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♠二度目
9.家族みたいで
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イルハは王宮に向かったものの、今日はほとんど仕事らしい仕事をしなかった。
それなのに正午になれば我先にと王宮を後にして、帰宅後は眠るシーラに付き添っている。
そんなシーラも夕方になる前には起き出して、早く祭りに行きたいとはしゃぎだした。
薬がよく効いたのか、眠れたせいか、熱が引いていたことには誰もが安堵したが、騒がしくなれば心配は募るものである。
まだ出掛けるには早いと制していたが、花火の音を聞いたシーラはもう居ても立ってもいられないとイルハの手を引いた。
「お祭りが始まった音だよね?早く行こうよ!」
「そうですね。そろそろ行きましょうか。無理はしない約束ですよ?」
揃って玄関に向かえば、その後をリタとオルヴェが慌てて追い掛けていく。
冬直前となるこの時期、タークォンには冷えを感じる夜が増えた。
夏と冬しかなく、それもある一夜を挟んで急激に季節が入れ替わるタークォンであったが、変わる前後にほんのりと二つの季節が入り交じり、吹く風の質が変わっていく。
それはいつもタークォンで過ごしていなければ気が付けないような、そよ風程度の変化だが、冬を知らないと言うシーラだからこそ、僅かに潜む冬の気配を敏感に感じ取って体調を崩したのではないか。
そのように心配したリタは、シーラの首に羊毛で編まれたマフラーをぐるぐると巻き付け、頭には同じく羊毛で編まれた帽子まで被せるのだった。
「手触りが柔らかくて、面白いや。弾力があるから、首を守るには良さそうだね」
ぼそっと呟くシーラにそれぞれが哀愁を漂わせたが、そんな周囲にはお構いなしでシーラの言葉は続いた。
「でも暑いよ。せっかく貸してくれたけれど、外してもいい?」
「そうでしょうね。リタ、ここまでは必要ないと思いますよ」
「いいえ、坊ちゃま。こういうときは、冷やしてはならないのですよ」
「さすがに帽子までは要らないのではないかな?余計に熱が籠って、良くないことになるかもしれないよ」
オルヴェにまで言われると、リタも少しは冷静になって、首を傾げた。
「そうかしらね」
「そうだとも。暑くなったらすぐに外せるマフラーくらいでいいのではないかね?」
「そうねぇ。でも、シーラちゃん。これから夜が更けていくと、どんどん寒くなっていくのよ。冷えを感じたら、すぐに坊ちゃまに伝えましょうね。具合が悪いと感じてもよ。坊ちゃまの言うことをよく聞いて、坊ちゃまが帰ると言ったら、素直に帰ってきますように。坊ちゃまもいくらシーラちゃんが可愛いからと言って、甘やかし過ぎてはなりませんよ。いいですね?」
その様子は、完全に二人の母親の代役だった。
帽子を取られ髪を整えられていたシーラが素直に頷く様は、年齢差の開きを越えて本当にリタの娘のように見え、オルヴェがこっそりと胸を抑える。
それなのに正午になれば我先にと王宮を後にして、帰宅後は眠るシーラに付き添っている。
そんなシーラも夕方になる前には起き出して、早く祭りに行きたいとはしゃぎだした。
薬がよく効いたのか、眠れたせいか、熱が引いていたことには誰もが安堵したが、騒がしくなれば心配は募るものである。
まだ出掛けるには早いと制していたが、花火の音を聞いたシーラはもう居ても立ってもいられないとイルハの手を引いた。
「お祭りが始まった音だよね?早く行こうよ!」
「そうですね。そろそろ行きましょうか。無理はしない約束ですよ?」
揃って玄関に向かえば、その後をリタとオルヴェが慌てて追い掛けていく。
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それはいつもタークォンで過ごしていなければ気が付けないような、そよ風程度の変化だが、冬を知らないと言うシーラだからこそ、僅かに潜む冬の気配を敏感に感じ取って体調を崩したのではないか。
そのように心配したリタは、シーラの首に羊毛で編まれたマフラーをぐるぐると巻き付け、頭には同じく羊毛で編まれた帽子まで被せるのだった。
「手触りが柔らかくて、面白いや。弾力があるから、首を守るには良さそうだね」
ぼそっと呟くシーラにそれぞれが哀愁を漂わせたが、そんな周囲にはお構いなしでシーラの言葉は続いた。
「でも暑いよ。せっかく貸してくれたけれど、外してもいい?」
「そうでしょうね。リタ、ここまでは必要ないと思いますよ」
「いいえ、坊ちゃま。こういうときは、冷やしてはならないのですよ」
「さすがに帽子までは要らないのではないかな?余計に熱が籠って、良くないことになるかもしれないよ」
オルヴェにまで言われると、リタも少しは冷静になって、首を傾げた。
「そうかしらね」
「そうだとも。暑くなったらすぐに外せるマフラーくらいでいいのではないかね?」
「そうねぇ。でも、シーラちゃん。これから夜が更けていくと、どんどん寒くなっていくのよ。冷えを感じたら、すぐに坊ちゃまに伝えましょうね。具合が悪いと感じてもよ。坊ちゃまの言うことをよく聞いて、坊ちゃまが帰ると言ったら、素直に帰ってきますように。坊ちゃまもいくらシーラちゃんが可愛いからと言って、甘やかし過ぎてはなりませんよ。いいですね?」
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