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110.不理解
「記録していたと言ったでしょう?あいつから受けた怪我ではありませんよ」
「その記録に間違いはないのか?幼い子どもが書いたものだろう?」
「だ、か、ら、その不確かさを証言が補完します。記録のすべてとは言いませんが、日記を付けている使用人もおりましたので、その多くが事実として証明出来る」
アシェルの説明も大分投げやりになってきたが、オスニエルは気にせずに次の質問を投げて来た。
「しかし今に影響が残っている原因が、どの傷によるものかの判断はできないだろう?怪我を重ねたせいで、影響が残ったのではないか?ダニエルとお前は、よく一緒に鍛錬するほど仲が良かったな?」
「は?仲が良かった?」
「……違うのか?」
──どこまでも分からない人だね。別の家の話を聞いているような気がしてきたよ。
アシェルはオスニエルと話していると、次兄ダニエルがまだ真面な人間に思えてくることに複雑な心境だった。
「仲が良かった記憶はありませんが。あいつはあなたとは違いましたね。あれで加減をしていたような気がしますし、そういえばあなたに殴られたあとも、不思議とあいつはしばらく近寄って来なかった」
怪我をするほど殴っていたのだから、幼い子どもに対する手加減が上手に出来ていたとはアシェルも言わない。
記録に残したダニエルから受けた傷の数も、あまりに多過ぎた。
成長と共にアシェルの受け身が上達していったせいで、この程度は大丈夫という要らぬ過信を与えたことも考えれば、今でも相手に合わせた手加減が出来るかどうかは怪しいもの。
それでも次兄ダニエルは、これ以上は危ないという線引きを見極められていたように、アシェルは感じる。
でなければ、アシェルはもっと幼いうちに、致命的となる重度の怪我をしていたはずで。
その方が早くにダニエルの暴力が封じられ、アシェルは守られていたかもしれないが、それは今さらのこと。
──あいつは今殴るとまずいという判断も出来ていたのかもしれないね。
兄から殴られる弟を見て、日頃の鬱憤を晴らせていたからという可能性もあったが。
ダニエルがいつも通りに接してきたら、危なかったとアシェルは思う。
アシェルは今の腕の動きの鈍さを、オスニエルから蹴り飛ばされて壁に肩を強打したことが原因だと考えている。
痛みは長く続いたうえに、痛みが引いたあとも、長い間動きが悪かったからだ。
そのときだってダニエルが変わらず殴ってきたら、もう片腕は動かなくなっていたかもしれない。
しかしアシェルが危険なときとして思い出す経験は、別の怪我のことだった。
人体の知識を持った今だからこそ分かることだが、アシェルは複数回ろっ骨を怪我している。
息をするにも苦労したから、確実にひびは入っていたと思われた。
そういうとき、アシェルは長兄に姿を見られぬよう息を顰めて暮らした。
たった今オスニエルが言ったように、今の状態に怪我を重ねれば危険だということは、幼くも本能的に分かったから。
最悪なのは、この状態のアシェルを父親が社交の場へと連れ出したことだ。
怒鳴り付け、無理やり腕を引かれ連れ出される方が辛いから、アシェルは黙って父親に従った。
怪我を訴えても、馬鹿なことを言うなと一蹴するだけの父親だった。
──あれは流石にきつかったね。なるべく動かないようにしていたけれど……。
おかしいと気付いた夫人たちもいた。大丈夫だと答えたのはアシェルだが、それ以上彼女たちに動きはなかった。
これも幼いアシェルが大人への失望感を強めた経験のひとつとなっている。
もうアシェルの中ではこの蟠りは先日解消されてしまったが、あの夫人たちはこの話を知れば、また後悔の念に苛まれてしまうことだろう。
さて、そんなダニエルに関しては、オスニエルよりも良かったことがもうひとつあった。
「それにあいつは、不意打ちもしませんからね。鍛錬だろうと何だろうと、今から殴るぞという宣言が必ずありましたから。おかげで俺はいつも受け身を取れて、酷くならないよう対策出来た。まぁ、先日は、こちらが不意打ちのようにお返ししてしまいましたけれどね」
