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第八話 都市伝説の兄妹は、悪夢を見る
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――重護は、忌まわしき夢を見ていた。
五年前、克魔二五年三月九日。敷地を囲うように背の高い常葉樹が並ぶ公園は、日曜日ということもあってちらほらと散歩する人々がいる。
季節は冬だ。三月に入って気温は多少温かくなってきたが、新京都の冬は底冷えがひどい。それは毎年のことなので、誰もがわかっていたことだが。
それでも重護たち星埜家が一家総出で遊びに来たのは、今日の主賓、十歳の誕生日を迎える朔夜がここを希望したからだ。
「朔夜、レストランとかでもよかったんだぞ?」
マフラーに包まれた喉から寒そうに声を震わせて、父の上弦が声をかける。
普段なら鍛え上げられた肉体が服を着てなお主張するのだが、さすがにダウンジャケットに手袋に耳当てに……と着込めばただの大男だ。抗魔官という、魔力災害や人間を餌にする魔獣から市民を守る仕事をしている彼も、冬の寒さにはそこまで強くない。
「ママのお弁当でピクニックがしたかったの!」
季節外れのわがままを唱えるプラチナブロンドの髪は、この寒空の下であってもさらさらと柔らかく静電気すら受け付けない。尖った耳は惜しげもなく外気に晒され、しかしさすがに寒いのか少し先端がピンクに色づいていた。それでも、彼女は父親に比べれば薄着である。袖口にファーのついた真っ赤なコートを纏っているくらいで、手袋も、耳当ても、マフラーもしていない。
「ったく、だったら家でやろうぜ? ヒーターとコタツつけてよ……」
朔夜より一つ年上の重護は、父そっくりの重装備でバスケットを提げていた。そんな重護の呟く声を聞いた瞬間、朔夜がしゅん、と肩を落とす。
「お兄ちゃんがそう言うなら……帰る」
「えっ、いや……! あー、でもここんとこずっと家で鍋ばっか食ってたからな~! やっぱこういう時でもないとほかのモノ食えないしな~!」
手の平を返してわざとらしく声を上げると、朔夜は上目遣いに「ほんと?」と重護の機嫌を伺った。
ほんとほんと! と必死に取り繕う重護の頭に手を置いたのは、母の美月だ。
「くすくす。朔夜はなんでこうお兄ちゃんにばかり懐いてるのかしらね」
白い肌と長い黒髪。胸はふくよかに膨らんでいて、幻想的な紫色のダッフルコートもよく似合っている。
「ママ聞いて! お兄ちゃんはかっこいいんだよ! 昨日もね、小学校でいじめてくる男子から守ってくれたの!」
朔夜は両腕をブンブン振って、興奮気味な早口で語った。
「尖ってるわたしの耳のこと、悪く言うなって!」
「あらあら、そんなことがあったの?」
重護は微笑む母親の笑みを向けられて、照れを隠すようにそっぽを向いた。
「ふん、知らねーよあんな奴ら」
そんな重護の反応を見て、美月の瞳がゆっくりと揺れる。
「なんだか、お父さんに似てきたわね」
「パパ? どこが? 寒がりなとこ? お部屋散らかしっぱなしにするとこ?」
「そうねぇ、あとニンジンが嫌いなところとかもあったわねぇ。それとよくモノを壊すし、怪我も多いし、いつも無駄に意地張ってるし……」
これには上弦も居心地悪く目を背ける。
「……もっと明るい話をしないか、母さん……」
「あらやだ、そうだったわ」
四人分の紙コップを出して、水筒のお茶を注ぎながら美月は話を戻す。
「お父さんもね、昔お母さんのこと守ってくれてたのよ」
「ママもいじめられてたの……?」
「そんな感じ。フフ、抗魔官ですからって、死ぬかもしれないのにかっこつけちゃって」
心配そうに見上げる朔夜の顔を美月が優しく撫でる。重護もまだ子供だ、少しそれが羨ましいと感じて、自己アピールに乗り出した。
「はいはい! 俺も父ちゃんみたいに現人神々やっつける抗魔官になる!」
