都市伝説の兄妹は、いずれ最強の伝説になる

進藤 樹

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第十七話 都市伝説の兄妹は、襲撃を受ける

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 大量の泡沫が目の前で激震している。不思議と痛みを感じない。プールの水の中に殴り落とされたのに、服が濡れて重くなる感覚もその冷たさもない。
 球体状の空間が重護を覆っているのだ。朔夜の魔障壁である。

〈お兄ちゃん大丈夫⁉〉
「ああ、助かった……!」

 朔夜のポルターガイストで、横へ大きく移動しつつ浮上、一気に空高くへ舞い上がった。
 プールサイドで重護を見上げている小夏が、彼女らしくない怖い顔で睨みつけてくる。

「……ポルターガイストと魔障壁の相性がいいことは知ってたけど、ダニエルの一撃ですら防ぐのね……!」
「いきなりなにするんスか、海原先輩ッ!」

 宙に留まったまま抗議すると、小夏はダニエルの方へゆっくりと歩き始める。

「アタシだって、こんなことしたくないわよ。でも、これは二人のためなの」
「どういう意味です⁉」
「ほんとに気づいてないのね……。なら、知らないままの方がきっと幸せよ」

 ダニエルの背中に乗り、小夏は「やるわよ」と甲羅を撫でた。ダニエルが豪快に片腕を振り上げ、重たいハサミがプールの水面を殴る!

「ダニエル、シャープスプラッシュ!」

 高く跳ね上がった水しぶきは、その一滴一滴が鋭い針となってマシンガンのように射出された!
 攻撃は放射状に広がって回避不可能。魔障壁を張ってやり過ごそうとするが、ダニエルが二度三度と水面を殴りつけて弾幕が止む気配を見せない!

「くそ、プールの水を操れんのかよッ」
「だからここに連れて来たのよ」

 どうやらまんまと相手のフィールドに連れ込まれたらしい。完全に嵌められた!

「場所を変えるぞ朔夜!」
「もう遅いわ! ダニエル、囲いなさい!」

 ポルターガイストの出力を全開にして、滑るように宙を飛ぶ。しかし広がっていた水しぶきがプール上空を囲うドーム状の形になって、重護の行く手を阻んだ。朔夜の魔障壁と激突し、外に出られない!

「嘘だろ⁉」
「水障壁――文字通り水属性の魔障壁よ。フフ、プール全体を包んだから、広いわね」
「だったら……朔夜、電撃で撃ち抜け!」

 人差指を伸ばせば、そこから黄色い閃光が迸る! 焼けるように蒸発する音と共に水障壁に穴が空いたが、一秒もしないうちに塞がれた。

「無駄よ。耐久性は高くなくても、その形状は自由自在。水属性の特権ね」
「チッ、場所が悪すぎるぜ……!」
〈お兄ちゃん、プールの水を使えなくしちゃおう!〉

 朔夜の機転に口角が上がる。重護が手を広げてプールに向けると、白い魔力が一直線に伸びた。波立つ水面の中央に届いた刹那、そこから一気に氷漬けになる!

「氷属性まで……ったく、ほんとに器用ね!」

 再び水障壁に電撃を貫通させ、重護は外へと飛び出した。よし、と油断した重護の頭上に、大きな影が覆い被さる!

〈お兄ちゃん上ッ!〉

 ハッとして見上げると、鋼の身体に月光を反射させたハガネカマキリがその大鎌を振り上げるところ。その背に抱き着く小柄な白衣の少女は、新調した眼鏡の奥の瞳を寂しそうに重護に向けていた。

「翅橋先輩……⁉」
「……ごめん、ね、星埜……君」

 躊躇いなく振り下ろされた鎌に対し、朔夜が咄嗟に魔障壁でガード。しかしその一撃は重く、解除されたばかりで崩れかけの水障壁の中へと押し戻される!
 水のヴェールを通過したその先で、重たい一撃が迫る! 高く跳ね上がったダニエルのハサミだ!
 勢いよく殴り落とされ、氷を張ったプールに叩きつけられる! 真夜中の学校で、高く水柱が上がった。

〈くぅぅ……っ!〉

 魔障壁の球体こそ維持できたものの、勢いまでは殺しきれない。薄く張った氷を砕いてゴボゴボと沈むが、ポルターガイストで固めた空気の浮力で浮上した。
 ゆっくり水面へ上がり、浮かんだ氷の上に足を落ち着ける。プールサイドにはダニエルがドスンと着地し、そのそばにメタが下りた。

