国を奪われた少女は、遠い海の向こうでエリート役人に捕まって溺愛される

春風由実

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♦一度目

40.自由奔放な王子様

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 イルハが見ていたのは、シーラの変わらない表情だった。

「へぇー、王子かぁ。見えないね」

 シーラのそれはただの感想である。
 確かにそこらの民と変わらない服装をしていたら、とても王子には見えないが。

 呆気に取られたのは、周りの方で。

 王子はひとつ間を置いてから、大きな声で笑い出した。

「申し訳ありません、殿下。この国にない旅人の戯言として、どうかお許しください」

「いや、いい。むしろ愉快だ」

「あ、ごめんね。王子様って言わないといけなかった?それとも、えぇと……」

 王子の笑い声は、止まらなくなった。

「様なんていらねぇな。俺を敬う奴らは、この国の者だけで十分だ」

「そう?じゃあ、王子って呼んでいい?それとも別の呼び方がいい?」

「好きに呼べよ」

「じゃあ、王子でいいや。よろしくね、王子」

「いいやって、投げやりだな」

「ごめんね。失礼だったら言って。失礼のないように頑張るから」

「頑張っても変わらなそうだな」

「そりゃあ、変わらないね。頑張るだけだ」

 王子の笑い声が一層大きくなった。

 王子が幼い頃から知っているリタとオルヴェであっても、シーラの態度には困惑している。
 礼儀を知らずとも、一国の王子を相手にすれば、それなりの態度を示すものではないか。
 国を持たない旅人にとって、身分など無意味だということだろうか。

「それで、お前の名は?」

「シーラだよ。シーラ・アーヴィン。シーラと呼んで」

「おう、シーラ。噂の歌を聞かせて貰えるか?」

「もちろん」

「その前に腹が減ったな」

「リタ、殿下にもお食事を」

「はいはい。かしこまりました。殿下、どうぞ、こちらに」

 リタがこのように慣れているのも、この王子がしばしばお忍びでレンスター邸宅に現れるからだ。自由過ぎるこの王子は、イルハがまだ幼い頃から、イルハ含むレンスター邸宅の者たちを翻弄して来たものである。
 だから王子と言っても、その存在は親しみを感じるところにあった。

 そんな彼らが、今日はいつも以上に王子に親しみを覚えている。
 それはもしかしたら、王子と過ごす時間の長いイルハでさえも、そうだったのかもしれない。

 この国にないシーラの存在があると、国に置いたそれぞれの身分が薄らいだ。


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