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第4話 誰も不幸にならない物語
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「それじゃ、朝、ハイドフェルド邸で見たのは、エリクセン殿下の――……」
「弟のコルラードだよ。クリオ嬢は俺ではなく、コルラードと結婚したい。だけど、貴族としての地位は捨てたくない、と言ってきた」
「コルラード……様は?」
「ずっと俺を恨んでいたようだからね。勿論、王太子の地位を欲していたさ」
乙女ゲーム『今宵の月は美しい?』でもそうだった。コルラードルートは最後、王太子となり……エリクセン殿下は……失脚に追いやられる。
エリクセンルートの追加ストーリーとして用意された隠しキャラだったから、すでにアベリアは断罪された後のこと。
つまり、コルラードルートだけど、少し違う……? いや、私が知らないだけなのかも。
「あの、エリクセン殿下は失脚させられたのですか?」
「混乱しているのは分かるが、アベリア。ハイドフェルド邸の前で会った時、コルラードは本名を明かしたか? 俺の名前でアベリアに向き合っていたはずだけど?」
「そ、そうでした。すみ……いえ、名乗ってはいませんでしたが、私が殿下と呼んでも否定しませんでした」
私が謝るのを咄嗟にやめたからか、エリクセン殿下の手が伸びる。頭に触れると、まるで幼い頃に戻ったかのように、撫でられた。
「クリオ嬢は、アベリアが同じ転生者だと確信して、こういう道を提示してくれたんだ。きっとアベリアは、王太子妃には向かない。ましてや王妃など。それは俺も薄々思っていたから否定はできなかった。すまない」
「いえ、転生前は平民でしたし。この通り引っ込み思案と言いますか、使えない人間なので……」
「っ! 俺はそう思っていない!」
ビクッと体が跳ねた。と同時に、エリクセン殿下の手も止まる。
「悪い。だが、俺は一度たりともそう思ったことはない。それだけは覚えておいてくれ」
「はい」
「俺は失脚しても構わない。が、アベリアが不幸になることも、手放すことも俺にはできなかった。だから、あの二人の要求を呑んだんだ」
「つまり、コルラード様と入れ替わったということですか?」
それ以外、辻褄が合わない。
「そうだ。筋書きとしては、俺とこのまま駆け落ちをして、ここから離れた村でひっそりと暮らすんだ、二人で。嫌か?」
「殿下はよろしいんですか? 私は先ほども言った通り、平民でしたから構いませんが。それに殿下をお支えできるのか、正直自信がありません」
すると、止まっていた手が再び動き出した。しかも、今度はわしゃわしゃと撫でる。
「大丈夫だ。少しずつ、コルラードと入れ替わって、市井には慣れた。仕事も少しだがしたしな。アベリアを養うくらいはできると思っている。と言い切りたいが、クリオ嬢を社交界に連れてきたリダカン伯爵を覚えているか? 魔術師の」
「はい。彼も攻略対象者の一人なので」
「しばらくの間は、リダカン伯爵が援助してくれると言っていた。彼は元々、二人の支援者だったみたいでな。今度はこちらの支援をしてくれるそうだ」
まぁ、と驚いていると、エリクセン殿下の手が下がり、私の頬を撫でる。
「アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢。愛している。もう王太子ではないが、俺と結婚してくれるか?」
「っ! 勿論です」
途端、抱き締められ、そのまま押し倒された。
持っていた鞄は床に落ち、その勢いで中身が飛び出る。そう、クリオから貰った手紙も。
それを私が読んだのは、エリクセン殿下の愛を受け止めた後だった。
誰かに祝福されるわけでもない、誓いの口づけは、それよりも深く長かった。けれどこれから駆け落ちをするのだから、聖母様も許してくれるだろう。
流石にそれ以上は、エリクセン殿下も自重してくれたけど。
それでも私にとっては嬉しかった。好きな人と結ばれる喜び。自分では掴み取れたわけではないけれど、こんな私でも求めてくれるのだから、精一杯、答えたかった。
これから先の不安も、エリクセン殿下……いやエリクセンと共に歩めるのならば。
◇◆◇
アベリア・ハイドフェルド様
このお手紙をいつ頃読まれているでしょうか。
エリクセン殿下から全てを聞いた後だといいのですが……。
そう、私は転生者です。恐らく、アベリア様も同じだと思っているのですが、当たっていますか?
