使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中

文字の大きさ
3 / 4

第3話 ヒロインの正体

しおりを挟む
「ようこそ、いらっしゃいました」

 長閑な田園風景の中に佇む、修道院。まるで陸の孤島のように、人里すら離れた場所に、その建物はあった。

 首都で見た大聖堂ほどの大きさはなく、素朴な感じだけど、ひっそりと静かに過ごしたい私にピッタリの場所だった。

 つたう外壁も、おもむきがあっていい。そこから覗く、白い壁に青い屋根。三角屋根までついていて、まさに前世で見たことがあるような教会だった。
 恐らく礼拝堂がある建物だろうか。ステンドグラスの窓が垣間見えた。

 実はこんな場所で結婚式を上げるのが夢だったのだ。

 しかし、ここは修道院。さらにいうと今の私には婚約者すらいない立場なのだ。結婚など、夢のまた夢。出会い以前に、外部からの人間と接触することなど、できないような気がした。

 だからお父様はここを選んだのかしら。

 確かにここなら、人目を避けることができる。口さがない者たちも寄って来ないだろう。道中、不安なことばかり想像していたから、着いた瞬間に安堵した。

 が、それも束の間だった。

「え? 何故、貴方様がここに?」

 思わず一歩、後退る。何故なら、目の前にいるのが不自然な人物が、そこに立っていたからだ。

 修道長に建物の中を一通り案内された後、「着替えなくてもいいので、まずこの修道院の周りや中を、散策してみてください」と言われた。
 暗に早く慣れるように、と言っているのだろう。

 前世の知識でも、修道院の一日は忙しいって聞くし。ここでも『使えない』って言われないためにも頑張らないとね!

 そう意気込みながら、まず気になっていた礼拝堂に足を向けた。ステンドグラスを見たい気持ちもあったが、お祈りを先にしたかったのだ。
 この気持ちをどうか、んでくださいますように。修道院での生活がいいものでありますように、と。

 そしたら、牧師姿のエリクセン殿下が礼拝堂にいたのだ。

「朝、ハイドフェルド邸で見送ってくださったのに」

 どうしてここに居るんですか? クリオはどうしたんですか?

 一気に込み上げてくる疑問を消化できなかったのか、それらが口から出ることはなかった。
 代わりにエリクセン殿下は、いつものように温かい目で私に微笑む。

「それは俺であって俺じゃないんだ」
「どういうこと……ですか?」
「ちょっと長話になるから、こっちに来て話そうか」

 エリクセン殿下はそういうと、私の手を取り、腰に触れる。そう、彼がクリオと婚約する前にしてくれていたエスコートと同じだった。

 あまりにもごく自然にされたので、私は椅子に座るまでそのことに気がつかなかったくらいである。頭が作動していなかったのもあるのだろう。
 それでも、近距離に座られれば、嫌でも気づく。

「あの、ち、近くないですか? それにエスコートだって、エリクセン殿下にはクリオ嬢という婚約者がいるのに、このようなことをするのは、よくないと思います」
「近くもないし、エスコートの方法も間違っていない。俺がここに居る理由も含めて、その誤解を解きたいんだ」
「ご、かい?」
「あぁ。そもそもクリオ嬢と婚約したのは俺じゃない」

 私は驚きのあまり、目をパチパチさせた。それがおかしかったのか、クククッとエリクセン殿下が笑う。

「すまない。しばらく会っていなかったから、もう俺の知るアベリアではなくなっている。そう思っていたから安心したんだ」
「そんなにコロコロ変わるほど、私は器用な人間ではありません」

 思わず拗ねて言うと、さらにおかしそうに笑う。けれどこれは、別にバカにして笑っているわけではない。
 幼い頃から知っているだけに、それだけは分かるのだ。

「うん。そこがアベリアの良いところさ。どんなに成長しても、どんな肩書を手にしても、アベリアだけは決して変わらなかった。心を開いてくれないのは今でも寂しいけど」
「それは……その……」

 本当のことを言えたら、どんなにいいか分からない。けれど、この優しい眼差しが冷たいものに変わるのが怖かった。
 拒絶されるのも。だから、婚約するのが怖かったのだ。

 エリクセン殿下に捨てられたくなかったから。優しいエリクセン殿下が好きだから。

「全部聞いたよ、クリオ嬢から」
「え?」
「ここはゲームの世界なんだってね。そこでの俺は、クリオ嬢と婚約をするために、アベリアに婚約破棄を言い渡して、この修道院に追放するって」

 そう。それがエリクセンルートのED。だからこそ、お父様が修道院へ行けと言ったのが理解できなかった。
 エリクセン殿下と婚約だってしていないのに、何故、乙女ゲーム通りにストーリーが進んでしまったのかと思ったからだ。

「ク、クリオ嬢に聞いたって、え? 何で彼女が知って……まさかっ!」
「やっぱりね。クリオ嬢の言った通りだ。アベリア。君も転生者ってものなんだね」
「クリオ嬢も?」

 感情が追いつかないのか、驚いた顔をしているが、私の手は震えていた。その手をエリクセン殿下が取る。
 まるで、落ち着けとでもいうように、両手で包み込んでくれた。

 幼い頃からのおまじない。効果てき面だから、私たちはよく手を繋いでいた。何処に行く時も、誰と会う時も。

「あぁ。アベリアが、何だっけ凄く腹の立つ言い方をされたんだよね。確か、悪役令嬢だったかな。思わずクリオ嬢に剣を向けちゃったよ」
「ヒ、ヒロインになんてことを!?」

 攻略対象者がまさか、そんなっ!

