対話体小説 小話集

藤原 てるてる

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二話   色街での、あの世話し

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あの世は、あるんかい、ないんかい。
あると言えばある。いや、ないと言えばない。あるようでない、ないようである。
これは禅問答に似て来やしないんかい。わけわからんわ。
わかるようでわからず、わからないようでわかる。もしや、この世あの世は紙一重やも。

夢か幻か、物語を一つ。時代は明治の始め、所は江戸改め東京の四ツ谷。
色街は改元があろうがなかろうが、男と女の睦ごとは永遠なり。
ここに、登場人物あり。薩摩の若ぞう、名を菊一と言う。
相手方は、土佐からの流れ者でサヨとな、夜鷹あがりの五十路や。
二人仲良く蓮の上で、観音様にお目道理した後の話やで……

菊一「いやー、ほんのこて、おはんに会えてよかごわした」
  「行ったり来たりと、うろちょろしてた甲斐がありもうした」
  「名残り惜しいけんど、わいは行かねばなんね。また、お会いしましょう」
サヨ「なんや、帰るっち、朝までいたらええっち、また、あっためてんか」
菊一「わいも、そいは山々だけんど、ほかのおなごの分がありもうす」
  「男は辛いごわす。女にはわかりはしもはんど。また、来ますよって」
サヨ「あんた、じゃ、こいはどげんや。閨での、夜更け話しでええき、いてな」
  「銭の為なら朝まで言うやろ、でもそうじゃないき、あんた、めんこいがよ」
  「出すんはちょっとでええき、そんかわり、話だけやで、ええな」
菊一「そいは、まるで団子屋に入って、食べずに帰るんに似てもうそう」
  「だども、そいは大砲やすめにはなるごわすな。あい、わかりもうした」
サヨ「暴れたくなったら、そん時は、銭やきな、ええな……」

夜風は生ぬるい、菊一どんの腕枕で、サヨさんは娘に戻ったようだった。
親子みたいに歳が違っていても、色街の男と女、何にだってなれる。
まして明治になったばかり、江戸の香りぷんぷんや、ええ匂いや。
さあ、どげな夜話しになったんかのう……

菊一「おいどんは、なあ、遊びまくっておるんは、訳があるごわす」
  「あんまこと、長生きしなか予感がありもうす、せやからで」
サヨ「ええちっ、そげなこと。こう思えばええき、あの世でも狂ったええ」
菊一「そいは、あの世でも、女がいるってことでごわすな」
  「なら、何も急ぎ打ちせんでも、よかごわす。あの世はあるんかい」
サヨ「ある、あるよってな、昔から猫、キツネ、狸は化けるやないけ、あるっち」
  「そいどころか、蛇は大蛇になって祟るでないんかえ、恐か」
  「ましてな、女は般若や夜叉んなってでも、男に仕返しするっちゅうが」
菊一「てことは、あの世はある思うて女は大事にせんと、いかんごわすな」
  「あ、待てよ、人、猫、キツネ、狸、蛇には、あの世あるにしてもだども」
  「アブ、ブヨ、蚊、蜂、蝶々、蛾にもありもうそか?」
サヨ「あるがぜよ、生きとし生けるもんは全部繋ごうてるき」
菊一「そうでごわすか、そいでんやったら、みみずはどげなですやろ」
サヨ「あるに決まっちゅうが、蛙、イモリ、蛇、モグラなんかの役にたっちゅうに」
菊一「みみずにも、あの世あるかいのう、みみずにもやろ、みみずが、みみず……」
サヨ「あ兄さんや、みみずみみず言ったらいかんがぜよ、男にはわからんき」
  「そげに言うたらの、あていのみみずが暴れ出すがよ、手に負えんがきな」
菊一「あっ、こいはこいは、すんもはんの。とんだあの世話しになてもうた」
  「朝まで、大人なしゅうして寝るごわす。お休みなさいの……」
サヨ「なんちないわ、もうええが、あていも寝るわいな、ふん……」


あくる朝、菊一はお約束と言っていいのか、おかわり砲をぶってから宿を後にした。
女に火付けてしまってからに、そんで寝てもうたんや、それじゃいけん。
サヨはしずしずと見送った。付け銭なしでのう。

あの世はあるんかい、ないんかい……
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