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第2話 悪役令嬢として
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エリクセン殿下とクリオが夜会で出会ってから数日後。
二人の仲は急速に深まっていった。
クリオが王宮に呼ばれた、と耳にし。エリクセン殿下のエスコートで夜会に出た、と聞き。終いにはエリクセン殿下の髪の色である、黄色いドレスをクリオに贈られたらしい。
私も以前、碧いドレスを貰ったことがある。エリクセン殿下の瞳の色。私には青が似合うから。「まるでカンパニュラみたいだ」と褒めてくださった。
社交界のカンパニュラと呼ばれた、本来の悪役令嬢、アベリア・ハイドフェルドのようだと言われた気がして、嬉しいような悲しいような複雑な気分になったけれど。
それでも嬉しかったことには変わらない。
あぁ、ゲームの中のアベリアも、こんな気持ちだったのかな、と思った。アベリアほど、エリクセン殿下に執着していたわけではないのに、こんなにも傷ついている自分がいる。
けれど私には、二人を邪魔する勇気も資格もなかった。だって私はエリクセン殿下の婚約者ですらなれなかったんだから。
すでに二人の障害として立ち塞がる悪役令嬢は、悪役令嬢としての機能を果たしていなかったこともあるのだろう。
とんとん拍子に話は進んでいき、まるで待っていたかのように、二人は婚約することとなった。
幸いなことに、婚約者ですらなかった私は、断罪されることも、ざまぁされることもなく、今に至る、というわけである。
お陰で自宅謹慎という名の、お父様のお小言を毎日聞く、という罰を受けていた。
「そんなお前がいつまでもここにいると、私の心労が増える一方なんでな。アベリア。お前を修道院へ行かせることにした」
「え?」
断罪もざまぁもされていないのに、修道院? つまり追放EDってこと? 何で? そんなに家にいることはいけないことなの?
それも、悪役令嬢としての義務も果たしていないのに……。
いや、果たしていないから、この世界『今宵の月は美しい?』が私に罰を与えようとしている……の?
「ま、待ってください。修道院でなくても、領地に行くことはできないんですか?」
「その選択肢もあった。しかし社交界のシーズンになったらどうする? 領地でも噂になるぞ」
「……修道院に行っても同じことです」
ここまで言ってから、私はハッとなった。
「だからお前は頭が足りないのだ。どの道、同じように言われるのであれば、修道院の方が良い。閉鎖的な場所というのもあるが、日々修練に励み、精神を鍛えて来い。領地に行っても無駄に過ごすだけだ」
「お、父様……」
『使えない』私に、まだ望みを?
そう思った次の瞬間、冷たい声を投げかけられてしまった。
「お前の荷物はメイドに用意させた。明日には出て行くように。いいな」
「そ、そんな突然……!」
「私の心労だと言っただろう。それにもう決まったことだ! さっさと自室に戻って明日に備えろ」
「お父様!」
再び突き放され、私は叫ぶしかなかった。
けれど返って来たのは威圧的な視線だった。この世界に生まれて、お父様の娘として過ごした十八年間。この意味を知らない私ではない。
『黙って言うことを聞きなさい。この私に逆らうことは許さない』
「……分かりました」
しかし、すぐには動けなかった。するとお父様は椅子から立ち上がり、私に背を向ける。
出て行け、と言葉よりも、無言の圧力の方が悲しくて、怖かった。
恐らくこの案件は、私が反論したところで覆せるものでは、そもそもなかったのだ。お父様はこの国で一つしかない公爵家の当主、ハイドフェルド公爵なのだから。
それでも、それでも、と思ってしまう。
転生したのが幼い頃でなければ。そう、婚約中だったら良かったのに。そうすれば、お父様の期待に少しでも応えられたのかもしれない。
ううん。中身が使えない私なのだから、結果は同じだったと思う。
私は胸が締め付けられる思いで、お父様の執務室を出て行った。
***
翌日の早朝。
『出て行くのなら早い方がいい』
昨夜、別れの挨拶に来たと思っていた、攻略対象者の一人でもある兄のドナートに、言われた言葉だった。
少しも惜しんでくれない姿に、涙が出そうになる。
「アベリア様」
玄関から馬車へ向かおうとした瞬間、意外な人物に声をかけられた。
