都市伝説の兄妹は、いずれ最強の伝説になる

進藤 樹

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第二十三話 都市伝説の兄妹は、過去を語る

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 朔夜が突然原因不明の発火現象で死亡したのが、克魔二五年三月七日の日曜日。
 それから一ヶ月が経って間もない克魔二五年四月一九日が、兄の重護の十一歳の誕生日だ。

「誕生日おめでとう、重護」

 筋肉達磨には似合わないスーツ姿の上弦が、リビングに帰って来るなり穏やかにそう伝えた。
 なんの変哲もない、少しこじんまりとした三階建ての一軒家だ。一階は自動車用のガレージになっていて、リビングは二階にある。
 その手には、とても小さな箱がラッピングされている。重護への、誕生日プレゼントだろう。

「……いらねぇ」

 無意識に肩に触れる。去年、背中にぶら下がるようにして朔夜がおめでと~と笑っていたことを思い出した。
 その体温は、もうない。

「重護。受け取ってほしいの。重護がなんと思おうと、今日は重護の誕生日なのよ」

 冷蔵庫から誕生日ケーキを出した美月が、少し沈んだ声で窘めた。
 すると、重護の腰辺りからやけに懐かしい声がする。

「そうだよ! もったいないよ!」
「ほら、朔夜もそう言ってるわ。……ろうそく、細いの十一本刺す? 太いの一本と細い一本にする?」
「細いの十一本!」

 重護はワケが分からなくなっていた。なぜ、先月死んでしまった妹が、自分の腰に抱き着いて、両手の指を一本ずつ立てているのだろうか、と。

「な、なぁ二人とも……」
「お? やはり重護にも見えていたか……きっと、この朔夜は俺たちの心の中にいる朔夜だ」
「は? パパはなに言ってるの?」

 朔夜が低い声で反応する。上弦は感慨に浸っているかのように虚空を見つめていた。

「そうね、みんなが朔夜のことを愛しているから、ついつい想像してしまうのね」
「ママ? ちょっとママまでなに言ってるの?」

 朔夜は美月に近づこうとするが、重護から手を離すことはできない。

「あれ、動けない……お兄ちゃん、ママが変だよ」

 美月が誕生日ケーキに細いろうそくを十一本刺し、リビングに運んでくる。重護がそろそろと近づくと、朔夜も引っ張られるように動いた。

「あぁ、そうか……そうだよな。朔夜は死んじまっても、俺たちのことが不安で仕方ないのか……。いつまでも暗い顔してちゃ、ダメだよな……!」
「な、なんでお兄ちゃんまでおかしなこと言うの……?」

 愕然と震える朔夜の肩に、重護は手を置いた。華奢な肩は骨の硬さと肌の薄い柔らかさがあり、ほんわかと温かい。まるで本物の朔夜だ。

「………………あれ、触れる……?」

 ――まるで本物っていうか、まじで本物な気がするんだが。

 背筋がぞっと凍えて、あり得ないと頭を振る。
 そうだ、こいつは幽霊じゃない、幻想の朔夜なんだと自分に言い聞かせるように、重護は幻覚であってほしい朔夜に語りかけた。

「安心してくれ、朔夜。俺たちは、大丈夫だから。なにが起きても向き合っていけるさ」
「じゃあ現状に向き合おうよ⁉ 目の前にわたしいるよ⁉」
「親父。誕生日プレゼント、ありがとう」

 重護が清々しい顔で掌を差し出すと、上弦は力強く誕生日プレゼントを置いた。

「ああ!」
「母さん、ろうそくに火をつけてくれ」
「ええ!」

 時計回りにライターでろうそくに火がつけられ、上弦が部屋の魔術照明器具を消す。

「さあ、朔夜にも祝ってもらおう。俺たちは、朔夜の分まで生きていけると――」

 ろうそくの火を吹き消そうと重護がケーキに顔を近づけた時、ケーキがひとりでにふわりと空中に浮き上がった。そして――

「わたしはお兄ちゃんと一緒がいいの!」

 ベチャアッ!
 ――勢いよく、重護の顔面に押し付けられる。

「ぶふぁふぉ⁉ べへっ、べへっ⁉ ななな、なんだよ、一家がせっかく悲しみを受けとめて乗り越えようってしてるところを⁉」
「一家揃って恐怖から目を背けようとしてたじゃん! 受け流そうとしてたじゃん!」

 びゅん! がっちゃん! ずんっ! 真っ暗闇の中、荒々しい物音が響き続ける。

「ごっふぅ!?」

 上弦がなにかに殴られたような呻き声を上げ、重護も円盤状のなにかに脇腹を叩かれた。握る部分や大きさなどからフライパンの蓋だろう。
 大騒ぎの中、窓際に置かれていたボックスティッシュが突如としてすっ飛び、偶然にも上弦の手元にある照明のスイッチを押した。
 明るくなった部屋の中、上弦と美月の戸惑う声が漏れる。

「まさか……幻覚じゃない、のか……⁉」
「どうして……⁉ 朔夜、朔夜なの……⁉」

 両親の言葉。先ほど触れた温もり。それらが非現実的な展開を受け入れる手立てとなる。

「親父……母さん……本当に、朔夜がそこにいるのか? 俺にはなにも見えないんだが……」
「ケーキまみれだもんねッ」

 先ほど食卓を拭いていた台拭きが宙を舞い、重護の顔を強引に拭った。ばっちい。
 視覚を取り戻した重護は、ありえない光景に目を奪われる。
 ソファは倒れ、椅子は浮き……部屋中のものが不規則に動いているのだ。そして目の前には……もう二度と会えなくなったはずの、妹の姿がある。

