都市伝説の兄妹は、いずれ最強の伝説になる

進藤 樹

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第一話 都市伝説の兄妹は、人を助ける

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 まだ冬の底冷えが激しい二月上旬。大通りの交差点で、男性の苦しげな悲鳴が響いた。すかさず、詰め襟の制服を着た少年――星埜重護ほしのじゅうごは顔を上げる。
 七階建てのビルの外壁からだ。清掃業者の中年男性が、窓掃除用のゴンドラから垂れた命綱で振り子のように揺れているではないか。
 意識を失っているのか、だらんと下がった四肢は慣性で振り回されるばかり。左腕には遠目からでもわかるほどの裂傷があり、血が腕から指へと伝ってボタボタと地面へ振り飛ばされていく。
 通行人たちが悲鳴を上げてパニックになる中、その中の一人が少しずれた方向を指で示した。

「カラスの魔鳥だ、デカいぞッ!」

 翼幅三メートルはありそうな真っ黒い鳥が、翼を広げて上昇している。

「逃げろぉォォ!」

 誰もが興奮に目を見開いて、近くの建物の中へドタドタと飛び込んでいく。
 どうやら、あの清掃員のおじさんは、不幸にもカラスに餌として目をつけられてしまったらしい。カラスの嘴は太陽光を受けて朱く光っている。

朔夜さくや、仕事だ」

 重護が音になるかならないかの声量で呟くと、頭の中に高い少女の声が響いた。

〈お兄ちゃん、また? もう、ここんとこ毎日のように遭遇してるよね〉
「魔獣の人食らいなんて毎日どっかしらで起きてるだろ。ましてやカラスなんて日常茶飯事だ。ひとまず、あのおじさん救うぞ。ポルターガイスト、この距離でいけるか?」
〈もちろん〉

 重護はビルの窓掃除用のゴンドラへ手を向けた。すると、ぶらぶらと揺れていた清掃員の男性が、ふわりと舞い上がってゴンドラの中へと納められる。等速で動いたその雰囲気は、超常現象染みていた。
 それから重護はひとまず身を隠せそうなところを探す。身を隠すと言っても、見られたくないのはカラスにではない。他の人たちに、だ。
 すぐに自動販売機の影に駆け込み、誰にも見られていないことを確認する。

「やるぞ、レゾナンス」
〈朝っぱらっから貧血になっても知らないからね。禍魂まがたまは?〉
「この後入試だからな……使わなくても勝てるだろ」
〈じゃあ出さないからね〉

 重護の全身から少し血液が抜けて、脳にすっと冷えた感覚が奔る。
 次の瞬間には、重護の外見がすっかり変わっていた。
 少し日に焼けた健康的な肌の色素は透き通るような白に見えるほどに抜け、耳の上部が尖るように伸びる。
 ツンツンと毛先が立った黒髪のスポーツ刈りは、一気にプラチナブロンドの輝きに染まった。
 鋭い目つきの三白眼はそのままに、しかし一見美形の少年と思える人相になる。

「やべ、今日は制服じゃんか」

 詰め襟の首と胸元、そして背負ったスクールバッグには、京都市立西京東中学校の校章がハッキリと刺繍されている。

〈じゃあ、今日も姿消してやる感じ?〉
「ああ、頼む」
〈え~。お兄ちゃんの完全霊体化って、魔力使うからホントお腹空くんだけど……〉
「途中でコンビニ寄ってくからさ」

 文句を垂れる妹に努めて明るく言ってやると、朔夜はすかさず「アイス」と要求してくる。はいはい、と返事をすれば、ようやく完全霊体化の魔法を発動してくれた。
 重護の視界から、自分の手足が視えなくなる。

「よし、いくぞ!」

 自販機の影から飛び出す。朝日に照らされるが影は浮かばない。

「クァアアアアアッ!」

 大型のカラスは、今まさに鋭い爪を立ててゴンドラに飛び込もうとするところ。

「朔夜、雷閃ッ!」

 重護が咄嗟に人差し指を向けると、その指先から黄色い閃光が迸る。途中ジグザグに角度をつけながらも超高速で伸びた電撃は、見事にカラスに的中した。
 短い悲鳴を上げたカラスが痙攣し、ゴンドラの真下を通って墜落していく。

