都市伝説の兄妹は、いずれ最強の伝説になる

進藤 樹

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第十八話 京魔高専の女王蟲は、都市伝説の兄妹と戦う

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 プール脇の空き地で重護の分身体と戦闘を始めた翡翠だが、まったく手も足も出せずにいた。
 ハガネカマキリのメタは近接戦闘に特化している。高い攻撃力と機動力を併せ持ち、鋼の皮膚の防御力も一級品だ。
 だが、縦横無尽に掴み所のない動きができる霊体に攻撃を届かせるには、あと一歩及ばない。なにせ相手は、ただの霊魔ではないのだ。

「朔夜、炎障壁だ!」

 属性魔法が使える魔物は、魔障壁に属性を与えることができる。これでは攻撃するほどにメタがダメージを負ってしまう。

「くッ……強い、なぁ……!」

 メタを下げて攻撃のリズムを変えようとした刹那、突然背後に気配が生まれた。

「朔夜、電撃!」
「メタ真後ろ!」

 翡翠はメタの背中を蹴って跳躍、メタも身体を大きく回して黄色い閃光を回避。その動きで鎌を振るうが、間一髪のところで重護の姿が消えた。
 宙に舞った翡翠は目端に重護を捉える。再び真後ろを取られた!

「わたしを、直接……!」

 主人と従魔は一心同体。翡翠を気絶させることができればメタも無力化できる。そのため従魔契約をした者同士がルール無用の戦闘をするとなれば、互いに相手の主人を狙うのは当然だ。
 朔夜が背後霊のため離れることができない重護と、武器タイプの従魔と契約している葵は、安全な距離を保ちつつ従魔を戦わせることができない代わりに、いざ接近戦に持ち込んだ時の自衛力も高い。

「禍魂ナシで刀城先輩や竜胆先輩に勝つには、頭数がいるんで」

 どうやら重護は、主人と従魔を分断できる自分と小夏と結芽は速攻で倒し、葵と玲那相手に戦力を集中させるつもりらしい。

「いい、判断……!」

 翡翠は重護の指先に背中を向け、両脚を抱えて白衣にくるまるように丸くなった。

「すみませんが、気絶してもらうっス! 朔夜、撃て!」

 バチィ! と電撃が迸り、翡翠の白衣に着弾する。翡翠の身体はその場で回転し――腕を伸ばした。

「だけど、ね」

 翡翠は涼しい顔で重護を睨む。重護がゴクリと息を呑んだのが分かった。

「甘い、よ?」

 たなびく白衣の袖口が重護の顔に向いた瞬間、プシュ! と小さな発砲音!
 重護の姿がぐんと横にずれて、白い糸が通過する。メタが翡翠の真下を飛翔し、翡翠は再びメタの背中に搭乗した。
 翡翠から距離を取った重護が、眉をひくつかせている。

「なんスか、今の……!」
「この、白衣は……抗魔性。魔法は、弾くの……。そして、こっちは、スレッドガン。蛾の幼虫が、繭、作る、糸だから……当たれば、ベトベト」

 翡翠は白衣の袖口を捲り、隠すように握っていたそれを見せた。
 どことなくリボルバー拳銃に似たそれは、手作り感満載のチープさがある。糸の射出口は銃口というよりノズルに近い。また銃でいうところのシリンダーに当たる部分は釣り竿のリールのようになっており、純白の糸が巻き付いていた。

「主従契約は、主人が、弱点、だから……当然、わたしも、対策、する」
「さすがに一筋縄じゃいかねーっスか……!」

 しかし翡翠が決め手に欠ける状況に変わりはない……せめて一瞬でも、重護たちが魔障壁すら張れない隙を作れないものか。
 もっとも、翡翠が苦戦している時間は短かった。学校の敷地の外側に広がる雑木林から、野生の魔蟲が何匹も飛来して、翡翠に味方するかのように重護に襲いかかっているのである。