「海原先輩、翅橋先輩! いったいこれはどういうことっスか!」

 魔障壁を解除して怒鳴りつけるも、二人は険しい顔をしたままなにも言わない。張り詰めた空気の中、重護の後方から凜とした声がかけられる。

「見ての通りだ、星埜」

 振り向くと、妖しい黒銀に輝く剣身が特徴的な長剣を握った葵が立っていた。隣には、首の後ろから茨を伸ばす結芽の姿もある。学食では蕾だった魔花の薔薇は、今は妖艶に開花していた。

「刀城先輩……! それに、芹澤先輩まで……!」
「ふぁわ……。皆様、夜更かしはお肌に悪いですの……。今日は帰って寝ませんこと?」

 手の甲を押し付けるように目元を擦る結芽を叱りつけたのは、空からシフォンに乗って駆けつけた玲那だ。

「こらこらこらこらー! もっとシャキッとして! 仮にもボクたち、京魔高専の看板背負ってるんだぞ⁉」
「ふぉんふぉんふぉんふぉーん!」

 シフォンは玲那の「こらこら」を真似するように鳴いた。上下左右に二十メートルもある全身を広げて月光を浴びたその姿は幻想的で、美しい。

「シフォンまで……⁉ くそ、学校内じゃ戦わせないんじゃなかったのかよ!」
「鈴谷先生の命令だもの、なんとしても君を捕らえろってね。もちろん被害は最小限にってしつこいんだから、まったく参っちゃうさ」
〈それって、わたしたち学校に狙われてるってこと……? お兄ちゃん、どうしよう⁉〉
「……朔夜、レゾナンスだ。攻撃を見てからじゃ間に合わないだろ」

 朔夜は躊躇いがちに返事をして、重護から血液を奪った。重護の耳が尖り、髪は長く伸びてプラチナブロンドに輝き、背後に三つ、禍魂が灯る。
 すかさず、シフォンの頭上で玲那が余裕の笑みを浮かべた。

「三つで足りるかい?」
「ちっ、言ってくれるぜ……! 朔夜、もっと出せねーのか……?」

 昼間、鈴谷と話したレゾナンスの過剰発動で自殺した男の話を思い出す。朔夜の返事は、迷いの色が濃かった。

〈……増やしてみる?〉
「一個でも増やせれば問題ねぇ。それなら全員と一対一で戦える!」

 重護は武者震いしながら口角を上げ、開いた左手に右拳をぶつけた。

〈一個だけなら……大丈夫かな……〉
「朔夜、早くしろ!」

 躊躇う朔夜をせかすと、朔夜はやけっぱちな様子で応じた。

〈ああもう! いい⁉ 本当にそれで終わりだからねっ⁉〉
「ああ! やってくれ!」

 瞬間、重護は背中を丸めて大きく嘔吐く。レゾナンスで血液がそれなりに持っていかれた直後だったこともあって、血液の消費に人体が悲鳴をあげているのだ。
 冷や汗が背筋を伝うが、しかし闘志が冷めることはない。
 どろん! 青白い禍魂が四つ、それぞれ膨らんで、霊体モードの重護が五人に増える。それぞれ一組ずつ生徒代表選抜試験正体の面々と向かい合っており、どれが本物かは見分けがつかない。

「禍魂はないみたいだけど、みんな油断しちゃダメだぞ!」

 玲那の声かけに息を合わせて四人が返事。先陣を切ったのは、玲那とシフォンだ。

「シフォン、プール全体にスケイルストーム!」
「げっ、いきなりかよっ……⁉」
「ふぉおおおおおん!」

 圧倒的魔力量の差を見せつけるかのように、魔力で作った鋭い鱗の雨を降らす。
 味方すら巻き込むでたらめな一手だが、この状況においては的確な判断だ。清々しいほどの思いきりのよさに恐怖しながら、五人の重護は散開した!
 一斉に完全霊体化。これで肉体は物質的に消失するので、視覚的に見えなくなるし、かつ金網フェンスをすり抜けられるようになる。
 まずはスケイルストームの範囲外への離脱を試みる。各々プールサイドへ飛び上がり、葵たちに目もくれず逃走。
 刹那、プールサイドにいた生徒代表選抜試験小隊の面々が一斉に動き出した。

