追放されたお姫様はおとぎ話のごとく優しい少年に救われたので恩返しします。

進藤 樹

文字の大きさ
19 / 57
タイムスリップの仕組み

「えと……なんつーか、縁起が悪い気がしてな」

しおりを挟む
「……ちょっとは考えなさいよ」

 驚きと疑惑が混ざったように目を丸くするアーロドロップに、慶汰は心外だと言わんばかりに目を細めた。

「別に、どでかいタイムスリップに巻き込まれる可能性は、まずなさそうだしな」

 慶汰が無理して着いていく必要がないことは、慶汰自身考えていた。
 リスクの観点から言えば、アーロドロップを見捨てたところで、困るのはアーロドロップだけ。海来の状態が悪化するわけではない。もっとも、今のままでは目覚める希望も薄いのだが、ではアーロドロップを助ければ海来の目覚めが確約されるかというとそうでもない。あくまでも、可能性、だ。
 だが、そんな理屈は慶汰の気持ちが許せなかった。アーロドロップを見捨てて、自然に姉が目を覚ました時、果たして素直に喜べるだろうか。
 たとえそれが、冷静にリスクを回避するための判断からだったとしても。

「ここにいるのが俺じゃなくて姉さんだったとしても、きっとアロップを助けるって言うさ。それに……」

 言いかけて、慶汰はそのまま口をつぐんだ。アーロドロップが不思議そうに首を傾げる。

「それに?」

 慶汰は頬をかいて、ぎこちなく視線を逸らした。

「えと……なんつーか、縁起が悪い気がしてな」
「縁起って……もう。あたしを助けるのは験担ぎってわけ?」

 アーロドロップにじとーと見つめられ、慶汰はもぞもぞと座り直す。

「や、別にそういう意味じゃ……」

 結局のところ、慶汰がアーロドロップを助けたいのだ。ただ、さすがにそれを面と向かって言うには、照れと気恥ずかしさが邪魔をしただけ。

「でもいいの? 運が悪ければ、もう二度とこの時代に戻れなくなるのかもしれないのよ」
「それは勘弁してほしいが……数千年に一度って確率なら問題ないさ。それより、玉手箱を渡すのは明日の夜になってもいいか?」
「あたしに決定権なんてないでしょ……」

 アーロドロップは、まだどこか自虐的だ。慶汰はわざとらしく咳払いして、話を進めた。

「明日の夜〝りゅうぐう〟竣工記念パーティーってのが開催される。玉手箱があのガラスケースから出てくる、滅多にない日だ」

 慶汰は倉庫にこそ入れるようになったが、あのガラスケースを開けることはできない。だから両親に無断でアーロドロップに玉手箱を譲渡するというなら、そのタイミングしか狙えない。

「玉手箱を見たいって人に見せる機会でもあるから、俺としてはそこの終わり際を狙いたいんだが……アロップ的に、まずかったりするか?」
「いえ、大丈夫よ」
「じゃあ決まりだな。それまでの間、アロップはどうする? 宛てがないなら家にいるか?」
「……いいの?」
「ああ、一晩くらいならどうとでもできるだろ。というか、ここ数日はどうしてたんだ?」
「モルネアに警戒を頼んで、雨風をしのげそうなところで、まあ、なんとか……」

 アーロドロップは曖昧に言葉尻を濁した。

「だから、そう言ってくれるのはものすごくありがたいのだけど」
「決まりだな。じゃあ、母さんが帰ってくる前に風呂入っちゃってくれ。飯もあるから」
「申し訳ないわね、何から何まで」
「何言ってんだ。姉さんのこと、助けてくれるんだろ?」
「それはもう、頼まれなくたって全力でやるわ」
「だったら俺の方こそ、できる限りのことをさせてくれ」
「ありがとう……。この命に代えても、成し遂げてみせるから」

 沈んでいたアーロドロップの瞳に覇気が戻る。
 ひとまず、ある程度気を持ち直させることはできたみたいだと、慶汰は静かに長い息を吐いた。

「ねえ、お風呂貸してくれるのは本当に嬉しいんだけど、親御さん帰ってきた時まずくない?」
「いや、母さんはパート帰りに姉さんのお見舞いに行くから、あと数時間は大丈夫だ。こういう日はいつも俺が先に風呂に入って夕飯作ってるから、違和感ねぇよ」
「そう、ありがと……」
「とりあえず、準備しようぜ。姉さんの部屋に案内するから、寝間着一着選んで持ってってくれ。洗濯機も使ってくれていい……けど、その乙姫羽衣とやらを洗濯機に突っ込んでいいのかはよくわからないから、任せる」

 お風呂について一通り説明した後、アーロドロップが入浴している間にカレーを作っておく。慶汰のレパートリーはカレーかクリームシチューかビーフシチューなので、事前に食材は冷蔵庫に揃っているのだ。
 米は普段より多めにといで炊飯器にセット。
 ジャガイモやニンジン、タマネギの皮むきからカットをこなして、カレー鍋を火にかける。
 一つひとつの工程を、いつも以上に丁寧にできたのは、女の子がいるからだろうか。それとも、両親に食べてもらうカレーは今回が最後になるかもしれないという不安からだろうか……。
 考えを煮込むように鍋をかき混ぜていると、おもむろに廊下へ続くドアが開かれた。

「お湯、ありがと。さっぱりしたわ」
「ああ……」

 振り向いて目にしたアーロドロップは、お風呂上がりのせいか、それとも海来のラフな部屋着を着たせいか、まるで雰囲気が違って見えた。
 濡れてしっとりした銀髪は、腰の辺りまで下りている。シンプルな淡い桃色のTシャツはサイズが大きかったのか、右肩を出すようにずらして着ており、中に着たキャミソールのオレンジ色の肩紐が覗いていた。長い裾から少しだけはみ出したショートパンツからは、細い足が真珠のような爪の素足まで無防備に晒している。
 二割増しでみずみずしい両目を半眼にして、アーロドロップが慶汰に視線を送った。

「……なに?」
「いや、服が違うだけでだいぶ印象が変わるなって」
「……あ、あんまりじろじろ見ないでよ。こういうの着るの初めてで……恥ずかしい」

 アーロドロップの顔がほのかに赤くなって、すっと右肩のシャツを引き上げる。肩は隠れたが、襟元が緩んで鎖骨の下の柔肌とキャミソールのボーダー生地を晒す。

「わ、悪い」

 慶汰は鍋の火を止めて、逃げるように風呂に向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

処理中です...