の疑問を、優しく包み込むようにドリス王女は答える。

「理由はシュッセル公子よ。ここ最近一緒にいるからビックリすると思うけど。私、あの人嫌いなの」
「え? でも、婚約者……」
「候補よ、まだ。だけど、婚約者のように振る舞っているの、シュッセル公子は」

 仮面舞踏会の会場で見た二人の姿からは想像だにしなかった発言に、私はただただ驚くしかなかった。

「好きでもない相手に、そんな風な振る舞いと扱いを受けて、いい気分なんてすると思う?」
「いいえ、全く」

 むしろ気持ち悪いくらいだ。二度と近寄ってほしくないと思えるほどに。

「でしょう~。でも、他の候補者はシュッセル公爵家が怖くて、前に出て来られないのよ」
「最悪ですね」
「そうなの。これまでも色々とやって、婚約話が浮上する前に潰してきたんだけど、今回は向こうもしぶとくてね。最終的にこんな手段を使うしかなかったの」

 本当に今の私は頭が働かないらしい。いつもだったら、すぐに分かったというのに。
 私が首を傾げると、ドリス王女は困った表情を茶トラに向けた。

「ごめんなさい。私の我が儘で貴方が犠牲になってしまったわ。どうしてもね、シュッセル公子の不正、不義を表沙汰にしたかったの。私の婚約者、結婚相手に相応しくないと、周りに知らしめるためにね」
「それでこのような大掛かりなことを?」
「えぇ。グルーバー侯爵にも面倒をかけるわね」

 まただ。二人にしか分からない話をしないで……!

 けれど私の両手は、茶トラとドリス王女によって塞がれている。堪り兼ねて、カーティス様を仰ぎ見た。
 すると意図が伝わったのか。カーティス様がしゃがみ、私の隣に座った。

「失礼」

 そういうと、カーティス様は私の顎に触れ、そっとハンカチで頬についた涙を拭く。途端に私は恥ずかしくなった。
 カーティス様の行為に対してではない。私の顔だ。酷い顔をしていると思っていたけれど、そこまで酷かったなんて。

 けれど、茶トラを再び見ると、涙が込み上げてくる。
 そうだ。まだドリス王女は答えていない。私にとって重要な案件を。

「茶トラは何故、このような目に?」
「貴方たちを見た後、シュッセル公子の不正を公にするために、私はあるところに行ったの」
「地下の倉庫に行かれたのですね、殿下」
「えぇ。以前、シュッセル公子と共に、貴方が案内してくれた、あの倉庫に」

 ドリス王女は、視線をノハンダ伯爵からカーティス様に向けて話し続けた。

「そこには、オークションに出品される品々が置かれていて、シュッセル公子がよく訪れている場所なの。彼は出品される直前の品物を見るのが好きだから、貴方たちを呼ぶにはここしかないと思って」
「確かに。その現場を押さえれば、言い逃れはできません。が、説得力には欠けます」
「どの辺りが?」
「まず、偶々たまたまそこにいた、と言い逃れが出来てしまうこと。次に、ここはシュッセル公爵家ではないことです。ノハンダ伯爵に全責任を押し付ける未来が、容易に想像できます」

 そうだろう、とでもいうように、カーティス様はノハンダ伯爵を見た。

「騎士団長様。私もそこまで危ない橋は渡っていないんですよ。爵位を継いだのは三年前。さらに首都にやってきて二年です。そんな私が、ここまで手広くできると誰が思いますか?」
「シュッセル公爵が後ろ盾にいるとしても、俺たちの手が、そこまで伸びると思うか?」

 思えない。結局はトカゲの尻尾切りにされ、ノハンダ伯爵だけが罪を被るのだ。

 なかなか本題に入らないことにイライラしながら、私は三人の会話を聞いていた。その油断し切ったところに、ノハンダ伯爵が爆弾を投下する。

「故に、マクギニス嬢が必要なのです」
「何?」

 驚く私の横で、カーティス様が代弁するかのように、ノハンダ伯爵を睨んだ。
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