不安そうな顔で近づいて来るピンク色の髪の女性。それはまごうことなき、この乙女ゲーム『今宵の月は美しい?』のヒロインである……。
「クリオ嬢。……この度はご婚約、おめでとうございます」
「ありがとうございます。その、ドナート様からアベリア様が今日、立たれると聞いて、私……!」
「すまない。俺の配慮が足りなかったようだ」
クリオの近くにはエリクセン殿下が寄り添っていた。金髪碧眼という、まさに物語に出てくるような王子様だが、その手は可愛らしいクリオの肩にそっと添えられている。
私はそれを視界に入れないように、首を横に振った。
「いいえ。殿下のせいでも、クリオ嬢のせいでもありませんわ。ただ父に堪え性がなかったというだけです」
そう、別にエリクセン殿下と私は婚約していたわけではないのだ。だから当然、クリオに寝取られてもいない。
ただ私が『使えない』人間だったために起こった出来事だった。
未だに何故? という思いは拭えないけれど……。
目を逸らしていると、クリオが近づいて来る気配がした。私たちは乙女ゲームのヒロインと悪役令嬢。
思わず体が強張った。
「向こうに行ったら、絶対に幸せになれますから、だから……!」
何を言っているの? と思っていると、突然、一通の手紙を差し出された。
それも、好きな人にラブレターを指し出すようにぷるぷると震えながら、両手で差し出し、頭まで下げる始末。ヒロインが悪役令嬢にする姿ではない。
どちらかというと、ヒーローに。そう、クリオの隣にいるじゃない。
私は思わずエリクセン殿下を見た。すると、受け取ってやってくれ、とでもいうように苦笑いされてしまった。
私は戸惑いつつも受け取り、中を開けようとするが、クリオに手で遮られてしまう。
「あっ、ダメです! この手紙は、その全てが終えた時に読んでもらいたいんです」
「全て?」
「はい。ですから、道中読むことも、到着してすぐに読むことも、しないでもらえませんか?」
意味は分からないが、クリオの言うことだ。この世界『今宵の月は美しい?』のヒロインの意思を無視することは、危険なことのように思えて、私はそっと鞄の中に仕舞った。
「分かったわ。どの道、向こうでの生活に慣れることにいっぱいいっぱいになりそうだから、逆に忘れてしまったらごめんなさいね」
私の失敗談あるあるだった。一つのことに集中すると、他が疎かになってしまう。最悪、忘れてしまうことも。
「いいえ。むしろ、その方がいいのかもしれません。アベリア様にとっても」
手を握られ、「幸せになってください」とまで言われて、私はさらに戸惑った。
けれど、更なる戸惑いが、この後、待ち受けていたとは夢にも思わなかった。
二人の仲は急速に深まっていった。
クリオが王宮に呼ばれた、と耳にし。エリクセン殿下のエスコートで夜会に出た、と聞き。終いにはエリクセン殿下の髪の色である、黄色いドレスをクリオに贈られたらしい。
私も以前、碧いドレスを貰ったことがある。エリクセン殿下の瞳の色。私には青が似合うから。「まるでカンパニュラみたいだ」と褒めてくださった。
社交界のカンパニュラと呼ばれた、本来の悪役令嬢、アベリア・ハイドフェルドのようだと言われた気がして、嬉しいような悲しいような複雑な気分になったけれど。
それでも嬉しかったことには変わらない。
あぁ、ゲームの中のアベリアも、こんな気持ちだったのかな、と思った。アベリアほど、エリクセン殿下に執着していたわけではないのに、こんなにも傷ついている自分がいる。
けれど私には、二人を邪魔する勇気も資格もなかった。だって私はエリクセン殿下の婚約者ですらなれなかったんだから。
すでに二人の障害として立ち塞がる悪役令嬢は、悪役令嬢としての機能を果たしていなかったこともあるのだろう。
とんとん拍子に話は進んでいき、まるで待っていたかのように、二人は婚約することとなった。
幸いなことに、婚約者ですらなかった私は、断罪されることも、ざまぁされることもなく、今に至る、というわけである。
お陰で自宅謹慎という名の、お父様のお小言を毎日聞く、という罰を受けていた。
「そんなお前がいつまでもここにいると、私の心労が増える一方なんでな。アベリア。お前を修道院へ行かせることにした」
「え?」
断罪もざまぁもされていないのに、修道院? つまり追放EDってこと? 何で? そんなに家にいることはいけないことなの?
それも、悪役令嬢としての義務も果たしていないのに……。
いや、果たしていないから、この世界『今宵の月は美しい?』が私に罰を与えようとしている……の?
