【完結】ねぇ、それ、誰の話?

春風由実

文字の大きさ
73 / 159

66.浮かれ過ぎて

 王都で城の次に目立つ真っ白い大きな建造物。
 ここが貴族の若者たちの集う学舎、アカデミーと呼ばれる場所だ。


「見て、アシェル。凄いのよ」


「うん。これは立派だね」


 初めて王都に来た者がアシェルたちと同じ場所に立ったなら、建物の大きさに圧倒されて、一時は立ち竦んでしまうものだけれど。

 アシェルたちが今、目を輝かせて見ているものは違う。
 その立派な建物でもなければ、巨大な怪物も入場出来そうな高く大きな入口でもなく。
 二人の視線の先が捕らえるものは、その入り口の左側に鎮座する大木だった。

 その幹の太く逞しいこと、一目で長い年月を感じられる大木の姿に、アシェルたちは夢中だ。


「この大きさ、軽く樹齢千年は越えていそうなのよ」


「建国前からありそうだね。この樹を象徴にして、ここにアカデミーを建てると決めたのかもしれない」


「凄い年月を生きているのね。この樹はどんなものを見てきたのかしら」


「樹に聞けたらいいのにね。樹々に心理はあるか、セイブルが研究してくれないかな」


「それは樹が可哀想なのよ」


「セイブルは樹が相手でも変わらないかぁ。帰っても言うのはやめておこう」


 二人は地面を這う根も踏まないように注意して、太い幹の周りを歩き、大木の観察をはじめていく。

 しかしすぐに声が掛かった。ローワンからだ。


「ほら、二人とも。後にしなさい。外の見学ならば、日を改めていつでも出来るよ」


 アシェルとソフィアは、二人で肩を竦め合うことになった。
 遊びに来たわけではないことを思い出したからだ。

 とはいっても、ここで二人の気は締まらない。
 今日は依頼された講演の事前打ち合わせに来ただけだからだ。

 おかげですぐに二人は別のものに気を取られた。
 今度は花壇の花を見て、二人で議論を始めている。


「やれやれ。いつまでも子どもなのだから」


 小声で呟いたローワンも、しばらくは二人の様子をどこか嬉しそうに見守っていた。



 そうしてアシェルたちが一通り満足した後、三人はやっとアカデミーの建物の内部へと足を踏み入れることになる。
 大きな入口を通り過ぎれば、ローワンが何か言う前に受付係の女性から声が掛かった。
 外から会話は聴こえてくるのに、なかなか建物に入って来ようとしない三人を女性は待ち詫びていたのだろう。

 アシェルたちはそのまますぐに、女性の案内の元、二階の一室へと向かうことになった。


「見て、アシェル。建物が大きいと階段も大きいのよ」


「一段を高くすることはないのにね。転ばないようゆっくり歩こうか」


「どうしてこんなに天井を高く作っているのかしら?」


「低い方が階を増やせるのにね。何か高さが必要な実験でもしているのかな?」


「面白そうね。研究室は見てみたいわ」


「そうだね。何か参考になるところもあるかもしれない」


 手を繋いでいつも通り楽しく会話をしながら遅れて歩く二人の様子を、先頭を行く受付係の女性は何度も振り返って確認していた。
 振り返るたびその表情に変化が見られたことには苦笑して、ローワンは言う。


「いつもこうして仲が良くてね。新婚ということで、多少はしゃいでしまうところには目溢しいただきたい」


 受付係の女性は「いえっ。そんなっ。許すも何もっ。素晴らしいことです」と慌てたように告げて頭を下げた。
 
 後ろに続くアシェルたちは相変わらず二人で話していて、ローワンと女性のこのやり取りを聞いていなかったようだ。


 そんな二人もローワンに続き室内に入るときには、口を閉ざした。
 室内には、高齢の男性、それから若い男女の姿があったからだ。

 入って来た三人を見て立ち上がったのは、高齢の男性だけ。
 若い男女二人はソファーに座ったまま、しかも飲んでいる紅茶のカップを置こうともしない。


 ──今日はただの打ち合わせのはずだよね?


