追放されたお姫様はおとぎ話のごとく優しい少年に救われたので恩返しします。

進藤 樹

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タイムスリップの仕組み

「それは〝時間災害〟の影響ね」

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 アーロドロップが泣き止んだ後、慶汰は彼女を自宅に上げた。五センチは歯があった下駄からスリッパに履き替えたので、慶汰の肩の高さに彼女のつむじがくるほどの身長差になる。下駄は慶汰の部屋に隠すことにした。
 キッチンで紙パックのジュースを二人分注いで、ダイニングテーブルに座る。すると、アーロドロップがぽつりと呟いた。

「モルネア……」
「あの玉手箱、龍脈を蓄えて龍脈術を使えるって仕組みは、乙姫羽衣と同じなんだろ? だったら、今までアロップのネイルコアにいたように、今もモルネアは玉手箱の中にいるんじゃないか?」
「……ええ、さっきは取り乱しちゃったけど、あたしもそう思うわ」

 励ますための当てずっぽうだったが、どうやら功を奏したらしい。

「モルネアは、龍脈エネルギーをどれくらい持っていたんだ?」
「常にあたしから供給していたから、すぐに稼働しなくなったでしょうね。でも、玉手箱に付着しているというなら、竜宮城に玉手箱を入れれば復活してくれるはず、なんだけど」
「付着……まあ、そういうことなら一安心、か……?」

 ゆっくりと息を吐く慶汰に、アーロドロップは頭を下げた。

「心配かけてごめんなさい」
「いいさ、気にすんなって」

 ジュースを一口飲んで、慶汰はもうひとつの問題を呈示する。

「それで、玉手箱が龍脈を吸収して、竜宮城に入るためには龍脈がいるってことは……吸い尽くされるわけにはいかないから、アロップは触れない?」
「さすが慶汰。話が早くて助かるわ」
「おお……まじか……でもそうなると、アロップはこれからどうすりゃいいんだ?」
「今はなんとも言えないわ……。でも、あたしが触れるわけにはいかない以上、誰かが玉手箱を抱えてあたしに着いてくる必要があるの」
「着いていくって……深海なんだろ? 潜水艦でもなくちゃ難しいが……」
「いいえ、同行してくれる人にはあたしが遊泳術をかけるから、水圧も酸素も問題なくなるわ。むしろ、潜水艦なんて大きなものを竜宮城に入れるには相応の龍脈が必要だし、さすがのあたしの乙姫羽衣も、それだけの残量が残っているかどうかは……怪しいところね」
「そっか。じゃあ、俺が持っていけばいいな」

 アーロドロップの顔に影が差す。

「そうね、そう言ってもらえればどれだけ気が楽か……は?」

 きょとん、と目を丸くした後、アーロドロップが額を手で押さえた。

「ちょ、ちょっと待ってよ、なんでそんな簡単に言えるわけ?」
「なんでって言われてもな……。じゃあアロップはどうしたいんだよ」
「うっ……」

 頼る相手が慶汰しかいないので、ばつが悪そうに項垂れた。

「ホントに……いいの? 時間の流れが違うのに……」
「まぁ、考えないわけじゃなかったけどな」

 竜宮城。深海の果て、龍脈に満ちた世界。かつて浦島太郎が訪れた、海の楽園。

「なあ、アロップ。竜宮城から玉手箱が浦島太郎の手に渡ったのは、地上世界じゃ六〇〇年くらい昔の話だ。けど、そっちじゃ一二〇〇年前とか言ってなかったか?」
「そうだけど」
「おかしくないか? 浦島太郎は竜宮城で五年過ごして、その間に地上は六〇〇年も経過した。単純計算なら、竜宮城で一年過ごせば、地上は一二〇年経過するってことになる。同様に、一ヶ月で一〇年、およそ一五日で五年、約三日で一年って差が出てくることになるわけで……」

 矛盾するのだ。地上の方が、竜宮城より長い年月を経過していないと、計算が合わない。
 慶汰が言葉尻を濁すと、アーロドロップが頷いて話を繋いだ。

「それは〝時間災害〟の影響ね」
「時間災害?」
「ええ。何千年に一度あるかないかの不定期で発生する、大規模な災害よ。前回がおよそ一二〇〇年前、その前は五〇〇〇年前で、その前が八〇〇〇年前と言われているわ」
「な、なんだそりゃ……」
「時間災害が発生すると、大きくタイムスリップした後、その時間差を埋めるような反動が起こるの。具体的には、浦島太郎が竜宮城滞在中に外界が六〇〇年経過してから、浦島太郎が地上に帰還し、その後、竜宮城で六〇〇年近い時間が急速に経過したってわけ。だから浦島太郎の帰還は地上だと六〇〇年前の出来事になって、竜宮城では一二〇〇年前のできごとになるのよ」
「な、なるほどな……?」

 慶汰は脳裏で図を描きながら頷いた。

「そもそも、竜宮城の中には龍脈が満ちていて、それが中にある万物に対して常に複雑に干渉を起こしているわ。そして龍脈はとても不安定なエネルギー。つまり『一定を保つ』ってことができないの。だから、常に波が発生しているのね」
「波……? まさか、時間も?」
「ええ。だからこっちの一日が竜宮城の一ヶ月なんてけっこうあるし、その逆もそう。ただ普段は、その変化値が波のように少しずつ大きくなっては収まっていって、今度は逆の変化が起きて……を繰り返しているわけね」
「そんなことになっているのか」

 慶汰は、肝が冷えるような恐怖を覚えて震えた。

「そういうわけで、竜宮城の三日で地上が一年経過するって差が出てくるのは、それほどおかしい話だとは思わないわ。実際、今現在の時間の波は、こっちの一年間で竜宮城が六〇年くらい進む波の終わり際だから」
「その波が終わると、今度は竜宮城の一年間でこっちが六〇年くらい進むってことか?」
「ざっくり言えばそういうことね。でも、竜宮城で五年過ごすと地上が六〇〇年過ぎているっていうのは、さすがに異常よ」
「つまり、波のような変化を逸脱したら、時間災害」

 アーロドロップは頷いて、人差し指を立てる。

「だからホラ、絵本に出てきた亀は浦島太郎の計算式が当て嵌まらないでしょ。亀の方は時間の流れが正常だったのよ」
「たしかに……浦島太郎に助けられた亀が竜宮城に一旦帰って、浦島太郎を招待するために再会するまでの期間は数日だったな……」

 五年で六〇〇年の計算だと、竜宮城に一日いただけで地上は四ヶ月が経過する。亀は数日で往復しているので、まるでシャトルランのようにとんぼ返りで竜宮城を出入りしたことになるわけだ。
 が、そんな一瞬で浦島太郎を招待する話がまとまるとは考えにくい。
 そう考えると、浦島太郎の訪問時と亀の往復時は、時間の計算式が違うというのも納得がいく。

「……で、その時間災害とやらは滅多にないそうだけど……発生前に、予想がつくのか?」
「無理、ね。そこを確実に防ぐ手立ては……用意できないわ」

 もし失敗したら、海来の二の舞を演じてしまう。
 子供を助けようとして二度と目を覚まさなくなった姉。
 そんな姉を救おうとして、時間の流れが違う世界に飛び込んだあと、戻って来る時に数年が経過していては、姉はもう生きてはいまい。
 半年以上植物状態が続いている今、自発的に目を覚ます可能性は非常に低く、そして海来の生命活動が止まる日はいつきてもおかしくないのだから。
 それでも、慶汰は真剣な顔で告げた。

「わかった。俺も竜宮城に行くよ」
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