「アラビトカミガミ?」
朔夜がきょとんと首を傾げる中、上弦はほう、と目を見開いた。どことなく張り詰めたような表情をしながらも、口調は穏やかなまま、「重護、お前よく知ってるな」と言う。
「この間、親父のこと調べてたら出てきたんだよ」
最近、小学校で将来の夢について考える授業があって、なりたい職業のことを調べる機会があったのだ。
この時の重護は、たまにテレビで名前が挙がる父親の上弦に憧れ、抗魔官を目指していた。
「抗魔官には二種類あって、魔獣や魔人と戦う人たちと、魔導犯罪を捜査する人たちに分かれるんだろ? 親父は魔導犯罪を捜査する方で、昔から現人神々って悪い奴らを調べてる……って」
朔夜が強く重護の袖を引っ張りながら、説明を求める。
「ねーねー、粗挽き神々ってなぁにー? ソーセージ?」
「粗挽きじゃなくて、現人な。現人神々。あれだろ、魔人の力を制御して世界征服しようっていう悪い奴ら。こないだ炎竜ドレイカの竜鱗を百枚も盗んだとかで、父ちゃんたちに捕まったってテレビでやってたじゃんか」
「世界征服なんて考えているかどうかは怪しいが……まあ、禁忌である魔人を崇拝する奴らであることは間違いないな」
「ふーん」
朔夜はどうにも理解したのか怪しい返事をした。もっとも、話の流れとして大事なのは現人神々がどんな組織なのかということではない。
「じゃあママは、パパが守ってくれたから結婚したんだ!」
急に話題が戻ったが、朔夜の中では繋がっているらしい。
「そ、そうね……」
ストレートに要約されて、美月は照れたように認める。
「じゃあわたしも、お兄ちゃんと一緒に抗魔官になる!」
「は? なんでだよ、弱いヤツにはれねーぞ」
「な! る! の! 今度はわたしがお兄ちゃんみたいに皆を守るの!」
どうやら朔夜は、兄の重護の背中をどこまで追いかけたくて仕方が無いようだ。
「じゃあまずは朔夜がいじめっこ撃退できるようになんなきゃじゃねーの?」
重護は特に気にも留めず言い放ったが、その内容と突き放すような雰囲気が、朔夜にとってはよほどショックだったらしい。
「そ、それは……あ、あぁ……」
朔夜の瞳に大粒の涙が溜まっていく。ひぐっ、ひぐっと嗚咽を始める朔夜に気付いて、重護はもはや慣れた様子であやす準備に入った。
いつものことだ。そう思っていたが、予想外な事態に発展する。
ボゥ! ――青白い光が、突如として朔夜を包んだのだ。
「朔夜⁉」
「あ、あァアアアァア!」
朔夜は気が動転しているのか、発狂してジタバタと転げ回る。
「父ちゃん、朔夜が!」
「わかっている! 今アレを……重護⁉」
なぜか鞄に手を伸ばした父親の挙動が理解できず、重護は自らジャンパーを脱いだ。
我が身も省みず朔夜をジャンパーで包もうと飛び込む。炎を消す方法は水だけではない、酸素の供給を絶ってしまえばいいと理科の授業で習ったばかりだ。
しかし炎はより青みを強くして、一瞬でジャンパーに延焼。さらに重護すらも燃やそうと炎の勢いを増す。
「二人とも、離れてッ!」
両脚を広げて右腕をピンと伸ばした美月が、その掌から極太の水流を放出する。青白い炎は今度こそ鎮火し、緊張感の余韻が糸を引く。
「朔夜!」
重護は必死に駆け寄って、黒焦げになったジャンパーを剥ぎ――そして、その行動を後悔した。同時に、両親も歯を食いしばる。
「クソッ……遅かったか……!」
とっくに、朔夜は見るも耐えないほどに無残に焼け焦げ、絶命していたのだから。
* * *
「朔夜ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
〈わ、なに⁉ お兄ちゃん⁉〉
突然脳内で朔夜の驚く声がして、重護はハッと我に返る。ちなみに、従魔契約をしていても、憑依していても、夢の内容まで共有することはない。
「夢か……」
やけに圧迫感のある天井だ――と思って、はたと気付く。今視界に広がっているのは天井ではなく、二段ベッドの上段のフレームだ。
