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茹でダコについて

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俺に手をひっぱられている彼女は、欲しそうだけど不安が混じった顔をしていた。


おそるおそる部屋に上がる彼女に、俺はすぐさま後ろから抱きつく。「えっ、えっ、」と困惑しまくってる。


腕にすっぽり入るぴったりサイズ。茹でダコみたいな顔してた。
「ごめんね・・・顔見ないで・・・。」
「なんでなんで」
「いや、ブスでしょ、私。」
「かわいいよ」
まだ言うか。

ギューギュー抱きしめて、くんくん匂いを嗅いだ。塚本さんはお菓子みたいな匂いがしておいしそうだ。覆いかぶさって、そっとキスをする。ゆっくりついばむようなキスですら、彼女は慣れてなさそうだった。
パーカーの裾から手をもぐり込ませようとしたところで、突然、彼女の顔が真っ赤から、真っ青になる。

身体も強張っている。


「ごめん。急ぎすぎた」
「違うの、前原君は悪くないの。」
「いや、俺が、急ぎすぎたんだよ」
「・・・。」
「まだ抱っこしてていい?」
「うん・・・。」


目をつぶり息を潜めている。長い沈黙のあと、塚本さんは顔を青ざめたまま「二度目なの。」と小さく言った。
俺が返事に困っていると、「したことがないのと同然で。」と言った。


経験が少ないことを恥じているのか?それとも処女じゃないこと?正直、どちらも気にならない。
だけど、1回しかしたことないなら、あまり良い思い出にも聞こえない。二人目ではなく二度目という言葉も気にくわない。


「彼氏と風呂に入ったことありますか?」
「・・・無い。」
「じゃあ入りましょう。俺が初めてですよね?」
「うん・・・」
彼女はホッとしたのか、微笑んだ。


しかし風呂は、なかなか大変だった。
先に入って待ってたら、ぜんぜん来ない。俺が茹でダコになってしまう。
裸で「塚本さん?」と呼びに行ったら「ヒイッ!」と叫ばれた。それでもなんとか全部脱がせて、連れこんだらギュッと目をつぶっている。
「塚本さん!目を開けて!」と言っても「む、ムリ!」と言ってさらにギュッと顔にしわを寄せている。
「俺の好きに洗いますからね!」と身体を触ると「キャーッ!」と叫び声が響いた。


どうどう言いながら、抱きしめたり、おでこやこめかみをキスしていたら、彼女はだんだん落ち着いてきて、身体の強張りがとけていった。


「どうどうって・・・私、暴れ馬みたいだった?」
彼女が笑った。
「どっちかっていうと産まれたての子鹿ですね。ぷるぷるしてました」
「ごめんね・・・」


狭い湯船にギューギュー詰めの俺たち。
すぐに暑くなって、最後に1回キスをして、二人の初めての風呂は早々に終わった。


結局、きちんと服を着て、ベッドで並んでぐったりする。

「風呂場、狭くてすみません。でも風呂掃除しといてよかった・・・」
「うん、すごく綺麗にしてるんだね。」
「・・・まあ、今日は、塚本さんを連れこもうと半分計画してましたから」

塚本さんが笑った。
「引いてくれていいけど、私も今日は毛の処理してきた・・・」

今度は俺が目を丸くする。

「でも、だからって、デブはどうにもならないな、って今さら気づいて!」
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