都市伝説の兄妹は、いずれ最強の伝説になる

進藤 樹

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第十一話 都市伝説の兄妹は、襲撃者を知る

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 魔術科の教師によってハルピュイアの拘束がなされた。これでもうハルピュイアが意識を取り戻しても簡単には魔法は使えない。
 人間が魔導反応に頼って起こす魔術は、魔獣や魔人の使う魔法とは比べものにならないほど弱い。魔術用の触媒や魔導具もまた、人間に所持されているだけで魔力を失っていくのだ。
 それでも魔術を行使したり魔導具として機能したりできるのは、ひとえに発動の瞬間に魔力をその場で調達する過程を経るからである。
 拘束系の魔術なんかはその最たる例で、魔術用の魔力はハルピュイアから頂戴してハルピュイアを拘束するわけだ。
 戦闘を終えた重護は、切り傷の手当のために保健室に向かっている。隣には、気絶するほどの一撃を食らった小柄な白衣の少女もいた。

「あの、翅橋はねばし先輩は、もう歩いて平気なんスか?」

 先ほど目の前で気絶するところを見ていた重護としては、すぐに意識を回復させた白衣の少女の快復力が驚異的に見えた。

「う、うん……。結芽先輩の、ロゼさんに……気付けの、魔法……使って、もらった、から」

 ハルピュイアと戦っていた先輩たちとは一通り自己紹介を交わしている。結芽とは薔薇の魔花を従魔にしていた女子生徒だ。ロゼとは、彼女の魔花・ホワイトローズの名前である。
 そして目の前にいる白衣姿の小柄な少女は、魔界科二年の翅橋翡翠と名乗っていた。

「そうだったんスね……」
「う、うん……」

 体育館脇から保健室までの距離はそう遠くないはずなのに、会話が続かない。間が持たない。
 話題を探して彼女に目をやる。その背丈は重護の肩ほどしかない。重護の身長が一七〇センチなので、翡翠は一五〇センチに届くかどうかといったところだろう。朔夜より少し高いくらいの背丈だ。

「…………? えっと?」

 視線を感じたのか、翡翠がぎこちなく反応する。

「ああ、いや、なんていうか――」

 翡翠の左後ろをぴったりとくっつく存在が気になって、重護はそちらに水を向けた。

「存在感がすごいな、と……」

 四本の鉄の足をガチガチと鳴らし、立派な胴体を前に進めるハガネカマキリ。ピンと背筋を伸ばしたその頭部は床から一六〇センチほどに位置し、ほとんど重護と目の高さが変わらない。

「メタ、って、呼んで、あげて?」
「ああ、すみません……改めてよろしく、メタ」

 おっかなびっくり声をかけると、メタはジャキン! と両腕の鎌を擦って広げた。びくりと怯える重護に対し、翡翠が口元に白衣に隠れた手を添えてクスクスと笑う。

「仲良くしてね……って、言ってる、よ」
「そ、そっスか……。魔蟲って、従魔にすると言葉が分かるようになるんスか?」
「ううん……。従魔、に、したから、じゃ、ない……よ? わたし、元々、虫さんたち、の、声が、聞こえる、の」
「えっ」
「わたし、昔から、どんくさくて……幼い頃は、仲間外れに、されてた、の。でも、ね……虫さんたち、は、わたしと、ペースが、合うん、だ……。今じゃ、みんな、から『女王蟲』って、呼ばれて、る……」
「それ、悪口なんじゃ」
「褒め、言葉……だよ」

 翡翠は即答で断言した。

「昔、は、よく……悪口も、言われてた、から。なんとなく、わかる、の、そういうの……。って言っても、伝わら、ない、よね……」
「わかります! とてもよくわかります、翅橋先輩の気持ちっ」

 重護と翡翠の隙間を埋めるようにして、重護と腕をなでるように触れながら朔夜が出現する。
 朔夜にしては珍しく、幻視魔法を使わない素の姿だ。小柄な体躯に、プラチナブロンドの髪と尖った耳。
 急な登場に目を丸くする翡翠へ、朔夜はおずおずとコンプレックスを打ち明けた。

