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子ども
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辺境伯家へと嫁いでしばらく。
大事にしていただくことに慣れていなかった私は、戸惑うことが多く、様々なご迷惑を掛けてしまったと思います。
特にそれが顕著になったときが、息子の妊娠が分かったあとのことでした。
重い悪阻もありましたが、強い不安が押し寄せてどうにもならなかったのです。
自分が母親になるというのがまず信じられないことでした。
そして私は母親になることがとても怖ろしかった。
私が知る母親というのが、あの人一人だったから。
当時の私の頭の中には、あの人から掛けられた言葉が次々と呼び起こされていました。
その声が聴こえるたびに。
私はあの人のようにはなりたくなくて。
けれどもいい母親にもとてもなれる気がしなくて。
あの頃は旦那さまにご心配ばかりかけていましたね。
知らないならば、これから学べばいい。
共にいるのだから、一人で親になるわけでもない。
親を真似る必要はないし、リーチェなら真似も出来ないだろう。
リーチェらしい母親になればいい。私も共に私らしい父親を目指そう。
そう言ってくださった旦那さま。
私たちがいるでしょうと、頼りなさいと、励ましてくださったお義父さまとお義母さま。
その他沢山の方々に助けていただいて、私は子どもを産むことが出来ました。
そうしてすぐに母親になれたかと言えば、そうではなかったのです。
子育ては知らないことの連続でした。
お義母さまや乳母にも都度助けていただきながら、なんとか子どもを育てる日々に、悩んでいる暇などありません。
急にあの人の声が思い出されることは多々ありましたけれど、それを気にしていられる時間もまた長くはなかった。
そのうち、思い出す頻度も減っていき……。
そうしてあるとき不意に気が付いたのです。
私はこの子に求められて、それに応えるために触れて、接して、少しずつ母親にして貰っているのだと。
母親として未熟な私だろうと、子どもにとっては関係のないことでした。
もっとこちらを見て。もっと触れて。早く抱き締めて。笑い掛けて。お腹をいっぱいにして。
言葉を話せないうちから私に色んなことを望んでくれる息子と過ごして、やっと母親になれているのだという実感がじわじわと心に広がっている。
そのことに気が付いてからというもの、私はあの人の言葉を思い出しても、もう感情を乱されて落ち込むようなことはなくなっておりました。
そんな私は、今も子どもたちと触れ合いながら、母親として成長途中であることを感じています。
まだまだいい母親にはなれません。
先日だって。
旦那さまが王都で処罰を受けるようなことになったら。
子どもたちを残したまま、お別れもなく、旦那さまと共にと考えるようでしたでしょう?
きっと私には育ちに足りない部分が沢山あって。
人より母親としての成長が遅いのだと思います。
まだまだこれから……という希望を持ちつつも。
自分がいい母親ではないと理解出来るようになったことが、まず成長の一歩です。
あの人しか知らなければ、私は自分がとてもいい母親だと認識し、成長を止めていたでしょう。
これでは子どもたちを真直ぐに見ることも叶わず、あの人のようになっていた可能性もありました。
そうして私は今も、いい母親になるためのお勉強をしながら、子どもたちに沢山望んで貰って、少しずつ私らしい母親になっていく日々を重ねています。
願わくは、それが子どもたちにとってのいい母親でありますようにと祈りながら。
こういうことで、私は侯爵夫人を私の母親だとは言いたくなかったのです。
記憶のない幼い頃のことは分かりませんが、父方の祖母から聞いた話ではほとんどが乳母任せであったそうですし。
物心ついてからは、こちらから何かを望めるような、そのような関係にある方ではありませんでしたから。
そしてそれは今も変わらず──。
「そうよ、昔はいい子だったのよ!それを何です。勝手に嫁いであとは知らん顔をして。昔のように母のために何かしたいとは思わないわけ?こんな子に、こんな子に子どもだなんて……子どもなんてあり得ないわ!いやよ!この子はわたくしの娘です!いつまでもわたくしの娘なのよ!」
今になって再会し、この人が親になれていないことが分かりました。
この方は、望む側、求める側にいつもいたのです。