「見つけたわ! ダニエル、七時の方角よ!」

 ダニエルの巨大なハサミがパカリと開いて、魔力で作った極太の水流が放たれる。

「メタ、断空斬……! 狙いは、あっちの、星埜君……!」

 翡翠が袖に隠れたままの腕を振り上げた。すかさずハガネカマキリが鎌を振るい、魔力の斬撃を真っ直ぐ飛ばす。

「力を貸せ、ムーンフォース!」

 葵は人知を超えた跳躍力を発揮し、軽々とプールのフェンスを飛び越える。

「捕らえますわよ、ロゼ!」

 魔力で急速に成長した棘まみれのツタが、空気を裂いて伸びた。
 姿を消しているはずなのに、確実に狙いを定められている――!
 分身体の一人が魔力を伴う水流に脱出を妨害されたが、本体と他三人の分身はプールから脱出に成功。
 スケイルストームがプールの中へと降り注ぐ中、フェンスを越えるように葵と結芽と翡翠が飛び上がる。翡翠は飛翔するメタに掴まり、結芽はロゼのツタを金網にひっかけて縮める勢いを利用しているわけだが、葵はなんと自力のジャンプだ。
 連携されては敵わないと、分身の重護たちがそれぞれ電撃を放って牽制した。
 地上戦は分身たちに任せ、本体の重護は念動魔法で空へと上昇。シフォンの背中に移動する。
 するとシフォンの頭上にいた玲那が振り返り、ヒラヒラと手を振った。

「やあ、君は本体の重護くんであってるかな?」

 彼女の目元には、いつの間にかサングラスがかけられている。月明かりしか光源がないこともあって、目元はまったく見えない。ただ、そのレンズには妖しく魔力の細い線が複雑に走っていた。
 重護は質問に答えず、質問で返す。

「その眼鏡、まさかマナグラフィですか?」

 魔力特有の波長を可視化するフィルターがついた撮影機材やレンズのことを、総じてそう呼ぶ。

「あったり~。魔導具科から借りておいて正解だったね。ズルいなんて言わないでよ?」
〈不意打ち仕掛けて五人でリンチしておいて、どの口が言うんですか!〉

 頭の中で朔夜が憤って、重護はその分自分が冷静にならないと、と心を落ち着けた。

「魔力災害の調査とかで使うんですよね。テレビでしか見たことないですけど」

 重護は完全な霊体状態から、半霊体に戻った。魔力の消費を抑えるためだ。どうせ見えるなら、無駄に魔力を消費するだけである。

「そうそう。仕組みとしては魔蟲の複眼に近いんだ。翡翠ちゃんとこのメタみたいに」

 ちらりと下の戦場を見る。分身体の視覚を受け取ったところ、剣を携え追いかけてくる葵も、ハガネカマキリの背に乗って襲いかかってくる翡翠も、水魔法を連射してくる巨大なカニに乗る小夏も、魔障壁でこちらの炎魔法を防いでいる結芽も、同じ眼鏡をかけていた。

「重護くん。普通はね、こうしてマナグラフィをかけると、人間の姿は見えなくなるはずなんだ。けれど君の姿は見えてる。それもくっきりとね」
「そりゃ、今は朔夜とレゾナンス中ですから」
「君の見え方は特殊なんだよ。全身にパワーブーストした葵先輩だって、うっすらとしか見えないのに……。君はどちらかというと、シフォンたちと同じように見えているんだ」

 どうやら先ほどフェンスを跳び越えた葵の驚異的なジャンプは、魔剣の強化魔法によるものらしい。

「さて、重護くん。色の濃さ的にたぶん君が本体なんだろうけど……まあ分身体でもいいや。ボクと賭けをしないかい?」
「……賭け、ですか?」
「そ。下で白熱してる四つのバトル、もし全部ボクらの勝利だったら大人しく言うことを聞いてほしいんだ」
「……俺の分身が一人でも勝ったら?」
「ボクが君の言うことをなんでも聞くってことでどう? もちろん、二人以上倒せた時はその分だけ追加してくれていいよ」

 いったい、負けたらどんな無茶振りをさせられるのだろうか。力尽くで身柄を拘束しに来ている以上、きっとろくなことではないだろう。
 しかし、拒否すれば禍魂なしでシフォンと戦うことになる。玲那がマナグラフィを持っている以上、もう裏をかく手段はない。

「……わかりました。その勝負、乗ります」
「成立だね。ありがとう、おかげで学校壊さずに済みそうだ」

 玲那は満足げに頷くと、マナグラフィを外して顔を地上に向ける。

「お。さっそくで悪いけど、最初の勝ち星はいただくよ」

 ひょいひょい、と玲那が得意げな顔で指を向けた先では、一メートルもある翅をパッションピンクに染めたアゲハチョウの魔蟲をはじめ、何匹もの魔蟲が分身体の重護を包囲していた。
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