「そうだ、俺たち寮に引っ越してきたんだっけ……」
京魔高専は全寮制だ。無事に手続きを済ませて入学式を今日に控えた重護と朔夜は、昨日のうちに五年間暮らすことになる学生寮へとキャリーバッグを引っ張ってきたのだ。
学生寮は男子寮が九棟、女子寮が七棟あり、そこで全校生徒およそ一四〇〇名が共同生活を送っている。
山の中という立地のせいか、学生寮はスケールが様々だ。大型の寮だと二〇〇人規模、小型の寮でも五〇人規模の収容数で、いずれもマンションとホテルを足して二で割ったような外観をしている。
いずれにしても、部屋はすべて二人一組。統一されているのはそれだけで、寮によっては各部屋に冷蔵庫とテレビしかない寮から、シャワールームや洗濯機、ちょっとしたキッチンまで用意された部屋もあり、生活のルールも寮によって様々だ。
重護と朔夜は、中間サイズの男子寮の一室を割り当てられていた。
「そうだよ。もうお兄ちゃんとわたしの同棲生活は始まってるんだからね」
朔夜が重護より年上っぽい茶髪の少女姿で出現する。朔夜のお気に入り、海原小夏だ。
「同棲とは言わねぇ。同居と言え同居と」
「なにが違うの?」
「同棲は恋人として一緒に住む場合のみだ」
「ううぇえ」
朔夜はわざとらしく嫌そうな顔をした。重護だって同じ気分だ。朔夜は大事な妹だが、恋愛対象には絶対になり得ない。
「おまえな……頼むから適当なこと口走って周りの人たちに変な誤解させんなよ?」
実体化可能な背後霊という朔夜の扱いには大人たちが頭を悩ませたようだが、最終的に一人の学生として入学させるという形で落ち着いた。京魔高専ならではの対応だ。
そしてこの二人部屋は、重護と朔夜で使っていくことになる。
「でもこのベッド、二人で寝るにはなかなか狭いね。わたしが実体化したまま寝たい時、横並びに組み替えちゃっていいのかな」
「組み立て式とはいえ工具がいるだろこれ……そもそも、そんなスペースすらないぞ、この細長い部屋……」
手前から奥へと細長く伸びるその部屋は、手前に小さなユニットバスがあって、奥に二段ベッドや二人分の学習机が背中を向け合う形で並ぶ、という配置をしている。学習机の隣にはそれぞれ木製のクローゼットがあり、収納スペースはそこしかない。
居室にはほかに、腰の高さほどしかない冷蔵庫と小型のケトルがあるが、それだけだ。
洗濯機を使いたい時は一階のランドリースペース、電子レンジを使いたい時は寮の食堂まで行く必要があるようだ。
「でも、キッチンないのはちょっと寂しいかな……」
「朝飯も晩飯も基本ついてくるからな……むしろ手間が省けていいと思うが」
「え~、お弁当とか作りたいじゃん」
カーテンを開けると、狭いベランダの向こうに雑木林と碁盤上に広がる新京都の街並みを一望できる。景色はなかなか悪くない。
「ま、住めば都って言うし、そのうち慣れるだろ。つかお前、その見た目だとまた勘違いされるぞ、京魔高専関係者はやめておけ」
「あー……今日からわたしも生徒の一人になったんだもんね。よし、双子って感じでいこ」
入試の日、そのせいで玲奈を驚かせてしまったことを思い出す。朔夜も同様に問題だと気づいたのか、どこか趣が重護に似た、それでいて女子だと明確にわかる姿にチェンジした。
「おお、いいんじゃねーか?」
素の姿だと、どうしても都市伝説の内容と紐づけられてしまう恐れがある。重護としてはどうせなら変身せずに過ごしてほしいという思いもあったが、それで朔夜の学校生活に波風が立たずに済むなら、と目を背けることにした。
学習机に置かれていた、ラミネートされリングにまとめられた複数のA4用紙を手に取る。
画像付きで書かれていたのは、学生寮のルールだった。ランドリールームの使い方や食事の時間、共用エリアの掃除当番などが書かれている。
それを机の上に放って戻し、重護は咳払いして朔夜に向き直った。
