【完結】親がいなくても、私が私を幸せにするので大丈夫です。どうぞ、私のことはおかまいなく。

春風由実

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番外編 神は哂う

10.ひび割れる

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 女の話す息子くんがいつまでも高校生だったのは、彼女の理想の息子くんの人生がそこで終わっていたからだった。

 そもそも女は都会の私立の進学校に、息子くんを通わせようと決めていた。
 母親にはじめて反抗したのはそのときだったと、彼は恥じるように笑い、教えてくれた。
 地元の友だちと離れたくなかったそうだ。

 はじめて意見され動揺したのだろうか。
 茫然として無言になったそれを同意と受け取った息子くんは、さっさと手続きを済ませ、無事地元の公立校へと入学する。
 そこが娘の目指した高校となったわけだ。

 それから少しずつ女の言動におかしなところが目立つようになっていく。

『部活で少し帰りが遅くなったくらいで、学校を酷く罵りましてね。編入試験を受けて転校したらどうかと提案してくるんです。私も思春期の頃でしたから、次第に母と話す気もおきなくなってしまいましてね。そうすると今度は泣くんですよ。私が悲しんでいても気にならないのかって。もう母のことはどうでも良くなったのかって。うんざりするでしょう?』

 聞いているだけで、うんざりする話だった。
 それは高校生の男児には辛かったことだろう。

『物心ついたころには父は家に居ませんでした。愛人に与えた別宅に入り浸って、帰って来なかったんですね。今もそこにいるくらいなので、それだけ愛人が良かったのか、余程母とは合わなかったか』

 女の夫は私だったら即別れている男だが、彼女は妻の座に居座ることを選んだ。
 生き方はそれぞれだから、何か言うつもりはない。

 だけどな……子どもに夫の代わりを求めたり、自分の夢を託したり、依存するというのは違うだろう?

『愛人のところにも子どもがいるんですね。それで母はどうしても私を跡取りにしたいと願った』

 彼女の願いは、息子くん本人の望む生き方とは大きく異なるものだった。
 息子くんは真逆の方向に意思を固めていたからだ。

『散々母から父の悪口を吹き込まれてきましたからね。父親のような男にだけはなるまいと。そう思ったら、跡なんて継ぎたいとは思えませんよ。それで絶対に継がずに済むよう、高校を出たら就職すると決めていたんです。早く自立したいというのもありましたが、高卒じゃあ、さすがに後継ぎの話も出ませんからね』

 親には苦労していた彼も、幸いなことに地元には友人が沢山いて、都度親の話を聞いて貰えていたから、ぐれることなく、引きこもることなく、まともに学校に通えていたのだと彼は笑って言った。

『勉強は嫌いではありませんでしたけれど。母のレールに乗せられて一度でも都会に出たら、もう逃げられないような気がしていました。母は一緒に引っ越すつもりでいましたからね。他に知り合いもいない場所であの母と二人きりなんて……考えるだけで地獄でしたよ。母だけはとても楽しみにしているようでしたけれどね』

『それでもあの頃の私は、ただ話を聞かないようにするくらいの抵抗が精一杯で、どうしても母には強く出られませんでした。今はそれが良くなかったなとも思っていましてね。最初から言いたいことを伝えて、嫌なことは嫌だとはっきり言えていたら。母もあんな風に壊れてしまうことはなかったかもなと』

 優しい子だったのだろう。
 しかし我慢にも限界がある。

 息子くんはどこかで母親と決別しなければいけないと悟っていた。
 そして親孝行は高校卒業までと自分で期限を決めたのだ。

 人間の時間は矢のごとし。

『いやぁ、もう、泣き叫んで。どうしようもありませんでしたよ。就職と同時に家も出る予定でしたけれど、これは無理かもなぁって。こちらが先に折れそうでした。そこに……父が現れましてね。本当に何年振りかという帰宅でしたよ。父が家の中にいるというあの違和感は凄かった』


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