「ま、待ってください。修道院でなくても、領地に行くことはできないんですか?」
「その選択肢もあった。しかし社交界のシーズンになったらどうする? 領地でも噂になるぞ」
「……修道院に行っても同じことです」
ここまで言ってから、私はハッとなった。
「だからお前は頭が足りないのだ。どの道、同じように言われるのであれば、修道院の方が良い。閉鎖的な場所というのもあるが、日々修練に励み、精神を鍛えて来い。領地に行っても無駄に過ごすだけだ」
「お、父様……」
『使えない』私に、まだ望みを?
そう思った次の瞬間、冷たい声を投げかけられてしまった。
「お前の荷物はメイドに用意させた。明日には出て行くように。いいな」
「そ、そんな突然……!」
「私の心労だと言っただろう。それにもう決まったことだ! さっさと自室に戻って明日に備えろ」
「お父様!」
再び突き放され、私は叫ぶしかなかった。
けれど返って来たのは威圧的な視線だった。この世界に生まれて、お父様の娘として過ごした十八年間。この意味を知らない私ではない。
『黙って言うことを聞きなさい。この私に逆らうことは許さない』
「……分かりました」
しかし、すぐには動けなかった。するとお父様は椅子から立ち上がり、私に背を向ける。
出て行け、と言葉よりも、無言の圧力の方が悲しくて、怖かった。
恐らくこの案件は、私が反論したところで覆せるものでは、そもそもなかったのだ。お父様はこの国で一つしかない公爵家の当主、ハイドフェルド公爵なのだから。
それでも、それでも、と思ってしまう。
転生したのが幼い頃でなければ。そう、婚約中だったら良かったのに。そうすれば、お父様の期待に少しでも応えられたのかもしれない。
ううん。中身が使えない私なのだから、結果は同じだったと思う。
私は胸が締め付けられる思いで、お父様の執務室を出て行った。
***
翌日の早朝。
『出て行くのなら早い方がいい』
昨夜、別れの挨拶に来たと思っていた、攻略対象者の一人でもある兄のドナートに、言われた言葉だった。
少しも惜しんでくれない姿に、涙が出そうになる。
「アベリア様」
玄関から馬車へ向かおうとした瞬間、意外な人物に声をかけられた。
不安そうな顔で近づいて来るピンク色の髪の女性。それはまごうことなき、この乙女ゲーム『今宵の月は美しい?』のヒロインである……。
「クリオ嬢。……この度はご婚約、おめでとうございます」
「ありがとうございます。その、ドナート様からアベリア様が今日、立たれると聞いて、私……!」
「すまない。俺の配慮が足りなかったようだ」
クリオの近くにはエリクセン殿下が寄り添っていた。金髪碧眼という、まさに物語に出てくるような王子様だが、その手は可愛らしいクリオの肩にそっと添えられている。
私はそれを視界に入れないように、首を横に振った。
「いいえ。殿下のせいでも、クリオ嬢のせいでもありませんわ。ただ父に堪え性がなかったというだけです」
そう、別にエリクセン殿下と私は婚約していたわけではないのだ。だから当然、クリオに寝取られてもいない。
ただ私が『使えない』人間だったために起こった出来事だった。
未だに何故? という思いは拭えないけれど……。
目を逸らしていると、クリオが近づいて来る気配がした。私たちは乙女ゲームのヒロインと悪役令嬢。
思わず体が強張った。
「向こうに行ったら、絶対に幸せになれますから、だから……!」
何を言っているの? と思っていると、突然、一通の手紙を差し出された。
それも、好きな人にラブレターを指し出すようにぷるぷると震えながら、両手で差し出し、頭まで下げる始末。ヒロインが悪役令嬢にする姿ではない。
どちらかというと、ヒーローに。そう、クリオの隣にいるじゃない。
私は思わずエリクセン殿下を見た。すると、受け取ってやってくれ、とでもいうように苦笑いされてしまった。
私は戸惑いつつも受け取り、中を開けようとするが、クリオに手で遮られてしまう。
「あっ、ダメです! この手紙は、その全てが終えた時に読んでもらいたいんです」
「全て?」
「はい。ですから、道中読むことも、到着してすぐに読むことも、しないでもらえませんか?」
意味は分からないが、クリオの言うことだ。この世界『今宵の月は美しい?』のヒロインの意思を無視することは、危険なことのように思えて、私はそっと鞄の中に仕舞った。
「分かったわ。どの道、向こうでの生活に慣れることにいっぱいいっぱいになりそうだから、逆に忘れてしまったらごめんなさいね」
私の失敗談あるあるだった。一つのことに集中すると、他が疎かになってしまう。最悪、忘れてしまうことも。
「いいえ。むしろ、その方がいいのかもしれません。アベリア様にとっても」
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