「コホン。まあ、なんだ。おはよう朔夜。これから改めてよろしく」
「もう、なんなの? 急に改まったりして……」
「けじめだ、けじめ」
ぶっきらぼうに言い放つと、朔夜も少し気恥ずかしそうに返事する。
「こっちこそ、これからもよろしく」
五年前、克魔二五年三月九日。敷地を囲うように背の高い常葉樹が並ぶ公園は、日曜日ということもあってちらほらと散歩する人々がいる。
季節は冬だ。三月に入って気温は多少温かくなってきたが、新京都の冬は底冷えがひどい。それは毎年のことなので、誰もがわかっていたことだが。
それでも重護たち星埜家が一家総出で遊びに来たのは、今日の主賓、十歳の誕生日を迎える朔夜がここを希望したからだ。
「朔夜、レストランとかでもよかったんだぞ?」
マフラーに包まれた喉から寒そうに声を震わせて、父の上弦が声をかける。
普段なら鍛え上げられた肉体が服を着てなお主張するのだが、さすがにダウンジャケットに手袋に耳当てに……と着込めばただの大男だ。抗魔官という、魔力災害や人間を餌にする魔獣から市民を守る仕事をしている彼も、冬の寒さにはそこまで強くない。
「ママのお弁当でピクニックがしたかったの!」
季節外れのわがままを唱えるプラチナブロンドの髪は、この寒空の下であってもさらさらと柔らかく静電気すら受け付けない。尖った耳は惜しげもなく外気に晒され、しかしさすがに寒いのか少し先端がピンクに色づいていた。それでも、彼女は父親に比べれば薄着である。袖口にファーのついた真っ赤なコートを纏っているくらいで、手袋も、耳当ても、マフラーもしていない。
「ったく、だったら家でやろうぜ? ヒーターとコタツつけてよ……」
朔夜より一つ年上の重護は、父そっくりの重装備でバスケットを提げていた。そんな重護の呟く声を聞いた瞬間、朔夜がしゅん、と肩を落とす。
「お兄ちゃんがそう言うなら……帰る」
「えっ、いや……! あー、でもここんとこずっと家で鍋ばっか食ってたからな~! やっぱこういう時でもないとほかのモノ食えないしな~!」
手の平を返してわざとらしく声を上げると、朔夜は上目遣いに「ほんと?」と重護の機嫌を伺った。
ほんとほんと! と必死に取り繕う重護の頭に手を置いたのは、母の美月だ。
「くすくす。朔夜はなんでこうお兄ちゃんにばかり懐いてるのかしらね」
白い肌と長い黒髪。胸はふくよかに膨らんでいて、幻想的な紫色のダッフルコートもよく似合っている。
「ママ聞いて! お兄ちゃんはかっこいいんだよ! 昨日もね、小学校でいじめてくる男子から守ってくれたの!」
朔夜は両腕をブンブン振って、興奮気味な早口で語った。
「尖ってるわたしの耳のこと、悪く言うなって!」
「あらあら、そんなことがあったの?」
重護は微笑む母親の笑みを向けられて、照れを隠すようにそっぽを向いた。
「ふん、知らねーよあんな奴ら」
そんな重護の反応を見て、美月の瞳がゆっくりと揺れる。
「なんだか、お父さんに似てきたわね」
「パパ? どこが? 寒がりなとこ? お部屋散らかしっぱなしにするとこ?」
「そうねぇ、あとニンジンが嫌いなところとかもあったわねぇ。それとよくモノを壊すし、怪我も多いし、いつも無駄に意地張ってるし……」
これには上弦も居心地悪く目を背ける。
「……もっと明るい話をしないか、母さん……」
「あらやだ、そうだったわ」
四人分の紙コップを出して、水筒のお茶を注ぎながら美月は話を戻す。
「お父さんもね、昔お母さんのこと守ってくれてたのよ」
「ママもいじめられてたの……?」
「そんな感じ。フフ、抗魔官ですからって、死ぬかもしれないのにかっこつけちゃって」
心配そうに見上げる朔夜の顔を美月が優しく撫でる。重護もまだ子供だ、少しそれが羨ましいと感じて、自己アピールに乗り出した。
「はいはい! 俺も父ちゃんみたいに現人神々やっつける抗魔官になる!」
「アラビトカミガミ?」