「だって、俺の可愛いアベリアにそう言うんだよ。失礼じゃないか」
「可愛い? 俺のって?」
「もしかして、ずっと気づいていなかったの? まぁ、ずっと俺の婚約者候補筆頭だったからな。でも、クリオ嬢との婚約にショックを受けてくれていたから、脈ありだと思っていたんだけど……」
「え?」

 また驚くと、エリクセン殿下はいたずらっ子のような顔をした。

「アベリアをぎょしやすいと思っている連中から守るために、候補から外さないようにしていたんだ。本当は候補じゃなくて、婚約者にしたかったんだけど、アベリアはその話をすると、顔を青ざめるから」

 あっ、と私は思い出した。そうだ。幼い頃からエリクセン殿下は、こんな私のどこを気に入ったのか、真っ直ぐ好意をぶつけてきた。
 私は悪役令嬢アベリアの未来を知っているだけに、拒否をするどころか怯えて何もできなかったのだ。嬉しいと思っていても、だ。

「その理由をさ。不本意ながら、クリオ嬢が教えてくれたんだよ。アベリアは転生者で、俺に断罪されることに怯えているんだって。実に心外だったし、怒りを覚えた」
「……申し訳ありません」
「いいよ、謝罪なんて。俺にはすぐに頭を下げないで、って言ったよね」
「はい」

 使えないと言われ続けていた私は、いつの間にか謝り癖がついていた。だから、ご自分には謝るな、と約束させられたのだ。

「それでどう? まだ俺のこと、怖い? もうアベリアを断罪なんてしないし、追放もしないよ。その先に、一緒に来ているんだから」
「そう、それです! どうしてここにいらっしゃるんですか?」
「……つまり、それを先に言わないと、俺の気持ちには答えないつもりか」

 思わず「す……」と言いかけた言葉をのみ込んだ。私は目を閉じて、頷くように頭を前に倒す。

「分かったよ。実は俺には双子の弟がいるんだ」
「え? あっ! 隠しキャラ!」

 何で忘れていたんだろう。エリクセン殿下には、生き別れの弟がいるのだ。双子は不吉だという理由で市井に預けられた弟が。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

一途に愛した1周目は殺されて終わったので、2周目は王子様を嫌いたいのに、なぜか婚約者がヤンデレ化して離してくれません!

夢咲 アメ
恋愛
「君の愛が煩わしいんだ」 婚約者である王太子の冷たい言葉に、私の心は砕け散った。 それから間もなく、私は謎の襲撃者に命を奪われ死んだ――はずだった。 死の間際に見えたのは、絶望に顔を歪ませ、私の名を叫びながら駆け寄る彼の姿。 ​……けれど、次に目を覚ました時、私は18歳の自分に戻っていた。 ​「今世こそ、彼を愛するのを辞めよう」 そう決意して距離を置く私。しかし、1周目であれほど冷酷だった彼は、なぜか焦ったように私を追いかけ、甘い言葉で縛り付けようとしてきて……? ​「どこへ行くつもり? 君が愛してくれるまで、僕は君を離さないよ」 ​不器用すぎて愛を間違えたヤンデレ王子×今世こそ静かに暮らしたい令嬢。 死から始まる、執着愛の二周目が幕を開ける!

悪役令嬢に相応しいエンディング

無色
恋愛
 月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。  ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。  さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。  ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。  だが彼らは愚かにも知らなかった。  ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。  そして、待ち受けるエンディングを。

婚約破棄の、その後は

冬野月子
恋愛
ここが前世で遊んだ乙女ゲームの世界だと思い出したのは、婚約破棄された時だった。 身体も心も傷ついたルーチェは国を出て行くが… 全九話。 「小説家になろう」にも掲載しています。

【完結】悪役令嬢は断罪後、物語の外で微笑む

あめとおと
恋愛
断罪され、国外追放となった悪役令嬢エレノア。 けれど彼女は、泣かなかった。 すべてを失ったはずのその瞬間、彼女を迎えに来たのは、 隣国最大商会の会頭であり、“共犯者”の青年だった。 これは、物語の舞台を降りた悪役令嬢が、 自由と恋、そして本当の幸せを手に入れるまでの、 ざまぁと甘さを少しだけ含んだショートショート。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

処理中です...