都市伝説の兄妹は、いずれ最強の伝説になる

進藤 樹

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第十六話 都市伝説の兄妹は、真夜中に忍び込む

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 満天の星と三日月が夜空に輝く午前二時。
 真夜中の学校は、日中の賑やかさが一転して静まりかえっている。ましてや京魔高専は山の中腹。その静けさは都会の住宅街にある学校とは比較にならない。
 そんな誰もいないはずの学校に、重護は朔夜を伴って忍び込んでいた。

〈――ねぇ、止めようよお兄ちゃんっ〉
「バレやしないって、いざって時は霊体化でどうとでもなるだろ」

 悪いことをしている自覚は、重護自身、確かにある。
 しかし、知ってしまった以上考えずにはいられないのだ。

「学校に潜む魔人の可能性……ないならないで、確信したいんだ」
〈夜の学校だよ⁉ お化けが出たらどうするの⁉〉
「……お前、背後霊の自覚ある?」

 朔夜はお化け屋敷や心霊スポットが苦手だ。それは死んで背後霊になってもなお克服することはなかった。

〈わたしはいいの! ねぇ、やっぱり明日にしようよ……!〉
「日中じゃダメかもしれないだろ。相手は魔人だぞ?」
〈どういうこと? ちゃんとわかるように説明して!〉

 脳内でぎゃんぎゃんと騒がれては堪らない。重護は前提としての常識から説明を始めた。

「魔人ってのは、魔力を宿した人間のことだ。肉体を異形化し、理性を失い、衝動のままに破壊する」
〈そ、それくらい知ってるけど……〉
「じゃあ聞くが、ハルピュイアを連れてきた男が探していた魔人ってのは、少なくとも入学式のタイミングには学校にいたんだよな? じゃあなんで暴れ出さなかったんだ?」
〈あっ……!〉

 魔人に隠密行動なんて言葉はそぐわないのだ。生徒や教師を見つければ見境なく襲いかかるのが魔人という生き物で、生徒も教師も見つからないなら校舎を破壊しようするバケモノ、それが魔人だ。
 しかし、それがないから魔人なんて最初からいない、という結論を出すのは早計である。

〈わたしがお兄ちゃんのそばから離れられないように……魔人にも制約があるってこと⁉〉
「ああ。雨が降っている範囲しか動けない雨女とか、満月の夜限定で脅威度が跳ね上がる狼の魔獣とかいるだろ。まあ雨女に関しちゃ自前の魔法で雨を降らせるんだろうが……とにかくそんな具合で、今回の魔人はそのパターンなんじゃないか?」
〈そっか……たしかに、数日間まったく姿を見せないとなると、活動するのに特殊な条件がいるってセンは濃いかも……〉
「誰かが殺されてからじゃ遅いからな。動けるうちにやれることはやっとかねーと……!」
〈お兄ちゃん……〉

 死は、こちらの理解を待ってはくれない。
 目の前で突然朔夜が原因不明の発火現象で死んだ。その過去が、重護を焦らせているのだ。

「さて、問題はどこから調べるかだが……」

 ひとまず学生寮を抜け出して、学校前までやってきた……それはいい。
 問題の魔人は果たして校内にいるのか、それとも外か。そこで悩んで足を止めた重護を、パッと強烈な光が照らし出す!

〈なになになになになんなのこれ⁉ ポルターガイスト⁉〉
「落ち着け! それならお前だってできるはずだろ!」

 咄嗟に左腕を掲げて光を遮る。パニックになりそうな意識に、高らかな少女の声が届いた。

「まさか本当に来ちゃうなんてね」
「この声……海原先輩⁉」

 視力を取り戻すには時間がかかりそうだったが、聴覚が声の主を予想する。
 同時に、朔夜がパッと重護のそばに出現した。入学式の朝から、だんだん重護の双子の妹フォルムがデフォルトになってきている。
 ハルピュイア撃破後、重護と自己紹介を交わした最後の少女――魔術科二年生の海原小夏だ。

「自分で占っておいてなんだけど、正直当たって欲しくなかったわ」

 薄くまぶたを開けると、守衛室の屋根の上から、スポットライトのような光を向けられていることがわかった。その光を放っているのは、紫色の巨大なカニ。高々と振り上げた大槌のような右のハサミが、煌々と指向性のある光を放っているのだ。

「どうなってやがる……?」

 重護としてはなんでカニが光ってるんだという意味合いで戸惑ったのだが、カニの隣に立つ茶髪の少女は明後日な説明をしてきた。

「そりゃ所詮は占いだもの、外れる時は外れるわよ? でもね、いくつかの魔占術を掛け合わせれば、人の行動予測くらいはできちゃうの」

 重護が発光現象について尋ねるより早く、小夏が質問を投げかけた。

「それで星埜君。こんな時間にいったい学校になんの用かしら」
「調べ物です。海原先輩も鈴谷先生から聞いたんですよね。この学校には魔人がいるかもしれないって」
「もちろん聞いたわ。魔人のくせに、なんの動きも見せてないけど」
「だから調べに来たんです! 夜にしか見つけられない手がかりがあるかもと思って!」