朔夜がきょとんと首を傾げる中、上弦はほう、と目を見開いた。どことなく張り詰めたような表情をしながらも、口調は穏やかなまま、「重護、お前よく知ってるな」と言う。
「この間、親父のこと調べてたら出てきたんだよ」
最近、小学校で将来の夢について考える授業があって、なりたい職業のことを調べる機会があったのだ。
この時の重護は、たまにテレビで名前が挙がる父親の上弦に憧れ、抗魔官を目指していた。
「抗魔官には二種類あって、魔獣や魔人と戦う人たちと、魔導犯罪を捜査する人たちに分かれるんだろ? 親父は魔導犯罪を捜査する方で、昔から現人神々って悪い奴らを調べてる……って」
朔夜が強く重護の袖を引っ張りながら、説明を求める。
「ねーねー、粗挽き神々ってなぁにー? ソーセージ?」
「粗挽きじゃなくて、現人な。現人神々。あれだろ、魔人の力を制御して世界征服しようっていう悪い奴ら。こないだ炎竜ドレイカの竜鱗を百枚も盗んだとかで、父ちゃんたちに捕まったってテレビでやってたじゃんか」
「世界征服なんて考えているかどうかは怪しいが……まあ、禁忌である魔人を崇拝する奴らであることは間違いないな」
「ふーん」
朔夜はどうにも理解したのか怪しい返事をした。もっとも、話の流れとして大事なのは現人神々がどんな組織なのかということではない。
「じゃあママは、パパが守ってくれたから結婚したんだ!」
急に話題が戻ったが、朔夜の中では繋がっているらしい。
「そ、そうね……」
ストレートに要約されて、美月は照れたように認める。
「じゃあわたしも、お兄ちゃんと一緒に抗魔官になる!」
「は? なんでだよ、弱いヤツにはれねーぞ」
「な! る! の! 今度はわたしがお兄ちゃんみたいに皆を守るの!」
どうやら朔夜は、兄の重護の背中をどこまで追いかけたくて仕方が無いようだ。
「じゃあまずは朔夜がいじめっこ撃退できるようになんなきゃじゃねーの?」
重護は特に気にも留めず言い放ったが、その内容と突き放すような雰囲気が、朔夜にとってはよほどショックだったらしい。
「そ、それは……あ、あぁ……」
朔夜の瞳に大粒の涙が溜まっていく。ひぐっ、ひぐっと嗚咽を始める朔夜に気付いて、重護はもはや慣れた様子であやす準備に入った。
いつものことだ。そう思っていたが、予想外な事態に発展する。
ボゥ! ――青白い光が、突如として朔夜を包んだのだ。
「朔夜⁉」
「あ、あァアアアァア!」
朔夜は気が動転しているのか、発狂してジタバタと転げ回る。
「父ちゃん、朔夜が!」
「わかっている! 今アレを……重護⁉」
なぜか鞄に手を伸ばした父親の挙動が理解できず、重護は自らジャンパーを脱いだ。
我が身も省みず朔夜をジャンパーで包もうと飛び込む。炎を消す方法は水だけではない、酸素の供給を絶ってしまえばいいと理科の授業で習ったばかりだ。
しかし炎はより青みを強くして、一瞬でジャンパーに延焼。さらに重護すらも燃やそうと炎の勢いを増す。
「二人とも、離れてッ!」
両脚を広げて右腕をピンと伸ばした美月が、その掌から極太の水流を放出する。青白い炎は今度こそ鎮火し、緊張感の余韻が糸を引く。
「朔夜!」
重護は必死に駆け寄って、黒焦げになったジャンパーを剥ぎ――そして、その行動を後悔した。同時に、両親も歯を食いしばる。
「クソッ……遅かったか……!」
とっくに、朔夜は見るも耐えないほどに無残に焼け焦げ、絶命していたのだから。
* * *
「朔夜ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
〈わ、なに⁉ お兄ちゃん⁉〉
突然脳内で朔夜の驚く声がして、重護はハッと我に返る。ちなみに、従魔契約をしていても、憑依していても、夢の内容まで共有することはない。
「夢か……」
やけに圧迫感のある天井だ――と思って、はたと気付く。今視界に広がっているのは天井ではなく、二段ベッドの上段のフレームだ。
「そうだ、俺たち寮に引っ越してきたんだっけ……」
