人形にされた伯爵令嬢~時を紡ぐ愛と家族~

有木珠乃

文字の大きさ
23 / 43
第4章 過去と未来

第23話 注文とライバル?

しおりを挟む
「ブリットさん!」

 ユベールは慌てて、ブリットと呼んだ女性の手から私を奪い取った。

「この人形は売り物ではありません! 確認もなしに、話を進めないでください」
「あら、それは残念ね。でも、こんな場所に人形を連れて来るユベールくんも悪いのよ。ここには注文と納品のみ。着飾った人形を見れば、誰だって勘ぐるものよ。違うかしら」

 確かに。ブリットの言う通りだ。しかし、ユベールは私を鞄から出したわけじゃない。だから、筋違いではあるんだけど……。

 何せ相手は取引先の人間。ユベールとて、無下むげにするわけにはいかないだろう。

「ですが、この人形はお祖父様と縁があるものでして。最近、ようやく見つけることができたんです」
「お祖父様って確か……英雄の?」
「はい。英雄と呼ばれている方ですが、この人形を探してほしい、という遺言を遺されたんです。父たちは無視していましたが、孫の僕はこの通り、人形にまつわる仕事をしていますから。これも縁だと思って探したんです」
「まぁ、そうだったの」

 苦労したのね、とユベールの演技も相まって、ブリットは感激していた。けれどここで終わらせないのがユベールだった。

「だから、再び失わないように連れて来てしまった、というわけなんです。申し訳ありません」

 お涙頂戴を演技しながらも、言葉の端々に「大事なんだから買い取るとか戯言をぬかすんじゃねぇよ」という幻聴が聞こえるようで、少しだけいたたまれない気持ちになった。

 けれど幸いにも、ブリットには聞こえていないようだった。説得力抜群の言葉に頷き、私を見て「良かったわね」とハンカチに目を当てていたのだ。

 大人たち相手に仕事をする、ユベールなりの処世術なのだろう。私はその才能に驚きを隠せなかった。勿論、懸命に人形を装いながら。

「そんな事情があったなんてね。英雄も、ユベールくんと同じようにお裁縫が得意だったのかしら」
「さぁ、父からは何も……」
「大丈夫よ。ちょっと興味本位で聞いたことだったから」

 そういえば、私も知らない。ヴィクトル様の趣味を……。

「はい、次の注文と材料。あと、これ何だけど……ユベールくん、引き受ける? 嫌ならウチの仕事で忙しいからって言っておくけど」
「……いえ、僕もそろそろ精算したいところだったので、構いません。ラシンナ商会の後ろ盾がなくなっても、ブリットさんたちから仕事をもらえるので」
「一応、何かあったら口添えはしてあげるから、後腐れがないようにね」
「はい」

 ラシンナ商会? 精算? 後腐れ?

 二人が何を言っているのか、分からなかった。が、その一時間後。私は嫌でも思い知ることになる。ユベールが精算したい、といった理由が……。


 ***


 再び鞄の中に入れられた私は、ホッと息をつく。しかし油断をするにはまだ、早かった。何せ、もう一箇所、寄る所があるのだ。

「できれば荷物を持ったまま、行きたいんだけど、いい?」

 コン!

「ちょっと変な……いや、困ったお客様だから、忙しいって言って早めに切り上げたいんだ」

 コンコン!

「え? ダメ?」

 コンコン。

「違うの? う~ん。やっぱりこれだと難しいな」

 確かに。私ができるのは、鞄を叩くことのみ。それも二種類しかないのだ。
 さっきだって、私はただ、困ったお客様でも真摯に対応して、という意味で二回叩いたんだけど……全く伝わらない。

「本当に難しい」

 溜め息と一緒に声が漏れた。幸いにも、商店街のざわめき声で、私の小さな声は掻き消されていたらしい。ユベールからお咎めがなかったのが、その証拠だった。が、その数分後。

「もうそろそろ着くから、静かにね」

 たしなめられた。

「っ!」

 もしかして、聞こえていたの!?