「その記録に間違いはないのか?幼い子どもが書いたものだろう?」
「だ、か、ら、その不確かさを証言が補完します。記録のすべてとは言いませんが、日記を付けている使用人もおりましたので、その多くが事実として証明出来る」
アシェルの説明も大分投げやりになってきたが、オスニエルは気にせずに次の質問を投げて来た。
「しかし今に影響が残っている原因が、どの傷によるものかの判断はできないだろう?怪我を重ねたせいで、影響が残ったのではないか?ダニエルとお前は、よく一緒に鍛錬するほど仲が良かったな?」
「は?仲が良かった?」
「……違うのか?」
──どこまでも分からない人だね。別の家の話を聞いているような気がしてきたよ。
アシェルはオスニエルと話していると、次兄ダニエルがまだ真面な人間に思えてくることに複雑な心境だった。
「仲が良かった記憶はありませんが。あいつはあなたとは違いましたね。あれで加減をしていたような気がしますし、そういえばあなたに殴られたあとも、不思議とあいつはしばらく近寄って来なかった」
怪我をするほど殴っていたのだから、幼い子どもに対する手加減が上手に出来ていたとはアシェルも言わない。
記録に残したダニエルから受けた傷の数も、あまりに多過ぎた。
成長と共にアシェルの受け身が上達していったせいで、この程度は大丈夫という要らぬ過信を与えたことも考えれば、今でも相手に合わせた手加減が出来るかどうかは怪しいもの。
それでも次兄ダニエルは、これ以上は危ないという線引きを見極められていたように、アシェルは感じる。
でなければ、アシェルはもっと幼いうちに、致命的となる重度の怪我をしていたはずで。
その方が早くにダニエルの暴力が封じられ、アシェルは守られていたかもしれないが、それは今さらのこと。
──あいつは今殴るとまずいという判断も出来ていたのかもしれないね。
兄から殴られる弟を見て、日頃の鬱憤を晴らせていたからという可能性もあったが。
ダニエルがいつも通りに接してきたら、危なかったとアシェルは思う。
アシェルは今の腕の動きの鈍さを、オスニエルから蹴り飛ばされて壁に肩を強打したことが原因だと考えている。
痛みは長く続いたうえに、痛みが引いたあとも、長い間動きが悪かったからだ。
そのときだってダニエルが変わらず殴ってきたら、もう片腕は動かなくなっていたかもしれない。
しかしアシェルが危険なときとして思い出す経験は、別の怪我のことだった。
人体の知識を持った今だからこそ分かることだが、アシェルは複数回ろっ骨を怪我している。
息をするにも苦労したから、確実にひびは入っていたと思われた。
そういうとき、アシェルは長兄に姿を見られぬよう息を顰めて暮らした。
たった今オスニエルが言ったように、今の状態に怪我を重ねれば危険だということは、幼くも本能的に分かったから。
最悪なのは、この状態のアシェルを父親が社交の場へと連れ出したことだ。
怒鳴り付け、無理やり腕を引かれ連れ出される方が辛いから、アシェルは黙って父親に従った。
怪我を訴えても、馬鹿なことを言うなと一蹴するだけの父親だった。
──あれは流石にきつかったね。なるべく動かないようにしていたけれど……。
おかしいと気付いた夫人たちもいた。大丈夫だと答えたのはアシェルだが、それ以上彼女たちに動きはなかった。
これも幼いアシェルが大人への失望感を強めた経験のひとつとなっている。
もうアシェルの中ではこの蟠りは先日解消されてしまったが、あの夫人たちはこの話を知れば、また後悔の念に苛まれてしまうことだろう。
さて、そんなダニエルに関しては、オスニエルよりも良かったことがもうひとつあった。
「それにあいつは、不意打ちもしませんからね。鍛錬だろうと何だろうと、今から殴るぞという宣言が必ずありましたから。おかげで俺はいつも受け身を取れて、酷くならないよう対策出来た。まぁ、先日は、こちらが不意打ちのようにお返ししてしまいましたけれどね」
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