いい母親かどうかという以前に、この人はまだ親ではなかった──。
大事にしていただくことに慣れていなかった私は、戸惑うことが多く、様々なご迷惑を掛けてしまったと思います。
特にそれが顕著になったときが、息子の妊娠が分かったあとのことでした。
重い悪阻もありましたが、強い不安が押し寄せてどうにもならなかったのです。
自分が母親になるというのがまず信じられないことでした。
そして私は母親になることがとても怖ろしかった。
私が知る母親というのが、あの人一人だったから。
当時の私の頭の中には、あの人から掛けられた言葉が次々と呼び起こされていました。
その声が聴こえるたびに。
私はあの人のようにはなりたくなくて。
けれどもいい母親にもとてもなれる気がしなくて。
あの頃は旦那さまにご心配ばかりかけていましたね。
知らないならば、これから学べばいい。
共にいるのだから、一人で親になるわけでもない。
親を真似る必要はないし、リーチェなら真似も出来ないだろう。
リーチェらしい母親になればいい。私も共に私らしい父親を目指そう。
そう言ってくださった旦那さま。
私たちがいるでしょうと、頼りなさいと、励ましてくださったお義父さまとお義母さま。
その他沢山の方々に助けていただいて、私は子どもを産むことが出来ました。
そうしてすぐに母親になれたかと言えば、そうではなかったのです。
子育ては知らないことの連続でした。
お義母さまや乳母にも都度助けていただきながら、なんとか子どもを育てる日々に、悩んでいる暇などありません。
急にあの人の声が思い出されることは多々ありましたけれど、それを気にしていられる時間もまた長くはなかった。
そのうち、思い出す頻度も減っていき……。
そうしてあるとき不意に気が付いたのです。
私はこの子に求められて、それに応えるために触れて、接して、少しずつ母親にして貰っているのだと。
母親として未熟な私だろうと、子どもにとっては関係のないことでした。
もっとこちらを見て。もっと触れて。早く抱き締めて。笑い掛けて。お腹をいっぱいにして。
言葉を話せないうちから私に色んなことを望んでくれる息子と過ごして、やっと母親になれているのだという実感がじわじわと心に広がっている。
そのことに気が付いてからというもの、私はあの人の言葉を思い出しても、もう感情を乱されて落ち込むようなことはなくなっておりました。
そんな私は、今も子どもたちと触れ合いながら、母親として成長途中であることを感じています。
まだまだいい母親にはなれません。
先日だって。
旦那さまが王都で処罰を受けるようなことになったら。
子どもたちを残したまま、お別れもなく、旦那さまと共にと考えるようでしたでしょう?
きっと私には育ちに足りない部分が沢山あって。
人より母親としての成長が遅いのだと思います。
まだまだこれから……という希望を持ちつつも。
自分がいい母親ではないと理解出来るようになったことが、まず成長の一歩です。
あの人しか知らなければ、私は自分がとてもいい母親だと認識し、成長を止めていたでしょう。
これでは子どもたちを真直ぐに見ることも叶わず、あの人のようになっていた可能性もありました。
そうして私は今も、いい母親になるためのお勉強をしながら、子どもたちに沢山望んで貰って、少しずつ私らしい母親になっていく日々を重ねています。
願わくは、それが子どもたちにとってのいい母親でありますようにと祈りながら。
こういうことで、私は侯爵夫人を私の母親だとは言いたくなかったのです。
記憶のない幼い頃のことは分かりませんが、父方の祖母から聞いた話ではほとんどが乳母任せであったそうですし。
物心ついてからは、こちらから何かを望めるような、そのような関係にある方ではありませんでしたから。
そしてそれは今も変わらず──。
「そうよ、昔はいい子だったのよ!それを何です。勝手に嫁いであとは知らん顔をして。昔のように母のために何かしたいとは思わないわけ?こんな子に、こんな子に子どもだなんて……子どもなんてあり得ないわ!いやよ!この子はわたくしの娘です!いつまでもわたくしの娘なのよ!」
今になって再会し、この人が親になれていないことが分かりました。
この方は、望む側、求める側にいつもいたのです。
いい母親かどうかという以前に、この人はまだ親ではなかった──。
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