「わたしも生まれつきこんな髪だったので……耳もですけど……」
「わぁ……! わかって、くれる、人が、いて……嬉しい……! 星埜さん、ありがと……!」

 ぱぁぁ、とささやかに表情を明るくする翡翠のことが気に入ったのだろう、朔夜が満足げに重護に耳打ちする。

「……この先輩、可愛いね」
「仲良くなるのはいいが、ちゃんと敬えよ?」

 聞きようによっては舐めた口を利いている妹に釘を刺している間にも、保健室が見えてくる。なんとか気まずい時間を潰すことはできた。
 翡翠が引き戸に手を伸ばし、しかし届く前にその手をひょい、と横に動かす。もう一度。さらにもう一回と繰り返す。

「あれ、開き、ません……ね……」
「距離感!」

 ツッコミながら、代わりに引き戸を開けてやる。先の戦闘中に翡翠の眼鏡が割れたことを思い出した。

「視力、そんなに悪いんスか?」
「う~ん……星埜君、の、顔が……ぼやけて、見える、くらい……だよ?」

 彼我の距離、一メートルも離れていない。どうやらものすごく目が悪いらしかった。
 保健室の中を見ると、既に大人の先客がいた。簡易ベッドで苦しそうにうなされているスーツ姿の男性と、彼を取り巻く教員たち。

「む、君たちか。入っていいぞ」

 重護たちに真っ先に気付いたのは、体育館で玲那に出動命令を叫んでいた若い女性教師だ。その声に聞き覚えがあるのか、それともぼやけた視界でも見分けがつくのか、翡翠が答える。

「す、鈴谷すずや先生……! お疲れ様、です……っ」

 入試の際、シフォン戦の審判を務めてくれた人でもある鈴谷という教師は、しなやかでありながら鍛えられた身体を重護たちに向けた。

「うむ、翅橋。魔人ハルピュイアの生け捕りご苦労。そっちの二人は星埜兄妹か……随分とボロボロだな。大丈夫か?」

 ギロリと鋭い視線を向けられる。ハルピュイアとはまた別種の、ハルピュイア以上の緊張感があった。

「あ、はい……まあ、なんとか」
「無事だったのならなによりだ……が、お前たちがやったというのは本当かね?」

 質問からして、スマホで玲那から既に報告を受けていたのだろう。
 話のテンポの速さに重護が戸惑っている間にも、翡翠が真剣な面持ちで頷く。

「そ、そうです……わたしが、油断……したばかりに……。入学、早々、戦わせる、ことに、なって……しまって」

 申し訳なさそうに頭を下げようとする翡翠に、鈴谷が掌を向けて割り込む。

「いや、その話は後だ。それより、怪我の様子を見せてくれ。手当てをしつつ、話を聞かせてもらいたい」

 背もたれつきの椅子にどかっと座った鈴谷が、患者用の丸椅子に座るよう促してくる。
 重護の腕に自らの手を添えていた朔夜が、手当の邪魔だろうと自発的に重護の中に憑依した。

「え、ありがとうございます……でも、そちらの人はいいんですか?」

 ベッドで胸を押さえながら呻いている男の方が、どう考えても重傷だろう。保健室の設備では処置のしようがない、というのが実情だろうが、だからといって無視するのも気が引ける。

「まさにそこと繋がる話だ。いいから答えろ、ハルピュイアを昏倒させた一撃というのは、具体的にどんな魔法だ?」

 丸椅子に座った重護の腕や足を躊躇いなく掴み、まじまじと傷口を観察してくる。それを少し怖く感じながら、重護は答えた。

「えと、俺の血液から変換した魔力を一気に打ち込んで、相手の体内の魔力を乱して失神させる技です」
「それはどこに当てた? 具体的に身体の部位で答えろ」
「えと、左胸です。技の仕組み的に脳や心臓を狙うべきで……ハルピュイアには、きっと心臓があるだろうなって位置に打ち込みました」
「ふぅむ。なるほどな……」

 神妙な顔で頷いた鈴谷は、重護に制服を脱ぐように促す。
 重護も特に躊躇うことなくブレザーを脱いで、ワイシャツのボタンを外し始めた。

「わ、わたしっ、廊下に、出てます、ね……っ」
「待て翅橋。お前にも聞きたいことがある」
「ふぇぇ……⁉ て、手当の、後じゃ、ダメなん、ですか……?」
「ああ、今すぐに確認が必要なことだ」