 私は慌てで鞄を何度も叩いた。何で注意してくれなかったのよ、とはさすがに言えなくて。その代わりに。するとユベールは、鞄を優しく撫で始めた。
 まるで私を宥めるようにゆっくりと。けれど私の羞恥は、すぐに納まらなかった。

「やぁ、ユベールくん。待っていたよ。といっても娘の方だがね」

 そうこうしている内に、どうやら目的地に着いたらしい。知らない男の人の声が聞こえてきた。
 とても申し訳無さそうな声で、逆にいたたまれない気持ちなる。それはユベールも感じたようだった。

「すみません」
「いいんだよ。所詮しょせん、シビルの我が儘なのは私も知っているし、ユベールくんもその気がないこともね」
「すみません」

 ユベールの声のトーンが下がる。けれど相手の男の人は皮肉など言っていない。むしろ、謝罪に近いニュアンスだった。

 シビルとは……娘さんのお名前かしら。

「まぁ、とにかく上がってくれ。シビルを呼んでくるから」
「ありがとうございます」

 遠ざかっていく音と共に、段々と近づいてくる小走りの音。後者の音は、どこか軽やかに聞こえた。

「ユベール! ようやく来てくれた。ずっと待っていたんだからね!」
「ごめん」
「ブリットさんにちゃんと頼んだのか、お父様に聞いても「頼んだ」の一点張りだし。ブリットさんのところへ行こうとしたら――……」
「行ったのか!」

 驚くユベールの大きな声に、体がビクッとなる。思わず口に出ていないか心配になり、両手で塞いだ。

「代わりにお母様が、ね」
「……はぁ。僕も暇じゃないんだ。頻繁にブリットさんのお店に行けるわけがないのは知っているだろう?」
「だから、あんな辺鄙へんぴなところじゃなくて、ウチに住めばいいって言っているじゃない」
「あそこは父さんと母さんの思い出が詰まっている家なんだ。別のところになんて……簡単に言わないでくれ」

 言葉の端々に怒りの感情が垣間見える。一応、抑えているのだろうけれど……聞いているだけで、息苦しくなった。

 自分に向けられていなくても、使用人たちから受けていた精神的攻撃を思い出したからだ。私はグッと唇を結んだ。

「もう二年も経っているのに、女々しいわね」
「……分からないのならそれはそれで構わないよ。だけど、それでご主人と女将さんに迷惑をかけるのはやめてくれ。本当はシビルの依頼も、これで最後にしたいんだ」
「えっ! そんなの困るわ。ユベールに来てもらえなくなるのは」
「困るのは僕の方だよ。ほら、忙しいんだから要件を早く言ってくれ」

 近くで荷物が持ち上げられる音がした。忙しいアピールをしたい、とユベールが言っていたから、これはそれなのだろう。

「分かったわ。ちょっと待ってて」

 相手が溜め息を吐いた後、その場を離れたらしい。ユベールもまた溜め息を吐く。こちらは少しだけ長かった。

「はい、これ。内容はいつも通り、中に入っているわ」
「うん。確かに。それじゃ、僕はこれで」
「あっ、待って、ユベール!」

 相手の悲痛な叫びなど意に介さずに、ユベールは歩き出す。本当に迷惑をしているのが、手に取るように分かる素っ気ない態度で。

 そんな、初めて見るユベールの冷たい姿に、婚約破棄を言い渡した時のヴィクトル様の姿が一瞬だけ思い浮かんだ。

 きっと、今のユベールを見たら重ねてしまうんだろうな、と思いながら。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

とんでもない侯爵に嫁がされた女流作家の伯爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
面食いで愛人のいる侯爵に伯爵令嬢であり女流作家のアンリが身を守るため変装して嫁いだが、その後、王弟殿下と知り合って・・

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

公爵夫人の気ままな家出冒険記〜「自由」を真に受けた妻を、夫は今日も追いかける〜

平山和人
恋愛
王国宰相の地位を持つ公爵ルカと結婚して五年。元子爵令嬢のフィリアは、多忙な夫の言葉「君は自由に生きていい」を真に受け、家事に専々と引きこもる生活を卒業し、突如として身一つで冒険者になることを決意する。 レベル1の治癒士として街のギルドに登録し、初めての冒険に胸を躍らせるフィリアだったが、その背後では、妻の「自由」が離婚と誤解したルカが激怒。「私から逃げられると思うな!」と誤解と執着にまみれた激情を露わにし、国政を放り出し、精鋭を率いて妻を連れ戻すための追跡を開始する。 冒険者として順調に(時に波乱万丈に)依頼をこなすフィリアと、彼女が起こした騒動の後始末をしつつ、鬼のような形相で迫るルカ。これは、「自由」を巡る夫婦のすれ違いを描いた、異世界溺愛追跡ファンタジーである。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

処理中です...