国を奪われた少女は、遠い海の向こうでエリート役人に捕まって溺愛される

春風由実

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♦一度目

29.明日の約束

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 今度のリタは可愛い娘を前にしても折れなかった。
 ここはどうしても譲れないようだ。

「部屋の中のものに勝手に触れられたら、嫌かしら?」

「そういうことはないけど。悪いからいいよ」

「違うのよ、シーラちゃん。私がしたいのよ。すごく片付けたいの。こんなにやりがいのある場所は久しぶりだわ!」

 リタの迫力に押され、シーラはイルハに視線を移した。
 明らかに困った顔をしているが、イルハも助けない。

「リタは綺麗好きなんですよ。もちろん、嫌なら断って頂いて構いません」

「嫌ではなくて、悪いからいいよ」

「嫌でないなら片付けるわね!オルヴェにも手伝って貰おうかしら」

「そこまでしなくても……」

 こうなったリタが話を聞かないことは、イルハはよく知っていた。

「そうだわ!ねぇ、坊ちゃま。明日はシーラちゃんと本屋に行って来てくださいな。ついでに観光案内もして差し上げて。お昼も外で食べて来てくださいます?私たちはその間、こちらに専念させていただくわ!」

「ねぇ、リタ。ここにあっても、船は揺れるよ?心配だから、何もしないで」

「大丈夫よ。明日も天気は良さそうだもの!ねぇ、坊ちゃま。それでよろしいですわね?」

「イルハも忙しそうだし。片付けなら自分でするから」

「坊ちゃまは明日お休みなんですよ」

 シーラが驚いた顔でイルハを見やったから、イルハの方が面食らった。
 何をそう驚くことがあったのか。

「休みはあるんだね」

「それは当然」

「厳しい国だと言うから、ずっと働いているのかと思ったよ」

「まさか。休まなければ、仕事の効率も下がります」

「そうだよねぇ。頑張るまえに、しっかり休まないと!」

 シーラは歌うようにからっとした明るい笑い声を上げるのだった。それを潮風がさらっていく。



 結局リタの勢いは凄まじく、リタに押されるまま、明日のイルハの予定が決まり、この日は取り急ぎ、船から本を運び出すことにした。
 手が足りないと呼び出されたオルヴェは、まず小屋の惨状に目を瞠って、それからしばらくの間、豊かな体を揺らして笑い続ける。
 オルヴェがこの旅の少女を心から気に入ったのは、このときだった。
 足りない部分を知って、愛おしさが増したというわけである。

 本を運ぶ間に、シーラは皆の寛大さに三度は喜んだ。
 だいたいの人はこの小屋に近付かないし、説教をする人もいるのに、という話だ。
 それはそうだろうと、イルハは思う。埃はまだいいが、臭いは厳しいものがあった。

「ありがとうね、イルハ!リタも、オルヴェも、本当にありがとう!」

 その夜のレンスター邸宅の賑わいは、昨夜を軽々と越えていた。
 楽しい食事の時間に会話が盛り上がったことはさることながら、今度は音楽も四人で楽しんだからである。
 おかげでシーラはタークォンの音楽に詳しくなったし、レンスター邸宅の面々も様々な国の音楽に触れることが出来たのだった。

 互いの知らないを共有することは楽しい。とイルハはまたひとつ新たに学ぶ。

 まだ二日目。


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