京魔高専は全寮制だ。無事に手続きを済ませて入学式を今日に控えた重護と朔夜は、昨日のうちに五年間暮らすことになる学生寮へとキャリーバッグを引っ張ってきたのだ。
学生寮は男子寮が九棟、女子寮が七棟あり、そこで全校生徒およそ一四〇〇名が共同生活を送っている。
山の中という立地のせいか、学生寮はスケールが様々だ。大型の寮だと二〇〇人規模、小型の寮でも五〇人規模の収容数で、いずれもマンションとホテルを足して二で割ったような外観をしている。
いずれにしても、部屋はすべて二人一組。統一されているのはそれだけで、寮によっては各部屋に冷蔵庫とテレビしかない寮から、シャワールームや洗濯機、ちょっとしたキッチンまで用意された部屋もあり、生活のルールも寮によって様々だ。
重護と朔夜は、中間サイズの男子寮の一室を割り当てられていた。
「そうだよ。もうお兄ちゃんとわたしの同棲生活は始まってるんだからね」
朔夜が重護より年上っぽい茶髪の少女姿で出現する。朔夜のお気に入り、海原小夏だ。
「同棲とは言わねぇ。同居と言え同居と」
「なにが違うの?」
「同棲は恋人として一緒に住む場合のみだ」
「ううぇえ」
朔夜はわざとらしく嫌そうな顔をした。重護だって同じ気分だ。朔夜は大事な妹だが、恋愛対象には絶対になり得ない。
「おまえな……頼むから適当なこと口走って周りの人たちに変な誤解させんなよ?」
実体化可能な背後霊という朔夜の扱いには大人たちが頭を悩ませたようだが、最終的に一人の学生として入学させるという形で落ち着いた。京魔高専ならではの対応だ。
そしてこの二人部屋は、重護と朔夜で使っていくことになる。
「でもこのベッド、二人で寝るにはなかなか狭いね。わたしが実体化したまま寝たい時、横並びに組み替えちゃっていいのかな」
「組み立て式とはいえ工具がいるだろこれ……そもそも、そんなスペースすらないぞ、この細長い部屋……」
手前から奥へと細長く伸びるその部屋は、手前に小さなユニットバスがあって、奥に二段ベッドや二人分の学習机が背中を向け合う形で並ぶ、という配置をしている。学習机の隣にはそれぞれ木製のクローゼットがあり、収納スペースはそこしかない。
居室にはほかに、腰の高さほどしかない冷蔵庫と小型のケトルがあるが、それだけだ。
洗濯機を使いたい時は一階のランドリースペース、電子レンジを使いたい時は寮の食堂まで行く必要があるようだ。
「でも、キッチンないのはちょっと寂しいかな……」
「朝飯も晩飯も基本ついてくるからな……むしろ手間が省けていいと思うが」
「え~、お弁当とか作りたいじゃん」
カーテンを開けると、狭いベランダの向こうに雑木林と碁盤上に広がる新京都の街並みを一望できる。景色はなかなか悪くない。
「ま、住めば都って言うし、そのうち慣れるだろ。つかお前、その見た目だとまた勘違いされるぞ、京魔高専関係者はやめておけ」
「あー……今日からわたしも生徒の一人になったんだもんね。よし、双子って感じでいこ」
入試の日、そのせいで玲奈を驚かせてしまったことを思い出す。朔夜も同様に問題だと気づいたのか、どこか趣が重護に似た、それでいて女子だと明確にわかる姿にチェンジした。
「おお、いいんじゃねーか?」
素の姿だと、どうしても都市伝説の内容と紐づけられてしまう恐れがある。重護としてはどうせなら変身せずに過ごしてほしいという思いもあったが、それで朔夜の学校生活に波風が立たずに済むなら、と目を背けることにした。
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それを机の上に放って戻し、重護は咳払いして朔夜に向き直った。
「コホン。まあ、なんだ。おはよう朔夜。これから改めてよろしく」
「もう、なんなの? 急に改まったりして……」
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