当たっていたら、いえ、当たっていなくても、謝罪させてください。
私はアベリア様を陥れたいとは思っていません。むしろ、仲良くなりたかったんです。
夜会で何度か、助けてくれたのはアベリア様ですよね。
閉じ込められた時、部屋の鍵を開けて叩いてくれたり、ズタズタにされたドレスの横に綺麗なドレスを代わりにと置いてくれたりしてくれたのは、アベリア様だと、エリクセン殿下からお聞きしました。
他にも色々。
本当に、エリクセン殿下から愛されていらっしゃるのがよく分かります。
だから思ったんです。アベリア様も転生者なのではないか、と。本来のアベリア様とは違った動きをされていましたから。
だから今回、このような形を取らせていただきました。誰も不幸にならない方法。
アベリア様も乙女ゲーム『今宵の月は美しい?』をプレイされていたのならご存知の通り、私はコルラードルートを進めていました。
そのEDはアベリア様を始め、エリクセン殿下も不幸になります。けれど、アベリア様の場合はエリクセン殿下から婚約破棄を言い渡された後のお話です。
その前提がない以上、どうにかできるのではないか、と私を始めコルラードとエリクセン殿下を交えて話し合いました。
誰も不幸にならない方法はどれか、と。
それが、この結果です。
お怒りになられたでしょうか。それともお許しくださいますか?
できることなら、同じ転生者として、私はアベリア様と仲良くなりたいです。転生する前のお話や『今宵の月は美しい?』のお話などしたい。
落ち着かれましたら、リダカン伯爵様経由でお手紙をくださると嬉しいです。
クリオ・シュトロブル
◇◆◇
「弟のコルラードだよ。クリオ嬢は俺ではなく、コルラードと結婚したい。だけど、貴族としての地位は捨てたくない、と言ってきた」
「コルラード……様は?」
「ずっと俺を恨んでいたようだからね。勿論、王太子の地位を欲していたさ」
乙女ゲーム『今宵の月は美しい?』でもそうだった。コルラードルートは最後、王太子となり……エリクセン殿下は……失脚に追いやられる。
エリクセンルートの追加ストーリーとして用意された隠しキャラだったから、すでにアベリアは断罪された後のこと。
つまり、コルラードルートだけど、少し違う……? いや、私が知らないだけなのかも。
「あの、エリクセン殿下は失脚させられたのですか?」
「混乱しているのは分かるが、アベリア。ハイドフェルド邸の前で会った時、コルラードは本名を明かしたか? 俺の名前でアベリアに向き合っていたはずだけど?」
「そ、そうでした。すみ……いえ、名乗ってはいませんでしたが、私が殿下と呼んでも否定しませんでした」
私が謝るのを咄嗟にやめたからか、エリクセン殿下の手が伸びる。頭に触れると、まるで幼い頃に戻ったかのように、撫でられた。
「クリオ嬢は、アベリアが同じ転生者だと確信して、こういう道を提示してくれたんだ。きっとアベリアは、王太子妃には向かない。ましてや王妃など。それは俺も薄々思っていたから否定はできなかった。すまない」
「いえ、転生前は平民でしたし。この通り引っ込み思案と言いますか、使えない人間なので……」
「っ! 俺はそう思っていない!」
ビクッと体が跳ねた。と同時に、エリクセン殿下の手も止まる。
「悪い。だが、俺は一度たりともそう思ったことはない。それだけは覚えておいてくれ」
「はい」
「俺は失脚しても構わない。が、アベリアが不幸になることも、手放すことも俺にはできなかった。だから、あの二人の要求を呑んだんだ」
「つまり、コルラード様と入れ替わったということですか?」
それ以外、辻褄が合わない。
「そうだ。筋書きとしては、俺とこのまま駆け落ちをして、ここから離れた村でひっそりと暮らすんだ、二人で。嫌か?」