「ナイス朔夜!」
〈ダメ、危ない!〉

 カラスの墜落した先に、柴犬の散歩をしていた若い女性がいる! 柴犬はわんわんと吼えているが、女性は怯えて足が竦んでしまっていた。

「やべっ……! くそ、とめるぞッ!」

 重護は一目散に駆け出した。車道へ飛び出すとタイミング悪く車両が肉薄、しかし重護は無視して走る。運転手もクラクションを鳴らすことなく青信号へと進入、そのまま重護の体をすり抜け、真っ直ぐ進んでいった。
 重護もそのまま不可視の圧力に背中を押されて直線に急加速。勢いを殺さぬように足を動かし、女性の目の前でブレーキをかける!
 女性に背を向け、カラスの方へ腕を伸ばす。
 墜ちてきたカラスはもう数メートルという距離まで迫っていた。カラスの殺意が圧となって重護の肝を冷やす。しかし刹那、カラスはピタリと制止して、宙に留まった。

「た、助かった……の?」

 リードを握った女性が震えた声を発するのと、重護が腕を下へ振り下ろすのがほぼ同時。
 不自然に空中で固まっていたカラスは、重護の腕に導かれるように、アスファルトに舗装された地面へと叩きつけられた。地面に亀裂が走る。

「きゃっ」

 女性の手からリードが離れる。瞬間、首輪から紐をたなびかせて、柴犬がカラスとは少しずれた方向へギャンギャンと吠え立てる。――まさにその位置に、姿を消した重護がいるのだ。
 今度は女性ではなく、重護が足を竦める番だった。

「い、犬ぅ……っ」
〈お兄ちゃん、やっぱりまだ犬ダメなんだ……いい加減克服しなよ〉
「克服って、簡単に言うな! くそ、なんでこの犬俺の姿が視えるんだ、しっし!」

 ちゃんと見れば、柴犬の焦点は重護に定まっているわけではない。きっと視えているわけではなく、野生の勘が疼いているだけなのだろう。
 慌てて距離を取ろうとする重護だったが、一歩足を引いた瞬間身体が動かなくなった。
 それどころか、自分の姿が見えるようになる。ただし、制服を着た重護の身体ではなく、十歳ほどの少女の身体で、服は市販されているパーカーとジーンズという恰好だ。もっとも、尖った耳とプラチナブロンドの髪色は変わらず、髪の長さだけ腰まで勢いよく伸びた。

「おー、わたしのことが視えるのかー。よしよし偉いぞ~」
〈おい朔夜、俺の身体を乗っ取るんじゃねぇ!〉

 重護は声を大にして叫ぶが、音として響く感触はない。逆に、今度は朔夜の発する幼げな声が、喉を、鼓膜を、空気を震わせる。

「え~、別にいいじゃんちょっとくらい可愛がったって。いいですよねぇ飼い主さん?」

 朔夜が重護の手を動かして柴犬を撫でると、柴犬はすぐに心を許して委ねてくれた。

「え、ええ……。え……?」

 飼い主の女性は、突如として姿を現した耳の尖った金髪の少女に戸惑ったまま、こくこくと頷いた。

〈あんまり我儘が過ぎるとおやつ抜きにするぞ……!〉

 おやつがそんなに大事なのか、朔夜の動きがピタリと止まる。

「むぅ、しょうがないな……」

 朔夜は女性にぺこりと会釈すると、そのまますっと姿を消す。そして身体の操作権を重護に返還した。
 重護は急いで車道を横断。やはり走行中の車はもちろん他の歩行者も全く重護に気付く気配はない。そのまま自販機の裏手へ回る。

「いいぞ、解除して」
〈は~い〉

 長く尖った耳が元に戻り、プラチナブロンドの長髪も黒髪のスポーツ刈りに元通り。スクールバッグを回収して何食わぬ顔で歩道に出た重護は、あたかも他の通行人のように知らぬ存ぜぬの態度で目的の駅へと歩を進めた。
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