「ま、まさか……さ、朔夜……なのか……⁉」
「そうだけど……って、あ、あれ……⁉ やば、どうしよ……」
「朔夜⁉ なにがやばいんだ⁉」
「もの、動かせるみたいなんだけど……制御できなくて……!」

 朔夜は左手で重護の手首を力強く握って、右手を上にピンと伸ばして力んでいる。それを見て美月が口元に手を当てた。

「もしかして、霊魔になっちゃったの……⁉」
「人間の霊魔だと⁉ となるとこれはポルターガイストの魔法か……!」

 状況を呑み込んでいく間も、朔夜の暴走は続いている。どんどん荒れていく部屋の中、重護は朔夜をぎゅっと抱きしめ両親に叫んだ。

「どうすんだよこれ、どうすりゃ止まるんだ⁉」

 抗魔官の上弦なら……と縋る気持ちで目をやると、上弦は壁際に浮いている通勤鞄を乱暴に掴み、太い手を突っ込んだ。

「朔夜、お父さんの声が聞こえるか」
「き、聞こえる、けど……⁉」

 苦しそうに返事をする朔夜に対し、上弦は鞄の中から手の平サイズの黒いケースを出す。それを開くと、中には楕円形の緑色をした平たいものが入っていた。

「朔夜、お前は今魔力を宿している。つまり従魔契約の従魔になれるんだ。そして従魔契約に必要な竜鱗は、ここにある」
「従魔契約って……お正月にテレビで竜巫女のお姉さんがやってた、あの……⁉」
「それだ。話が早くて助かる」

 朔夜の口にした竜巫女のお姉さんというのは玲那のことだ。よもや数年後には先輩後輩の間柄になるとは、当然思っていないだろう。

「意識があるうちに、竜鱗に触れなさい。お父さんが主人になれば、すぐに落ち着く」
「そうなの……? わ、わかった……!」

 朔夜は上弦の方へ一歩踏み出すが、奇妙な挙動で手が伸びて重護の肩に触れた。

「あれ、なんで……」
「もしかして、重護から離れられないの?」

 包丁が飛んでいかないように握っていた美月に指摘され、朔夜は重護から離れようと試みた。

「俺から離れられないってどういう……うわ⁉」

 床に倒れていたテレビの魔導コードが鞭打つようにしなり、重護は足を絡め取られて転倒。朔夜もつられて倒れ込む。
 それでも二人は離れることなく、重護の肘に朔夜の手が触れていた。

「いったた……うん、ママの言う通りみたい……」
「ということは、背後霊……それも、重護に憑いちゃったってわけね……」

 今度は食卓のテーブルが傾くように浮き上がる。上弦が、ムキムキと鍛え上げた腕力で強引に押さえ込んだ。

「くそっ、それでも構わん……! 朔夜、これを!」

 竜鱗が放り投げられ、床に寝そべったままの朔夜のお腹の上に落ちた。瞬間、竜鱗は端から不思議な輝きを帯び、五秒足らずで全体に行き渡る。

「重護、それをお父さんの口の中に入れるんだ! 早く!」

 冷蔵庫の扉がバタバタと開閉し、中に入っていた食材が床に散乱。びくりと怯えた朔夜のお腹から竜鱗を取り上げて、重護はじっとそれを見つめた。

「親父……俺にやらせてくれ」

 先月、目の前で昨夜が死んだ。再びあの無力感を味わいたくなんてない――それは重護の完全な我儘だが、なにがなんでも貫きたかった。

「は⁉ なにを言ってる、そんなことしたらお前は――」
「朔夜と運命共同体になるってんだろ、俺だって竜巫女儀式見てたんだ、知ってるよ!」

 従魔契約の概要についてはその際憶えた。実際、玲那が竜鱗を手で割ってから飲み込んだところも見ているので、飲み方についても問題ない。

「はぁぐ……うぅ、あああああ!」

 朔夜がいよいよ頭を抱えて悶えだした。それでも重護から離れられず、重護の足の上に重なってじたばたする。より強く魔力が暴走し、食卓の椅子の一つが天井にぶち当たって足をへし折った。

「朔夜が持たないわ……! 重護、おかしなこと言ってないで早くそれをお父さんに!」

 怒鳴る美月の迫力に気圧されつつ、しかし重護は竜鱗に噛みつく。

「今度こそ、俺が朔夜を救うんだあああああッ!」

 尖った破片は喉の内側を切り裂くような痛みを伴ったが、そんな痛み、守れなかった先月の苦しさに比べれば……!
 瞬間、重護と朔夜の身体が淡い光に包まれ、すっと全身から力が抜けていく。
 部屋中を震撼させていたポルターガイスト魔法は数秒で和らぎ、騒がしかったリビングが静寂に凪ぐ。
 後には、泥棒にでも入られたのかと思うほどに凄惨な光景の中、寄り添いながら気を失う兄妹と、複雑そうに顔に皺を作って見つめる両親の姿があった――。
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