「みんな、来て、くれた、の……?」

 翡翠は、ヒラヒラと近寄ってくる蛾の魔蟲に、白衣に隠れた右腕を差し出した。
 翡翠の手首ほどに太い六本脚が、腕に掴まるようにぴとりと留まる。それほどに大きな蛾の翅は、イルミネーションの如く絶えず模様が変化していた。
 スレッドガンに仕込んだ糸は同種の幼虫から貰ったものなので、惹かれてきたのかもしれない。
 他にも、ウサギなどの小動物を狩る大型のトンボや、紫色のミツバチの群れ、ボウリングの玉並みに大きなテントウムシがやってきて、分身体の重護へと攻撃を仕掛けている!

「な、なんスか……この蟲の大群は……ッ」

 相対する重護は、炎障壁を纏って魔蟲たちを必死に振り払っていた。その表情は険しく、嫌悪感に満ちている。
 翡翠はムッとした。魔蟲を嫌う人間が多いことくらい理解しているつもりだったが、だからといって露骨に嫌がるリアクションを見せられたくはない。

「わたしの、友達、だよ。みんな、いい子。――サクラアゲハさん、炎を、吹き飛ばし、て!」

 バッサバッサと音を立て、一メートルほどのチョウの魔蟲が翅を羽ばたかせた。風の魔力で突風が生まれ、重護が散らかす炎を引っ剥がす!

「指示を聞いてる……⁉ まさか翅橋先輩、こいつら全部と従魔契約を⁉」
「そうしたい、けど、竜鱗が、ない……。あっても、鈴谷先生、が、許して、くれない」

 従魔契約をすれば生死を共有してしまう。複数契約をするということは、そのうち一体が死亡すれば、リンクしている全員が同時に絶命するリスクを背負うことになる。

「でも、今の風魔法はなかなかの威力でしたよ……⁉」

 従魔契約をしないで人間に与する魔物は、軒並み魔力を失っていく。人の言うことを聞くほどに懐いているのなら、それなりの時間を共に過ごしたはずだ。元がどれだけ強力な個体であっても、レゾナンス中の魔法に対抗できるわけがない。

「この子たち、ただの野生……。わたしが、困ってるって、気付いて、くれて……手を貸して、くれてるだけ、なの。だから、弱らない」
「いやいやいやいやいやそんなことあります⁉ うわっと!」

 無防備になった重護が飛び退き、そこをトンボの魔蟲が通過する。

「わたし自身、不思議に、思う……でも、みんな、慕って、くれる、の」

 腕に止まっているカラフルな蛾が、翅を羽ばたかせた。それは翡翠に対するメッセージだ。翡翠は不思議と、蟲の気持ちが読み取れる。

〈不思議なことではありません。女王蟲様が森を大切にしてくれているお礼です――〉

 翡翠は幼少期から、暇な時間を見つけては近所の森へ潜っていた。そして蜘蛛や鳥などの天敵に捕食されそうな魔蟲を助けたり、メスを取り合うオスの魔蟲たちの仲を取り持ったりと、親身になって接してきたのだ。

「前、言った、よね……わたし、みんなから、女王蟲って、呼ばれてる……って」
「え!? それ同級生じゃなくて、魔蟲たちから呼ばれてるって意味だったんスか⁉」

 どうやら重護にはなにか勘違いをさせてしまっていたらしい。それが翡翠にはショックだった。

「わたし、ダメ、だね……。人との、お喋り……全然、うまくならない、や」

 翡翠は昔から、周囲の人たちに、もっと自然は自然として扱うようにと叱りつけられていた。弱肉強食――彼らには彼らの社会があって、そこに人間が介入してはならないと。
 しかし翡翠はうまく受け入れられなかった。
 ――みんな同じ命なのに、どうして転んだ子供には手を差し伸べて、弱っている虫は放置するの?
 そう何度も訴えたが、誰もが眉間に皺を寄せるだけで、やがてまともに聞く耳も持ってくれなくなったのだ。
 それから同世代の子供たちから苛められるようになって、より自分と魔蟲たちが重なって見えるようになった。ヒエラルキー最下層にいる者同士の親近感が沸いたというわけではない。ただ、優しくできる相手には優しくしようと、翡翠なりに自分に正直に動いただけである。
 それからだ。魔蟲たちの声が聞こえるようになったのは。
 ――女王蟲様、今度は我々が助ける番です。
 学校で苛められると、魔蟲たちが守ってくれるようになった。そんな彼らのことをもっと詳しくなりたくて、翡翠は京魔高専を受験した。