「殿下はよろしいんですか? 私は先ほども言った通り、平民でしたから構いませんが。それに殿下をお支えできるのか、正直自信がありません」
すると、止まっていた手が再び動き出した。しかも、今度はわしゃわしゃと撫でる。
「大丈夫だ。少しずつ、コルラードと入れ替わって、市井には慣れた。仕事も少しだがしたしな。アベリアを養うくらいはできると思っている。と言い切りたいが、クリオ嬢を社交界に連れてきたリダカン伯爵を覚えているか? 魔術師の」
「はい。彼も攻略対象者の一人なので」
「しばらくの間は、リダカン伯爵が援助してくれると言っていた。彼は元々、二人の支援者だったみたいでな。今度はこちらの支援をしてくれるそうだ」
まぁ、と驚いていると、エリクセン殿下の手が下がり、私の頬を撫でる。
「アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢。愛している。もう王太子ではないが、俺と結婚してくれるか?」
「っ! 勿論です」
途端、抱き締められ、そのまま押し倒された。
持っていた鞄は床に落ち、その勢いで中身が飛び出る。そう、クリオから貰った手紙も。
それを私が読んだのは、エリクセン殿下の愛を受け止めた後だった。
誰かに祝福されるわけでもない、誓いの口づけは、それよりも深く長かった。けれどこれから駆け落ちをするのだから、聖母様も許してくれるだろう。
流石にそれ以上は、エリクセン殿下も自重してくれたけど。
それでも私にとっては嬉しかった。好きな人と結ばれる喜び。自分では掴み取れたわけではないけれど、こんな私でも求めてくれるのだから、精一杯、答えたかった。
これから先の不安も、エリクセン殿下……いやエリクセンと共に歩めるのならば。
◇◆◇
アベリア・ハイドフェルド様
このお手紙をいつ頃読まれているでしょうか。
エリクセン殿下から全てを聞いた後だといいのですが……。
そう、私は転生者です。恐らく、アベリア様も同じだと思っているのですが、当たっていますか?
当たっていたら、いえ、当たっていなくても、謝罪させてください。
私はアベリア様を陥れたいとは思っていません。むしろ、仲良くなりたかったんです。
夜会で何度か、助けてくれたのはアベリア様ですよね。
閉じ込められた時、部屋の鍵を開けて叩いてくれたり、ズタズタにされたドレスの横に綺麗なドレスを代わりにと置いてくれたりしてくれたのは、アベリア様だと、エリクセン殿下からお聞きしました。
他にも色々。
本当に、エリクセン殿下から愛されていらっしゃるのがよく分かります。
だから思ったんです。アベリア様も転生者なのではないか、と。本来のアベリア様とは違った動きをされていましたから。
だから今回、このような形を取らせていただきました。誰も不幸にならない方法。
アベリア様も乙女ゲーム『今宵の月は美しい?』をプレイされていたのならご存知の通り、私はコルラードルートを進めていました。
そのEDはアベリア様を始め、エリクセン殿下も不幸になります。けれど、アベリア様の場合はエリクセン殿下から婚約破棄を言い渡された後のお話です。
その前提がない以上、どうにかできるのではないか、と私を始めコルラードとエリクセン殿下を交えて話し合いました。
誰も不幸にならない方法はどれか、と。
それが、この結果です。
お怒りになられたでしょうか。それともお許しくださいますか?
できることなら、同じ転生者として、私はアベリア様と仲良くなりたいです。転生する前のお話や『今宵の月は美しい?』のお話などしたい。
落ち着かれましたら、リダカン伯爵様経由でお手紙をくださると嬉しいです。
クリオ・シュトロブル
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