 翡翠は少し間を空けて、星埜くんがよければ、と同席を認めた。別に上半身だけなら見られても恥ずかしい気はしないので、重護は即座に頷く。

「ちょっと翅橋先輩! お兄ちゃんの身体で変なこと考えないでくださいね!」
「かかかっ、考えないよぅ……! 変なこと、なんてっ」
「朔夜、お前はちょっと黙ってろ」

 突然重護の背後にピタリと背中をくっつけて出現する朔夜の頭に手刀を落として、鈴谷に頭を下げる。

「すみません愚妹が……失礼しました」
「フ、まあこれくらいなら楽しいものだがね。話を戻すが翅橋、試験小隊で一度ハルピュイアを倒した際、戦闘不能かどうか確認したのはお前だったな?」
「は……はい」

 翡翠としては確認不足を責められると思ったのだろう、返事の声は沈んでいた。

「責めるつもりじゃない。ただ、翅橋の所感を聞きたいだけだ」
「わ、わたしの、目には……確実に、戦闘不能な、ダメージを、負って、いると、見えました。でも……すぐ、立ちあがった、わけ、です、し……わたしが、間違えた、だけ……かも……」
「いや、お前の観察眼は小隊一だ、そこは私が保証する。そして、翅橋がちゃんと戦闘不能だと確認したことこそに、重大な意味がある」

 重護の身体につけられた無数の傷跡がどれも軽微なものだと判断したのだろう。消毒液を手に取り、「いっそ頭から振りかけるか?」と呟いた。

「いやシャワーじゃないんスから……って、俺の傷はともかく、重大な意味ってどういうことですか?」

 鈴谷は消毒液を机に起き、淡々と語る。

「小隊メンバーが最初に一斉攻撃を浴びせた際、ハルピュイアは本当に戦闘不能なレベルまで昏倒した。そうだとするなら、一瞬で魔力を回復して反撃に転じ……さらにその肉体の形状まで変化させたという現象は、まるで」

 翡翠が白衣の袖に隠れた両手を口元に当てる。

「ま、さか、レゾナンス……⁉」

 たしかに、呼吸するので精一杯な状態から、すぐに自力で反撃に転じるのは難しい。それがレゾナンスのおかげだというなら、説明もつく。しかし。

「待ってください、レゾナンスは従魔契約をして主人の血を魔力に変換して初めて起こせる現象ですよ?」
「まあ聞け。あの男は最初、突然過呼吸になりながら蹲った――」

 鈴谷はビシッと親指でうなされている男を指す。

「しばらくして、あんな風に左胸を押さえて気を失った。気絶したのは、竜胆から対処完了の報告の電話がくる、まさに直前だったな」

 男に向けていた指を立てて、説明が続いた。

「――そして竜胆の話を聞く限り、あの男が過呼吸を起こしたタイミングとハルピュイアの最初の戦闘不能のタイミングはそうずれていないだろうし、次いで星埜が最後の一撃をハルピュイアに当てたタイミングとあの男が胸を押さえて気絶したタイミングも一致する」

 従魔契約は、主人と従魔で痛覚もある程度共有する。少なくとも、片方が気絶すればもう片方も気絶する連鎖を防ぐ術はない。

「で、でも……じゃあその男が魔人ハルピュイアと従魔契約したってことですか⁉ なんで⁉ どうやって!」

 魔人は人類の敵だ。そんなのと従魔契約――命を共有し運命共同体になろうだなんて、常人ならまず考えない。

「なんでかは知らんが、どうやって、なら簡単だ。炎竜ドレイカの竜鱗が一枚あれば事足りる」
「そうだとして、どこで手に入れたんですかって聞いてるんですよ!」
「それならお前の父親に聞いたらどうだ? 星埜。日本の犯罪史で、失われたままの炎竜ドレイカの竜鱗が何枚あるか」
「それは……!」

 全国ニュースになった分だけでも、竜鱗を所有している大学や竜鱗を運ぶ輸送車が何度も狙われている。その大半は即座に抗魔局が動き回収されているが、それでも累計二〇〇枚以上が行方不明だ。
 抗魔官である上弦に聞けば、もっと具体的な数字が出てくるだろう。

「無論、未回収分を所持しているのは現人神々だろう。そしてまた、魔人なんかと従魔契約を結ぼうと考えるのも現人神々に与する人間しかいない。さて星埜、これがどういうことかわかるか?」

 咄嗟に声を上げたのは、朔夜だった。

「じゃあ、その男は現人神々の構成員⁉」
「だろうな。問題は、なんでここを襲撃してきたのか、だ。社会的アピールか、それとも目的があったのか……どちらにしても、こればかりは本人に聞かないことにはなにもわからん」
「ひ、ひぇぇぇ……」

 翡翠がか細く怯える声は、張り詰めた保健室の空気によく響いた。
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