「ごめん、ね、星埜、君……。うまく、伝え、られなくて」
「い、いえ……謝ることじゃないと思うっスけど」

 ハガネカマキリのメタが、複眼をちらりと翡翠に向けている。

〈あの少年の言う通り、気にすることではございません。女王蟲様はとても魅力的な方でございます〉
「……あり、がと」

 翡翠はすぐに頭を振って、垂れた白衣の袖を力強く揺らす。

「みんなが、励まして、くれるから……! わたしも、わたしの、できることを……!」

 翡翠の昂ぶりに呼応するように、魔蟲たちが猛攻を仕掛ける。炎の魔法にポルターガイスト――朔夜の魔法は一つひとつが強力だが、今の翡翠は一人じゃない。

「メタ、レゾナンス!」

 翡翠の血液が魔力に変換され、すっと身体の中が涼しくなる。刹那、メタの全身が妖しく光って、禍々しい鋼の腕が二本増えた。
 魔蟲たちが作ってくれた一瞬の隙を見極めて、戦う勇気を振り絞る!

「決める、よ! 銀閃、四つ裂き!」

 メタは翅の羽ばたきに魔力を込めて、爆発させる。その推進力で急速に飛翔しつつ、鋭く四本の鎌を捻って前に突き出し、それぞれ外側へと抉るように振るった。バツ印の斬撃の軌跡がすぅ、と長く伸びて、静かに空気に解けていく。
 翡翠がゆっくり息を吐いて振り返ると、背中を向けたままの重護が、ゆらりと煙に消えていった。
 マナグラフィを外して、ほっと一息つく。

「やっぱり、分身体、だった……。みんな、手伝ってくれて、ありがとう」

 魔蟲たちにお礼を告げると、魔蟲たちは返事をするように各々の身体を動かして、それぞれ気ままに去っていった。

「さて、本体は……シフォンの、上の、星埜君、かな……? メタ、行こう」

 メタに乗って上空へ飛び上がる。すると、マナグラフィを外している玲那が笑顔で手を振ってきた。

「おっつかれ~」

 敵対しているはずの重護と肩を並べて立っており、状況が読めない。

「あの、玲那先輩……? 星埜君、捕まえないと、なんじゃ……」
「あ~こっちは穏便にって話になったよ。それよりさすが翡翠ちゃん、一番上がりだ!」
「え、そうだったん、ですか……? えへへ……やったぁ……!」

 翡翠は袖に隠れた両手を合わせて顔を綻ばせる。そして、野生の魔蟲たちが帰っていった雑木林の方へ顔を向けた。

「いつか、人も、魔蟲も……みんな、仲良くできる日が……来たらいい、ね」

 ささやかな風が、真夜中の雑木林の遠くまで届く。それを見届けたところで、背後から元気な声がした。

「今のはいくらなんでもズルくありません⁉ 反則ですよ、反則!」
「いーや、これも実力だね! 文句があるなら野生の魔蟲たちに言ってごらんよ!」

 ぎゃーぎゃーと騒がしい口論のせいで、清々しい気持ちが冷めていく。

「…………。あの、二人とも、穏便にって、話なんじゃ……?」

 わけもわからず翡翠が仲裁に入ると、玲那の視線がさっと逸れる。

「いやぁ実はボクらの決着は皆にかかってるというか任せたというか……お、こなっちゃんが動いた!」

 屋外プールの中心部から、太く水柱が上がった。
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