 よかった、考えていることは同じだったと、重護の表情が安堵で緩む。

「ふぅん、そう来るのね……いいわ、じゃあ一緒に探しましょ」

 にこりと笑顔になった小夏は、ぴょんと巨大な紫色のカニの甲羅へ飛び乗った。今度はそのカニがダイナミックに八本足でジャンプして、重護の近くにドスンと着地。
 身体を持ち上げた頭の高さは、重護より少し低い程度。横幅の広さと甲殻の厚みが重厚感を出している。

「い、いつ見てもデカいっスね」

 足取り軽くカニから飛び降りた小夏は、相棒のカニのハサミをぺちぺちと叩く。

「でしょう? アタシもまさかダニエルがここまででっかくなるとは思ってなかったわ。昔は抱きかかえられるサイズだったんだけど……」

 ダニエルと呼ばれたカニの従魔は、なにか返事をするようにぶくぶくと口元に泡を立てて引っ込めた。

「この子、ゲンコツガニのくせに身体の色が赤じゃなくて紫色でしょ。突然変異の個体として生まれたのか、アタシと出会う前になにかの魔導反応で色が変わっちゃったのか知らないけど、そのせいで群れから仲間外れにされちゃっててね……」

 境遇が似ているからか、朔夜の顔が暗くなった。

「そ、そんなぁ……」

 小夏は一瞬驚きながらも、すぐに口元を緩める。

「だからってわけじゃないけど、ついつい世話を焼いちゃって。そしたらこの子、健気に追っかけてきたのよ? それがもう嬉しくて、これはもう結婚よね。それでアタシは、この子と一緒にいるために、抗魔官を目指したってワケ」
「そんなことが……うう、いい話ですね……!」

 ほろりと朔夜が感涙する。すかさず、重護は朔夜の頭を撫でて宥めた。

「昔からこういう話には弱いもんな、朔夜」

 朔夜はうんと頷いて、ずずい、と小夏へ距離を詰める。

「でもわたし、てっきり海原先輩はモデルの道に進むものだと思ってました! よく巻頭グラビアで特集組まれてますよね⁉」
「『月刊MADO』か……よ、よく知ってるわね……」

 さすがに気恥ずかしいのか、小夏の頬に少し朱色が差した。

「あれはたまたま雑誌の取材が京魔高専に来た時に声をかけられたのがきっかけで、楽しいから続けてるってだけで……だいたい、魔占術だって元々はダニエルの体色を元に戻す術を探していた過程で知っただけだし、そもそも――」

 もにょもにょと言い訳がましく語る小夏に、朔夜が相槌を細かく挟んで見守っている。

「あの~……そろそろ魔人捜ししたいんスけど」

 重護が口を挟むと、朔夜にキッと睨まれた。小夏もハッとして、咳払いする。

「と、いけないいけない……う~ん、やっぱりいい子たちなのよねぇ……」

 なにか言われた気がして目を向ければ、小夏もまた揺らした瞳を朔夜に向けていた。

「はい? なにか言いました?」
「ううん、なんでもないわ。それより、魔人を探すアテはあるのかしら?」
「うッ……実は見切り発車で……」

 情けなさに顔を逸らすと、小夏は肩を竦めて腰のポーチを開く。

「じゃ、アタシの出番ね。朔夜ちゃん、今からしばらく魔法使わないように。ダニエルも」
「わ、実際に海原先輩の魔術が見られるんですか⁉」
「おい朔夜、遊びじゃないんだぞ」
「フフ、悪い気はしないわね。まあ見てて。といっても、初歩的な魔占術だけど」

 じゃらりと音を鳴らした握り拳の中には、まばらな形をした結晶体がいくつかあった。赤青オレンジとカラフルなおはじきにも見えるそれは、小夏の愛用する魔導具なのだろう。

「魔術科って魔占術の勉強もするんですか?」

 興味を引かれたらしい朔夜が尋ねると、小夏は空を見上げながら校庭の返事。

「占いもするし、お料理もするわよ。それもあって女子の人気が高いわね。ほら、それこそ朔夜ちゃんのお母さんが魔導反応を用いたオシャレ教えてくれるじゃない」
「想像以上に家庭的なことをするんですね。もう少し実験っぽいというか、研究職っぽいイメージをしていました」
「魔術は微弱な魔導現象の応用と組み合わせだから」

