国を奪われた少女は、遠い海の向こうでエリート役人に捕まって溺愛される

春風由美

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♦海にあるもの

17.青い帆を持つ船の上で

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 タークォンのふ頭に並ぶ船の一艘。

 シーラの船よりもやや大きいが、シーラと同じような構造の帆船だろうか。
 船上には前後に二本のマストが立っていて、今は畳まれていても、その帆は見事に空の青と一体化しているから、広がればさぞ美しく空と海に溶け込むのだろう。

 乗組員は、ラッキー、サルマ、カイトの三名のみという気楽な船だ。
 この三名にシーラとテンも加わって、五名は円陣を組むようにして甲板に腰を下ろした。

 先までバタバタと走り回ってシーラとテンが遊んでいたが、二人はそれに飽きたらしく、男の一人がタークォンで買ったばかりだというハムとチーズを挟んだパンを仲良く並び頬張っていた。
 ついさっきリリーの店でお腹を満たしたばかりだと言うのに、本当にこの二人の胃はどうなっているのだろう。

 もぐもぐと口を動かすシーラの前で、男たちは勝手に語った。

「青の大海は落ち着かねぇなぁ」

「まだまだ長引きそうだったんだな?」

 シーラはパンを頬張りながら深く頷くも、食べることをやめてまで会話に参加する気はないらしい。
 ここで止まったら、残るパンをすべてテンに食べられると分かっているのだろう。

 タークォンの食事は美味しい。
 世界を旅しているからこそ、シーラはこれを実感出来る。
 それをテンも体験として学びつつあって。
 二人は美味しいものが食べられるときを絶対に逃したくなかった。

「スピカートンがあのまま全部制圧するかと思いきやなぁ」

「ついにララエールの内側から暴動か」

「インエルマまで参戦したって噂は本当か、シーラ?」

 シーラはこくこくと頷いて、パンをむしゃむしゃ食べる。
 話の内容に合わせた悲愴さがどこにもないのは、海に生きるものたちの集まりだからだろう。

 たとえ少年がどこの国の生まれであろうとも、どの大人も気遣いはなく、会話をやめる気配もない。
 そしてその少年はパンを食べることに忙しいし、「このパン、どこの?俺も買える?」なんて聞いて、男の一人から答えを貰っている。

「インエルマが出てくれば、これは長引くな。静観していると思ったが、今さら参戦とはよくやるぜ」

「いつまでもスピカートンにばかりいい思いをさせられねぇってとこだな」

「周辺国が勝手に弱るときを待っていたんだろう」

 そこでやっと大人が大人らしく、テンの背中を叩いた。

「お前もなかなか国に帰れねぇな」

 だがテンは口の中のものを飲み込んでから「別に帰らないし」と不機嫌そうに言うのだ。
 そうすれば男たちはそれ以上何も言わないことを知っていた。

 ただシーラだけは、じっとテンを見詰めていたが。
 それでも食べることはやめなかった。

「これ、全部食べてもいいの?」

 あるときシーラは聞いた。
 男の一人がこれに呆れて返す。

「もうほとんど食べ切ってから聞くことかよ。酒もいるか?」

 シーラは首を振りながら、次のパンへと手を掛けた。
 袋に残るパンはあと二つだ。思わずテンと顔を見合わせ頷き合う。

 すると男たちは急に騒ぎ始めた。

「お前が酒を断るだと?」

「大嵐の予感がするぜ」

「嵐どころか、夏に冬がやって来るんじゃねぇか?」

 酷い言われようである。
 イルハがここにいたら、心配で頭を抱えていたに違いない。



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