 先日会った名乗らなかった女性の姿を思い出して、アシェルは急速に気を引き締めた。


 ──オーレリア殿下のときと違う。嫌な感じだ。


 ソフィアも何か感じていたのだろうか。
 自然に身を寄せてきたソフィアに、アシェルは普段しないことをする。

 繋いだ手を反対の手で受け取ると、空いた腕をソフィアの背に伸ばして、その手をソフィアの腰に添えたのだ。

 訓練やダンスの授業で身体が触れ合うことは何度も経験していたとして。
 よくソフィアからは抱き着いていたとして。
 アシェルは何もないときには、手を繋ぐことしかしなかったから。

 ソフィアはほんのりと頬を赤く染めて、アシェルを見上げた。
 しかしアシェルの視線は、いつまでもソフィアの元に下りてこない。

 ソフィアがアシェルの視線を追い掛けて、変わらぬ微笑を浮かべ紅茶を嗜む男女を見詰めたあとには、その頬から熱は消えていた。


感想 33

あなたにおすすめの小説

虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~

八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。 しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。 それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。 幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。 それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。 そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。 婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。 彼女の計画、それは自らが代理母となること。 だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。 こうして始まったフローラの代理母としての生活。 しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。 さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。 ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。 ※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります ※「小説家になろう」が先行公開です(第二章開始しました)

初恋の還る路

みん
恋愛
女神によって異世界から2人の男女が召喚された。それによって、魔導師ミューの置き忘れた時間が動き出した。 初めて投稿します。メンタルが木綿豆腐以下なので、暖かい気持ちで読んでもらえるとうれしいです。 毎日更新できるように頑張ります。

この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

俺、異世界で置き去りにされました!?

星宮歌
恋愛
学校からの帰宅途中、俺は、突如として現れた魔法陣によって、異世界へと召喚される。 ……なぜか、女の姿で。 魔王を討伐すると言い張る、男ども、プラス、一人の女。 何が何だか分からないままに脅されて、俺は、女の演技をしながら魔王討伐の旅に付き添い……魔王を討伐した直後、その場に置き去りにされるのだった。 片翼シリーズ第三弾。 今回の舞台は、ヴァイラン魔国です。 転性ものですよ~。 そして、この作品だけでも読めるようになっております。 それでは、どうぞ!

無能だとクビになったメイドですが、今は王宮で筆頭メイドをしています

如月ぐるぐる
恋愛
「お前の様な役立たずは首だ! さっさと出て行け!」 何年も仕えていた男爵家を追い出され、途方に暮れるシルヴィア。 しかし街の人々はシルビアを優しく受け入れ、宿屋で住み込みで働く事になる。 様々な理由により職を転々とするが、ある日、男爵家は爵位剥奪となり、近隣の子爵家の代理人が統治する事になる。 この地域に詳しく、元男爵家に仕えていた事もあり、代理人がシルヴィアに協力を求めて来たのだが…… 男爵メイドから王宮筆頭メイドになるシルビアの物語が、今始まった。

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

【完結】帳簿係の地味令嬢、商会の不正を見抜いて王宮に見出されました。

夏灯みかん
恋愛
王都の商工会議所で働く、地味な帳簿係エミリー。 真面目に記録をつけることだけが取り柄の彼女は、同僚から軽く扱われ、雑用を押しつけられる日々を送っていた。 そんなある日――エミリーは、孤児院への配給物資の記録に、わずかな“ズレ”があることに気づく。 数量は合っている。 だが、なぜか中身の重量だけが減っている。 違和感を覚えたエミリーは、自ら倉庫へ足を運び、現物を確認する。 そこで見つけたのは、帳簿では見えない“静かな不正”だった。 しかしその矢先――不正の責任を押しつけられ、職場から追い出されそうになってしまう。 それでもエミリーは諦めない。ただ一つ、自分が積み上げてきた“記録”を信じて。 「では、正式な監査をお願いいたします」 やがてその記録は、王宮の政務監査官リオンの目に留まり―― 隠されていた不正はすべて暴かれる。 そして、彼女を軽んじていた者たちは、その代償を支払うことになる。 これは、地味で目立たなかった一人の帳簿係が、 “正しく記録した”ことで不正を暴き、王宮に見出されるまでの物語。