 小夏が握った結晶体を軽く放ると、結晶体は空中で近寄ったり遠ざかったりしながら、バラバラと地面に散らばった。

「真面目で実用的な魔術は魔導具科の分野じゃないかしら。あっちはストイックに魔導文明の発展を目標としてるし」

 小夏は結晶体を一つずつつまみ上げながら説明を続ける。

「アタシたち魔術科はエンタメというか芸術というか、純粋に『魔を楽しむ』って感じね」

 結晶体を再び拳の中に集めた小夏は、再び放って地面に結晶体をばらまいた。

「ウチの学校七学科あるけど、たぶん女子の半分くらいは魔術学科よ……半分は言いすぎかしら、魔獣飼育科も人気あるし……」

 すらすらと喋りながら、小夏は結晶体についた土を払いながらポーチに戻していく。話が逸れた気がして、朔夜は手を挙げて軌道修正した。

「それで、海原先輩が今やっている魔占術はどういうものなんですか?」
「ああ、コレ? 魔結晶を使った魔力読みよ。魔力が地球に出現したばかりの頃、魔獣の襲撃や魔力災害の予知に使われていたの」

 つまんだ水色の、米粒状の結晶体を見せびらかす。

「魔結晶はね、魔力の流れに敏感で、濃い方に引き寄せられるの。磁石みたいな感じね。形やサイズ、属性が様々な魔結晶を何度か放ることで、大雑把に付近の魔力状態を調べることができるわ」

 これには重護も感心したような声を上げる。

「へぇ~……。なんかもう少し感覚的というか、スピリチュアルなものかと思ってました」
「結局は魔導現象の観察だもの。どんな魔占術を使うのか、そこからなにを読み解くか。そこのセンスがものをいうって感じ?」


 散らかした魔結晶をすべて回収した小夏は、ビシッと構道の先へ人差指を向けた。

「よしっ! それじゃあ校舎周りから見て回りましょ!」

 意気揚々と歩き出す小夏の後ろを、ゲンコツガニのダニエルと一緒に追いかける。
 赤煉瓦造りの校舎は、夜中だと月明かりに照らされて不気味な迫力を醸し出す。
 職員・来客用昇降口の前を通り、角を曲がって駐車場へ。学校名や校章が書かれた自動車が数台停まっている程度で、特に違和感はない。

「ん、この先に屋外プールがあるわね」

 薄暗くてよく見えないが、コンクリートの土台に高い金網フェンスを思わせるシルエットが遠くに窺える。

「なるほど……水場しか行動できない、みたいな制約があるなら、入学式から暴れなかったことにも説明がつくっスね……! となると敵は魚人系でしょうか」

 綺麗にパズルのピースが嵌まる感覚に高揚感が沸いた。

「アタシはあえて和風にカッパみたいな妖怪に一票。あ、人面ガエルとか」
「ひぃっ……! や、やめてくださいそういうこと言うのっ」

 青ざめた朔夜が重護の背中に飛びついた。小夏はからかうように目を細める。

「朔夜ちゃん、背後霊なのに妖怪とかダメなの? かっわい~」
「ほら、言われてるぞ朔夜」
「だって! 怖いものは怖いの!」

 ぎゃいぎゃいと騒ぎ立てながらプールへ近づく。小夏はなんの躊躇いもなく金網フェンスのダイヤル錠を解錠して、中へ入った。

「い、いいんですか勝手に入っちゃって……?」
「こんな時間に学生寮抜け出しておいてなに言ってるのよ、今更」

 そう言われてしまうと返す言葉もない。ダニエルも八本の脚を器用に動かして、横歩きで幅の狭い階段をスムーズに上っていく。
 しばらくプールサイドを手分けして見て回っていると、小夏が突然「あ」と声を上げた。

「ひっ……⁉」

 朔夜が急に抱き着いてきて、重護はよろけた。プールサイドは滑りやすくなっており、おまけにプールには水がいっぱいに張られている。最近誰かが掃除をしたのか、月明かりに照らされた辺りは透き通っており、水質は綺麗だが……ここに落ちたくはなかった。

「朔夜、せめて俺に憑依するとかにしてくれねーか?」
「だ、だってぇ……!」

 涙目になってぷるぷる震える朔夜の額を軽く小突くと、重護は小夏に目を向ける。

「それで、どうしたんですか海原先輩?」

 小夏は携帯端末を耳に当てている。誰かと通話しているようだ。先ほどの声は、着信に気づいた反応だったのだろう。

「……でも、あの二人は……う、そりゃアタシの占いの結果はそうでしたけど、でも」

 こんな真夜中に着信? 重護が訝しんでいる間にも、小夏の相槌を打つ声はどんどん深刻なものになっていく。

「……わかりました。はい、占い通り今はもうプールに来てます。……了解です」

 携帯端末の通話を終えた小夏は、大きく溜息をつくと、神妙そうな顔を重護に向けた。

「ごめんね、星埜くん。朔夜ちゃん」
「な、なんの話です……?」
「ついさっき証拠が挙がったそうよ。今から君たちを拘束することになったわ」

 刹那、背後から重たく風が唸る音。
 振り返ると、ダニエルの巨大なハサミが目の前に迫っていた。
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